<成長編・2> 【6】 その後、程なくして仕事は完了した。捕獲対象だったザダの死という決着によって……という結末だったが。 ひたすら術を掛けていた彼は、途中で魔力と体力が尽きて術が失敗するようになった。だが、それにさえ気づいていないのか、それでも術を掛けようとしたせいで半端な術が発動し、幾重にも重なった空間の断層達にひずみを作ってしまった。結果、ただでさえ重ねすぎて制御が難しくなっていた断層達が互いに干渉しだして、囲んでいたザダのいる空間を潰してしまったのである。当然、本人ごと。 「ったく、追手が俺達だって段階で、殺さねぇって分かったろうによ」 「仕方ないじゃない、彼にとって、捕まって生きるのと、死ぬのとどちらが良かったかは分からないしね。そりゃ、私たちとしては出来れば殺したくないけど……自分が追われる立場だったら、どっちを選ぶかしら」 重い沈黙がそれに返る。 メーイとアッファイは仕事が終わってからずっといいあっているが、正規の魔法使いではないメイヤには、彼らの会話が示す深い部分が理解出来なかったし、そこは聞いてはいけない部分だと何故か思えた。 だからメイヤは、彼らの会話に加わる事はせず、別の方、信者と呼ばれていた二人の治療をしにいったマスカレーダの方を気にしていた。 アッファイに言われ、彼らの体を探して腕に同じ形の入れ墨を見つけたメイヤは、悩んだ末、ナイフを出して彼らの肉を抉った。出来るだけ傷が深くならないように注意はしたが、急いだ事もあり出血はかなり酷く、マスカレーダは大丈夫だと言ったものの、無事な姿を見るまでは正直メイヤとしては気が気ではなかった。 また、もう一人、彼らの生贄にされていた女性も、治療と他にもいろいろ処置があるとかで、マスカレーダが連れていってしまった。 今、メイヤ達はクノームに今回の仕事の報告を済ませる為に部屋で待っているところだった。 彼は今別件の仕事中という事で、帰るまでは待機という事らしい。ただし、メイヤ自身は実はもう帰ってもいいと言われていたのだが、賢者の森へ連れて行けるのはクノームしかいないため、結局一緒に待つしかなかったという事情があった。メイヤとしては、マスカレーダが帰ってきて、彼が連れて行った者達がどうなったかを聞くまでは帰りたくなかった為、それは都合がいいと言えばよい事だったが。 「おいメイヤ、どうした?」 考え込んでいると、突然、メーイとの話が終わったらしいアッファイが、座っていたメイヤの肩を叩いてきた。 「あ、その……」 「マスカレーダ待ってるなら、今日中は無理だぞ。心配しなくても、あの怪我ならあいつらも死にはしねーよ。問題は生気を吸われすぎてる事でなぁ、ちゃんと回復出来るくらいの生命力が残ってりゃいいんだが」 「吸われ過ぎってどういう事ですか?」 メイヤが聞き返せば、明らかに口を滑らせたという顔をしたアッファイは、難しい顔をして頭を掻いた後、考え込みながら口を開く。 「んーとな、まぁ、あいつが魔女扱いになった理由ってのがな、禁術を使ったからな訳なんだが……それが、あの入れ墨のやつでな。早い話、あの入れ墨によって信者達は魔女と繋がるんだよ。繋がると、魔法使いは信者達から生気……つまり生命力や魔力を吸って、自分の魔力とする事が出来る。勿論、信者側にもメリットはあって、魔女側が彼らに力を逆に流してやって、簡単な魔法を使えるようにも出来るし、魔女が力を付ければそれだけ褒美にいい目に合わせてもらえるわけだ、さっきみたいにな」 「でも、その為に自分の生命を削られる事なんて、あの男達がうんというと思えませんが」 メイヤが聞けば、アッファイは少しだけ考え込んで困ったような顔をする。彼がこれだけ言いにくそうにしているのは、詳しく話しすぎると魔法使い以外は知ってはいけない事に関わってしまうのだろう。 「生命力っていってもな、吸ったらその分寿命が縮むってモンじゃない。すこーしだけなら、ちょっと疲れるかなって程度だ。休めばちゃんと回復する」 それでメイヤも思い出す、初めてクストノームに行った時、帰ってきてからティーダに説明してもらった事を。 「んーまぁ、生命力ってのは、さっき言った通り、少し持ってかれたくらいなら自然回復するんだが、生命を維持するのに最低限必要な生命力さえ体に残っていないとな、そこから回復出来なくて死ぬしかないんだわ。完全にイカレた奴になると、人間一人、スッカラカンになるまで生気吸って終わりって事すんだが、今回みたく信者にする場合は、出来るだけ多くの人間から少しづつ吸うってのが基本のやり方なんだよ」 生気を吸われる、という事については、初めてメイヤがクストノームに行った時、キスされたという話を曲解したティーダが説明してくれていた。たしか、基本人間から吸う事は違反だが、死なない程度に少しだけ吸うくらいは見逃されてる、とか言っていたと思う。 「軽い気持ちで少しだけ吸っていくような者が結構いるから、死なない程度なら見逃されている、と聞いたことがあります。なら、信者として本人達が了承した状態で少しづつ貰うだけの事なら、やり方によっては見逃される範囲になったりもするんですか?」 アッファイはそこで思い切り顔を顰めた。 「……まぁ、そういうお目こぼし的なのもあるんだが……通りすがりにちょっとってのはともかく、あーやって下僕集めて固定の供給源として従えるのは絶対禁止なんだよ。考えてもみろ、それを禁止しなきゃ、魔法使いがこぞって自分の信者を集めまくるようになるぞ。それに、通りすがりから軽く貰うってのと違って、繋がってればいつでも好きなだけ吸えるからな、今回みたいに吸い過ぎて殺す事が起こり得る。魔法使いが一般人と共存していくには、奴らみたいな連中はこっちでどうにかしなきゃまずいってのは理解出来るだろ? ……ちぃっとギリギリの内容のせいで、一部誤魔化させてもらったが、そんなとこだ」 はっきり誤魔化したと自分で言ってしまうあたり、この人はとても根が正直で真面目なタイプなのだとメイヤは思う。本当に魔法使いらしくない彼のこの性格は、彼の魔法が相手から離れていると使い難いせいで前面に立つことが多い、というのも関係しているのかもしれない。 「はい、ありがとうございます。とりあえず、彼らを捕まえなくてはならない理由は分かりました」 「うん、これからもよろしくな。今回は助かったぜ」 改めて握手を交わしていれば、何か作業をしていたメーイが割り込んでくる。 「なーにーよー二人で。魔法使いらしくない体力系同士、話が合うみたいねっ」 それから後は、クノームが帰ってくるまで、メイヤはひたすら彼らの使う魔法の話や、クノームの普段の話を聞いて過ごした。 「そんで、クノームの仕事の手伝いって、何やってきたんだよ?」 帰って来てまずそう聞かれて、メイヤは正直困るしかなかった。けれど、内心では困ったとしてもそれは見せずに、胸を張ってきっぱりと返した。 「守秘義務があるので話せません」 ティーダが目を丸くしてから、不機嫌そうに顔を顰める。すねるように唇までとがらせている様を見れば、可愛い、なんて思ってしまって抱きしめたくなってしまうのだが、そこはぐっと我慢をする。 「師匠である俺にもかよ」 顔立ちは誰がどう見ても『可愛い』より『綺麗』なのに、このがさつで子供っぽい性格のせいで、たまに見せてくれるこういう表情をティーダがする度に、反則だ、とメイヤは思う。 心情的には、思わずそれで言う事を聞いてしまいそうになってしまうのだが、メイヤとしてもそこはぐっと堪えて平静を装うのも、流石に長い付き合いで慣れていた。 「はい、そうです。クノームさんの立場としての重要な仕事ですので」 「クノームも俺の弟子な訳だが」 「クノームさんは宮廷魔術師です。国家の政策に関する重要事項は、いくら師である貴方でも話せません」 さすがにそこまで言えば、ティーダもそれ以上の文句は言わず諦める。 なーにが宮廷魔術師だ、という捨て台詞はスルーして、メイヤはこの話はここまでと、態度を切り替えてにっこりと笑った。 「では、遅くなりましたが夕飯を作りますね。クノームさんからお土産もあるんですよ、果物ですから食後に出しますね」 メイヤが切り替えれば、ティーダもぼりぼりと不機嫌そうに頭を掻いてから、顰めていた表情を切り替える。綺麗な長い黒髪をぼさぼさにして、彼は諦めたようにため息をつくと、おう、とだけ返してきた。それから暖炉の部屋の定位置にあるクッションの上にどっかり座り、ひざ掛けやら作業道具やらを整理し出す。 それをじっとメイヤが見ていると、やはりまだ少しだけ不機嫌そうな目でティーダがこちらに顔を向けた。 「なんだよ、さっさとメシ作ってこいよ」 メイヤはそれに苦笑を返す。 「はい、分かりました。でも、その前に、やっぱりちょっといいですか?」 「あぁん?」 ティーダが眉を寄せたのと同時に、メイヤはさっと彼の後ろに回ってその長い黒髪を手に取る。それから彼が文句を言うより早く、その髪の毛を梳かしだした。 「やっぱり、そのままで食事は見ていられません。食べてる間に髪の毛からゴミが落ちそうです。本当に……どれだけ汚いところで寝転がったんですか、ゴミが髪の毛の飾りかと思うくらいにあちこち絡まってます。あーもー、食事が終わったら洗いますよ」 「ほんっとにお前はうるせーなー、いいだろっ、ゴミくらいで死にはしねーよ」 「だめです。俺が我慢できません」 文句は言っても、いざ梳かし始めれば大人しくしてくれるのだから、メイヤは彼に小言を言いながらも笑ってしまう。それに、こうして自分に大人しく髪を任せてくれるこの時がメイヤは好きだった。 可愛そうなくらい絡まっていた髪の毛が解けていけば、黒い髪は美しい艶を取り戻す。それに満足したメイヤは、ついでとばかりに、その髪に軽くキスをした。 ――貴方は、綺麗なままでいてください。 その為なら自分は何でもできますから、と。それはここにくると決めた時からの誓いだった。 「なーーーに恥ずかしい事してんだっ、お前はっ」 気づいたティーダが怒鳴った事で、メイヤは急いで立ち上がった。 「はい、すみません。すぐに食事を作りますね」 ちらと見えたティーダの顔が真っ赤に染まっていたのが嬉しくて、メイヤは笑いながら軽い足取りでその場から離れた。 --------------------------------------------- 魔女の刺青の解説、これは銀の拍車〜のエルマとかにも当てはまります。騎士団編の困ったお子様の話もやり方は違いますが目的は同じ。 次回はティーダサイドで軽くいちゃついて、その次の回がエロ予定。 |