魔法使い達の古い事情
<成長編・1>





  【6】




 師匠、といういつも通りの声を聞いて、ティーダは目を薄く開いた。
 すぐ目に入ってくる眩しい光で、今が朝な事を知る。

「まったく、あれからそんなに遅くまで起きていたんですか。まぁそれはいいとしても、そのまま床で寝ないでください」

 ちゃんと上にいろいろ掛けてあるという事は、この早起きの弟子はもっとずっと早く起きて、いろいろ朝の準備が終わってからこちらを起こしたのだろう、とティーダは推測する。

「はい師匠、起きたら顔洗って、そこ座ってて下さい」

 しっかりクッションを重ねていつもの場所に居場所を作り上げてくれているメイヤは、そう言ってティーダの手を引いて起こすと、水瓶の傍に背を押して連れていき、目の前のボウルに水を入れた。顔洗いが終わるとやはり背を押してクッションの場所までいき、そこに座らされる。そうしてから楽しそうに、絡まってしまったティーダの長い黒髪を櫛で解かし出す。
 いつも通りの光景に、ティーダはぼーっと、暖かく過ごしやすく整理された部屋の中を眺めた。
 メイヤがきてから、こんなにも居心地のよい空間になってしまったこの部屋。ただこの部屋は、生活感がありすぎて、きっと彼がいなくなったらこのままでは耐えられない。そんな事を考えて悲しくなっている自分に、馬鹿だなぁと思ってしまう。
 もう少し、まだ大丈夫。
 なんて考えて今日まで来て、そしてこうして彼といると、やはりまたそう思いこんでしまおうとしている。傷ついても悔やんでもやり直せる、彼がまだ若いうちに離してやらないとと思っているのに、どうしてもまだこの心地良い今を手放したくないと思ってしまう。
 彼まで、立ち止まらせてしまってはいけない。クノームと違って、メイヤはちゃんと普通の幸せな人生を行けるのだから。

「はい、すぐ朝食を持ってきますので、とりあえずお茶を飲んでいてください。今日のお茶は、パンペイタの実にサンテンカの葉と……」
「あー、それはいいから、メシ持ってきてくれ」
「はい、分かりました」

 寝起きでぼうっとしているティーダと違って、きびきびと動くメイヤはすぐに炊事場の方に去っていく。その姿をやはりぼうっと見つめながら、奥から聞こえてくる彼が何か作業をしている音を聞いて、ティーダはため息と共に目を閉じた。

 そして、メイヤは。
 ティーダのいる部屋に帰ってくる直前、部屋の前で足を止めると、寂しそうに笑って小さく、小さく、呟いた。

「師匠、フィリッツっていうのがあの騎士の人の名前ですか?」

 それは、眠っているティーダの口から漏れた名前だった。



END
 >>>> 次のエピソードへ。


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本気で短いですが、このエピソードはこれで終わり。
次のエピソードはまたちょい開きますが、出来るだけ早く始められるようがんばります。
多分、次回はメイヤの決断編、かな。



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