【1】 首都でも治安がよくない西の下区にある、薄暗い酒場の隅の席。 こんな場所に似つかわしい、見ただけでただ者ならぬ強さを感じさせる外見の男が二人、静かに話をしていた。 「……どうする? それでもこの仕事を受けるか?」 「そうだな、あからさまに怪しいのは確かだな」 「まぁ、とはいっても仕事の難易度的にはこれくらいの条件じゃないと誰も来ないと思った、とも取れるしな。ただ、確かに胡散臭すぎる仕事だ。やめるか?」 男の一人、青い髪に青い瞳の男が聞けば、もう一人の、甲冑からマント、そして髪の色まで黒一色で統一された男が笑う。 薄暗い酒場の影に同化する、黒で固められた男の中、夜行性の肉食獣のような金茶色の瞳と、白い歯が浮かび上がる。 「いや、受けよう。面白そうだ」 * * * * * * * * * * 自由の国クリュース。 この国がそう呼ばれるのは、国の政策として、冒険者と呼ばれる者達を管理し、バックアップする制度があるからに他ならない。 そして、少しそのあたりの事情に詳しい者なら、元々この制度は、未開地を国の金を極力使わずに調査・開拓する為の策だったという事も知っている。 「そんな訳だから、特に樹海に行く冒険者にはいろいろな特典がある訳」 「はー……そうですか、なるほどぉ。確かに樹海へいく場合、冒険者の転送は国持ちでしたねぇ」 得意げに話す女の声に、気の抜けたような声で返す男の声。先程からこの二人の声のやりとりだけが、一行の中で続いていた。 「100年と少し前、クリュースは隣国ファサンに勝ってその領地を統合したのは良かったものの、ファサン領内の広大な樹海は手つかずの未開の地で、そこを調査する金も人手も足りなかった。だから、それなら勝手に調査したい者に調査させて、その結果だけを得ようとして考えられたのがこの冒険者システムよ」 「でも冒険者が持ち帰った結果は、冒険者のものになるんじゃ?」 「まぁね、でも冒険者達は評価ポイントと報酬の為に、持ち帰った成果や報告を国に提出するでしょ? それだけで国には十分利益がでるのよ。一番大きいのは、国が金を出すのは、冒険者が生還して成果を得た時だけでいい事ね。調査隊を国で派遣すれば、その人員の給料から経費まで全部国が持たないとならないし、負傷者や死者がでたらそれも保証金を出さないとならない。そこまでして成果がでるかも分からない」 得意げに話す女は、魔法使い特有の杖を手に持ち、悠々と列の最後を歩いている。彼女の相手をしているのは、戦力としてはあまり頼りがいがなさそうな細身の青年だった。ただ、見た目よりは頼りになる事はメンバー全員が知るところではあったが。 「でも冒険者達も美味い発見なら、報告せずに黙ってるんじゃないですかね?」 今はまだ、樹海の中でも入り口付近の為、先達の残した道を歩いている分危険はない。 だから後方でおしゃべりに興じている二人について、特に文句を言う者は誰もいなかった。 「それもあり得るわね。でも、目に見えて美味い思いしてればまず周囲にバレるわよ。それに樹海は一人で行くモノじゃないから、国からの褒章目当てで、まず誰かが情報を漏らしちゃうわね。その狙いもあって、発見が国にとって有益なものだった場合は特別報酬、なんて制度をやってるんでしょ。で、その美味いポイントが分かったら、後は国がそこに一個団隊送って国のものってしちゃえばいい訳。発見者が持ち帰ったものは発見者のものにしていい事になってるけど、土地自身は国のものだから文句はいえないわ。まぁ、発見出来れば最初だけは美味しい思いが出来るから、一攫千金を夢見た連中はそれでもいくけどね」 「うまく出来てるもんですねぇ」 「そのシステムがいいか悪いかは……今のこの国を見れば分かるんじゃない?」 しかし歩きながらよく息が切れないものだ、とエルは感心して振り向いてから、その理由を思い出して苦笑した。 彼女は杖以外の荷物を持っていない。 最初、彼女は、今彼女のすぐ傍についている弟子の魔法使い見習いの少女に荷物を皆持たせていて、見かねた他のメンバーがそれぞれ分担して持ってやったのだ。 まぁ別に、あの女の荷物を持つ事自体は、言えば最初からやっても良かったんだがな、と心の中でエルは呟く。 なにせ、この仕事の依頼主は彼女なのだから。 クリュースの領地の中でも、南部と呼ばれる地域の殆どは元ファサン領である。そして、その元ファサン領のほぼ半分近くを占めるのが、広大な樹海と呼ばれる未開の地であった。 元々、クリュースがファサン領を取り込む際、この樹海を調査させるために冒険者システムが考えられた事は確かであるが、現在、冒険者でこの樹海にやってくるのは実はそれほど多くはない。 まず一つに、首都から遠い。 ただこれに関しては、一応樹海へ行く冒険者達への転送代を国が負担する事で一応の解決にはなっていた。 だから一番の問題はその危険度合いだ。 足を踏み入れた人間が少ない分情報も乏しく、しかも樹海の中には魔法が効かない場所がいくつかある事でも知られていた。魔物も獣も、どんなものが出るか一部程度しか知られておらず、知られている物も他の地域には見ない特殊な生物ばかりで、早い話、どんな危険があるか予想さえ難しい。 ただし、裏を返せば、それだけ未知の部分が多いという事は、人に知られていない発見一つで大きな利益を得る可能性も高いという事でもある。実際、樹海から持ち帰った植物から新しい薬草が見つかったり、魔法を通さない石を持ち帰った者達は多くの金を得た事で知られている。 だから、余裕と野心がある金持ちが樹海行きのパーティを募集する事はそれなりにあるのだが、よほどの馬鹿か、余程の自信がある者でもなければ来ない事がお約束となっていた。 ただ、今回の彼らの目的は、そんな金持ちの道楽のようなものではなく、もっと別のものであった。 樹海について、周囲の地域に伝わっている昔話がある。 いわく、樹海があった場所には昔、大陸全土を支配する大きな国があったらしい――と。 どこにでもありそうな宝探し話の一節のようだが、実際樹海の中で遺跡がいくつか見つかってはいるため、完全な眉唾ものという話でもない。 彼らの目的はその遺跡探し――それも、当時は飛びぬけた能力があり相当に偉い地位にいたという魔法使いの住居であった城跡を探す事だった。 昼なお暗い樹海の中はどこを見ても木ばかりで、それでもまだこのあたりは、よく見れば人が通った跡がかろうじて道らしきものを作っているのが分かる。 踏み固めがまだ甘い柔らかい地面も、岩と木の根が時折邪魔をしても、まだこんなところは大した苦労ではないというものだ。 「さて、皆少し止まって頂戴。これ、投げて貰える?」 「ほい、了解」 一行が足を止めると、エルは先頭付近から最高尾の彼女――今回の仕事の依頼主である女魔法使い、メルーのところへと走っていく。 そこで彼女から魔法の入った石を受け取ると、また前に戻って、先頭にいる黒い騎士にそれを渡した。 「セイネリア、頼めるか」 「あぁ」 渡された黒一色の、この一行の中で一番背が高い男は、頭上に視線を向けると、手の中の魔法石を高く空へと放り投げた。 「おー、いつもながらさすが馬鹿力」 空中で、石はまるではじけるように光ると、光の筋を飛ばして落ちる。 遺跡探し、という馬鹿馬鹿しい内容ながら、今回それなりにきちんとしたメンバーが揃ったのは、雇い主が目的の場所の遺跡に関する位置をほぼ掴んでいるという前提だからだった。 方法は分からないが、この魔法使いは既にある方法でその場所に目星をつけ、そこへ誘導できるための術をあらかじめ施してあるらしい。 こうして、ある程度進んでは投げさせている石の光の筋が飛ぶ方向で、彼女は方向を確認しているらしかった。 「向こうね」 毎回の事だが全員で石の光を見届けてから、雇い主であるメルーが、木が重なりすぎて先が見通せない森の奥を杖で指す。 それから、全員の視線が杖の指す方向に集まった途端、彼女は大声で皆に告げた。 「さて、ここからはもう道はないわ。皆、覚悟はいいかしら?」 陽が高い時間でも薄暗い樹海の中は、夜になればもちろん、星どころか月さえ見えない。 真の暗闇が訪れる前に、安全を確保出来そうな場所でキャンプを張るのは、野宿の基本というものだった。 「エル、火の当番の組み合わせはどうする?」 「エルさん、今日の夕飯材料はここまで使ってよいですか?」 「ちょっとエル、明日の予定の話なんだけど……」 「うるせぇ、一人づついいやがれっ」 キャンプが決まった途端、あちこちで呼ばれたエルはいい加減キレて叫んだ。 依頼主は女魔法使いなのだが、魔法使いというのはどうにもコミュニケーション能力不足というか、他人に頭が回らないような性格の人間が多く、例に漏れず彼女も一行をうまく纏めようという気はないようだった。 更に言えば、魔法使いではなくとも、評価に星が入るような腕のいい上級冒険者という奴も、他人と協調性があるような人間の方が希なようであった。 おかげで、そういうのが得意な、希な例のエルみたいな人間が苦労する事になるのだが。 エルは、キャンプの準備を始めた一行の、それぞれを見てため息をついた。 今回のパーティは、依頼主を含めて8人。全員が上級冒険者という、戦力的には相当頼りになるメンバーだ。 ただ、腕を重視したために、各々の人間性は少々難があるともいえた。 すっかり座りこんで地図を睨んでいる依頼主の魔法使いメルーはまだしも、戦力担当の3人はそれぞれ離れて一人で座って武器の手入れを始めるか寝たふりをしているし、戦力担当で一番頼りなさそうな男――名はラスハルカというらしい――は依頼主の女と一緒に地図を見ながら話しこんでいる。 がんばって働いているのは、メルーについてきた魔法使い見習いの弟子の少女アリエラくらいで、仕方なく手伝っているのは、彼女の弟子ではないが、薬草やらに詳しい同じく魔法使い見習いの青年サーフェス、そして後はエルが一人で力仕事全般を引き受けている状態だった。 ちなみに言っておけば、エルも一応戦闘要員ではあるが純戦闘要員という訳でもない。エルは名目上は戦士ではなく神官だ。ただ、仕える神は戦いの神アッテラで、この神は戦う者の為の神であるため、神官達は皆戦士と何ら変わりない、或いはそれ以上に体を鍛え上げているのが普通だった。当然エルもここのメンバーの誰とも……いや、セイネリア以外とであれば、遅れを取る気は全くしない。 「クリムゾン、火の管理くらいはちっとは手伝えっ」 さすがに全く手伝わない連中には一言いってやろうと思ったエルは、まずは手伝う素振りもなく、武器の手入れに没頭している、戦闘要員中最年少の青年の元へやってきた。 赤い髪に赤い瞳の、少年から青年になったばかりのまだ若い分華奢にも見える戦士は、こう見えて戦闘能力においては相当の手練らしい。噂では、子供の頃から、殺しなどの非合法な仕事さえ請け負っていたという話だ。 「それは契約外だ。キャンプの準備については、さっき狩りしてきた分で果たした」 生意気にも、その一言で武器の手入れに戻ってしまった少年に顔をひきつらせ、エルは大股で、今度は木に寄りかかって寝ている男に近づいていく。 「おいセイネリア、体力と力はお前が一番あるんだろっ、手伝え」 黒い甲冑に身を包んだ黒い髪の男は、木によりかかって寝たふりを決め込んでいる。 彼は確実に近づいてきたエルの気配を察しているだろうに、声を掛けられてから、やっとその暗闇だとぞっとするように鋭い金茶色の瞳を開いた。 「体力が必要な仕事はお前が既にやった後だろう。俺に飯炊きでもさせたいのか?」 騎士らしい大柄な体、精悍な顔つきにその凄みのある目で睨まれれば、大抵のものは言葉さえ出せない。この威圧感に錯覚を起こすが、彼はまだ二十歳を少し過ぎた程度の若さであり、エルと殆ど変わらない年齢のはずだった。 その彼が皮肉げに唇を歪めて言い返した言葉に、エルはがくりと肩を落とした。 「あー……まぁ、もういいよ」 エルの様子を見たセイネリアが、鼻で笑う。 勿論そんな彼の様子に、怯えたり、怒ったりするようなエルではない。 そもそも、今回の仕事で彼を誘ったのはエル自身だった。 彼とは特に親しいという訳ではないが、冒険者多しと言えど、エル程平然とセイネリアと会話を出来る者は相当に限られる。 そのせいか、実力では申し分なく、騎士団にいた時代は最強とも呼ばれた彼に仕事を頼もうとする依頼主は、先にエルに打診してくることが多くあった。まぁ、そのおかげでこの若さで上級冒険者の仲間入りが出来た訳ではあるので、彼には感謝もしていた。実際どれだけの危ない、困難な仕事でも、セイネリアは大抵どうにかしてしまうという化け物で、彼と仕事で組めるのはそれだけでラッキーと言い切っていいだろう。 今回はハッキリと彼を名指しで言われた訳ではないが、『戦力として頼りになる人物がいれば誘ってくれ』と言われて彼に話を通した事情がある。 正直、樹海の仕事など、危険すぎて引き受けたがる冒険者は少ないし、エルも行くなら出来るだけ生還確率をあげられるようなメンツで望みたかった。だからこそ彼を誘った訳なので、最初から、この男に周りとの協調性やら何かを求める気はないと言えばないのであるが。 しかし厄介な連中ばかりが集まったものだ、とエルは既に多難な前途が見えるようで、頭が痛くなってくる。 そして――。 「ウラハット、あんたは手伝う気があるかい?」 やはり火から離れた位置でぼんやりと座り込んでいた男に、エルは声を掛ける。 「あ、あぁ。言われりゃやるよ」 金髪に灰色の瞳の男。歳はエルより2,3上というところだろうか。恐らく歳だけならセイネリアと同じくらいだ。 騎士ではないが今までの仕事での評価は高く、それなりに腕は信用出来る、という事にはなっている。とはいえ、こうして見るこの男に戦士としての強さや自信はまったく見当たらなかった。その色だけでなくどんよりと濁った意志の光が抜けた鉄色の目、上級冒険者としての自信とは正反対とも言える怯えたような表情。 こういう人間を一言でいうなら、腑抜け、と称するのが正しい。 ひょろっこくおしゃべりなラスハルカよりも、明らかにこの男が一番の戦力外だろうことは見て明らかだ。 だが、エルにとってそんなことはどうでも良かった。 そして、彼こそが、こんな仕事をエルが受けたそもそもの目的であった。 --------------------------------------------- 本気で冒険モノのお約束のような展開で始まりました。このノリで長いです。シーグル出てこないです。 時間軸は0話と1話の間、というか0話でセイネリアが騎士団を辞めた直後くらいの話です。 剣を入手前なので、セイネリアさんは結構本編より少し若者っぽいかも? |