<成長編・2> ※出だしに、直接的表現はしてませんが、女性が性的な暴行を受けてるシーンがあります。お気をつけ下さい。 【5】 夜の闇の中、木々の間に、赤い光がちらちらと揺れる。 月明かりとは違う、遠くからは頼りなく見える赤い光は、けれども近くへいけば力強い明かるさで辺りを照らしていた。 その昼のように明るい火の回りに、6人の人影が炎の揺らめきに合わせてゆれている。ただし、実際、その影の持ち主で動いているのは2人だけだったが。 「は、あぁ」 悩ましい声が響いて、つい先ほどまで激しく動いていた影は動かなくなる。 重なっていた二人の影の内、一人が全身から力が抜けきったかのようにがくりと倒れる。 「後はお前達で遊んでいいぞ」 言うと動いていたもう一人の影は立ち上がり、今は自力で動く気力もない、上に乗っていた人物を地面に投げ捨てた。それと同時に、周りの見ているだけで動かなかった影達が、地面の人物に向かっていく。 「あ、あぁ、ぁ……」 倒れている人物は女だった。まだ若い、少女から女への移り変わりの時期の歳の女は、全裸のまま荒い息をつき、ただぼんやりと瞳を開く。 近づいてくる男達を瞳に映しても、嫌だと拒絶する気力も体力もない。ただ、自分の運命を嘆いて瞳から涙を落とす以外、彼女に出来る事は何もなかった。 近づいていく男達が、一人、また一人、彼女に触れていく。 女の高い声が、また夜の静寂の中で上がる。 けれども、そんな幾夜も繰り広げられてきた彼らの儀式に、その夜は邪魔する者が現れた。 森の奥から、一人の人影がやってくる。 背の高い、大柄な人影。 杖を持ち、長いローブを着こみ、おろしたフードに顔を隠す男は、確実に魔法使いだった。 そして、彼らの知らない魔法使いは、つまり、彼らの敵であった。 「誰だっ?」 男達の内、最初に女を犯していたリーダー格と思われる男が誰何の声を上げた時には、周りの男達は既に服を引き上げて剣を構えていた。 「よう、ザダ。お前、とうとう堕ちちまったんだなぁ。ったく、お前みたいなケチな魔法使いがンな大それた事考えるとはね」 剣を持つ男達に囲まれても、まったく動じた様子もなく、魔法使いはフードを上げる。 その顔を見たリーダー格の男は歯を噛みしめた。 「アッファイ、お前が来たって事は」 「当然、お前さんを『狩り』に来たわけだ。でだ、へたにあがいて怪我するより、大人しく捕まってくれないかと思ってね。どうだい?」 だが、それには答えが返る事はなく、代わりにとり囲む男達が一斉に魔法使いに向かっていく。 「けが人なしは無理かねっ……ガッツィッ」 呟いたアッファイは、直後に大きく自分の周囲を杖で払いながら魔法を呼ぶキーワードを叫ぶ。 そうすれば、ドンというべきか、ギィンというべきか。そんな酷く耳障りな音が一瞬だけ彼の周囲を揺らし、同時にばたばたと彼を取り囲んでいた男達が倒れていく。 「ふん、これでも加減したんだがなぁ。鼓膜くらいはイっちまったかもしれないな」 耳を押さえてのたうち回る男達を見ながら、アッファイは、炎の前に一人立つ、魔女堕ちしたかつての同志ともいうべき魔法使いの顔を睨んだ。 「ザダ、投降しろ。そうすりゃ殺さなくて済む」 けれども言われた魔法使いは、にぃと笑って杖を構える。 アッファイはザダに向けて杖を振り下ろしながら、再び先ほどの術を叫んだ――だが。 「遅いか」 アッファイが呟いた言葉と、ザダの呪文を唱える声がほぼ同時に重なる。 彼が飛ばした空気の振動は、相手に届く前に何かの壁に阻まれて拡散した。目標をそれた振動は、ザダの後ろの炎を揺らし、火が音を立てて一瞬だけ暴れる。 「アッファイ、お前は俺と相性が悪い。お前の術は直接伝わる場所じゃないと届かない上に遅いからな、俺なら空間の断層を作れば簡単に止められる」 チっと舌打ちしたアッファイだったが、ザダが次の呪文を唱えるのを聞くと、口元に僅かに笑みを浮かべた。 「じゃーな、せいぜい失敗報告でもするんだな」 言うザダの前に空間の歪みが出来あがる。元々が空間系の魔法使いである彼は、別の空間へと繋がる穴を作って逃れるつもりなのは見てすぐ分かった。 そしてアッファイが笑った理由は、ザダが空間の歪みに手を入れた途端に判明する。 「なんだ、これはっ」 ザダの腕は歪みの中に肘までが飲み込まれた後、その先に入っていかない。 「おい、なんだよ、これっ」 ザダは今度はその歪みに足を入れる、けれどもやはりそれは途中で止まる。 「クソっ、なんだこの壁」 途中で止まって入っていかないのは、どうやら行先を阻む壁のような何かがあるようで、ザダはそれを蹴ったり殴ったりと騒ぎ立てる。 その様子を見たアッファイは、やれやれと肩を竦めながらため息をついた。 「ザダ、魔女堕ちした奴の狩りに俺一人の筈はねーだろ。お前らがお楽しみの間に、ここはもう閉じられてるんだよ。逃げ場はねぇぜ」 言えば、ザダは無駄にあがく事を止め、ゆっくりとアッファイに振り向いた。 けれども、逃げ場をなくした筈の魔女は、それでも顔にまだ笑みを浮かべていた。 「なら、お前達を全員始末すればいいだけだ」 アッファイは眉を寄せる。 けれども、彼はザダに何かを言い返す前に、気配を感じてその場を飛びずさった。 ざん、とその場所に刃物が振り下ろされる。 「くそっ」 斧を振り下ろし、地面を抉った男は、その場で舌打ちした。 重量のせいですぐに斧を抜いて動けないその男を守るように、もう一人の男が剣を構えてアッファイの前に出る。 「2人……もう復活してやがったのか」 ザダの仲間四人の内、二人はまだ地面に転がっている。起き上がった二人は、仲間の体の影になっていたか何かで術が浅くしか入らなかったかとアッファイは思う。 あれで、信者の始末を出来なかったとなると、計画がかなり狂って面倒な事になる。――ただしそれは、いつもならの話だが、という前提が今回はついた。 彼の後ろから、駆けてくる人物の気配が近づいてくる。 体格のいい魔法使いの後ろから青年が現れて、それぞれ剣と斧を構える二人の男に向かっていく。 「アッファイさん、こちらは俺に任せてください」 すれ違いざまに聞こえた声に、大柄な魔法使いは上機嫌で返した。 「おうメイヤ、任せたぜっ」 言うとアッファイは、炎の傍にいるザダに向かって歩いていく。 例えそこまでの腕ではなかったとしても、物理攻撃を主とする連中というのは、まともに戦った場合、魔法使いにはどうしても分が悪い。それを分かっているからこその余裕を見せていたザダは、さすがに顔に焦りを浮かべていた。 「来るなっ、俺はまだ終わりじゃないっ」 焦らずに近づいていくアッファイに対して、ザダは必死に呪文を唱える。唱える度に、一つ、また一つと彼の傍に、空間をずらして作った見えない壁が出来ていく。 彼は空間系の魔法使いだった。空間の重なり部分を少しずらして障壁を作るのは、彼にとっては基本の技であって、それ自体はおどろく事ではなかった。焦っていてさえ、失敗せずに術を重ねるその事自体も出来て当然の事ではある。 けれども、連続して使うとなれば限度がある。特にザダはその前に、空間を捻じ曲げて無理矢理別の場所と繋ぐという転送術を使おうとしたのだ、術の発動までいっている段階で、既に相当魔力を消費している筈だった。 その上で、今、ひたすら休むことなく壁を作り続けるその事自体が、常識的な魔法使いであるならおかしい。彼の本来の能力から考えれば、魔力か、魔力を引き出すための体力か、どちらかとっくに限界を迎えている筈だった。 「メイヤっ」 アッファイは、後方で信者たちと戦っているだろう魔法使い見習いの青年を見る。そうすれば、既にそちらの決着はついたらしく、彼は信者達を縛り上げている最中だった。 「倒れてる連中の方も見てくれっ、生きてるか?」 「あ、はいっ」 メイヤは急いで未だに起き上がらない人物たちの方へ行く。 アッファイとしては、彼らが起き上がらないどころか、まったく動いていないと気づいた段階で既に舌打ちが出ていた。 「……死んでます、二人とも、恐らく」 ザダを見れば、未だに彼は術を重ねている。マズイ事に、あそこまで本人の周囲が空間断層の壁で囲まれてしまえば、こちらの声はまず聞こえない。しかも、彼の表情はどこかおかしく、狂気じみていて、捕まりたくないという脅迫観念に追い込まれて正気を失っているように見えた。これでは、自ら気づいて術をやめてくれたり、こちらが手振りで何かを伝えようとしても見やしないだろう。 つまり、今この時点で、彼がこれ以上魔法を使おうとするのを止める手段がないという事だ。 どうするかと悩むアッファイに、メイヤの緊迫した声が届く。 「アッファイさんっ、こちらの二人もっ」 ちらと顔を向けたアッファイは、思い切り苦い顔で舌打ちをする。 縛られたまま苦しみだした彼らの様子を見て、アッファイは一瞬歯を噛みしめてからメイヤに怒鳴った。 「メイヤっ、そいつらは共通した入れ墨がある筈だっ、探してそれを切り離せっ」 「き、切り離せって?」 「肉を抉るか手足なら切り落としてもいいっ、でないとそいつらも死体の仲間入りだっ、急げっ」 メイヤは返事をしなかった。だが、剣士として育てられてきた彼なら出来るだろうとアッファイは思う。 休む事なく、まだ術を重ね続けているかつての知り合いの魔法使いに、アッファイは苦し気な顔で呟いた。 「ったく、馬鹿が……」 --------------------------------------------- なんていうか、BLから離れすぎた感がもうね……orz あぁ、最初に襲われてるの男にすればBLぽかったのか……とも思ったんですが、シーグルみたいな事情がないと魔法使いは女性メインで襲う理由もありまして。 登場人物皆ホモってのも世界観としてなんですし、このくらいは許してもらえるといい……な。 |