黒い騎士と黒の剣




  【2】



 暗闇の中、光る獣達の瞳。
 闇に溶け込むシルエット。
 助けなどくることがない樹海の深く、危険な動物達の多くは夜行性で、当然、夜は昼間の数倍危険が増す。
 冒険者達がそれなりの人数でパーティを組んで遠出をする場合、そこが広い森や山などでは特に、メンバーの中に狩人を加える事がほぼ必須となっていた。森や野生動物の習性を熟知している彼らの知識は勿論、彼らが信仰している女神ロックランの術によって動物避けの結界を作れるという事が、こうしてキャンプする場面で重要になってくるからだった。

「さて、今回は狩人がいねぇからな、おまけにリパの神官もいねぇ、見張りは相当気をつけねぇとな」

 だから、エルが面倒そうにそう言ったのは当然皆が思っている事だった。
 だが、彼のその言葉を聞いた途端、得意げな笑みを浮かべて、雇い主である女魔法使いが前に出てきた。

「問題ないわ。必要ないから、連れてこなかったのよ」
「必要ないって事は……つまり、あんたが獣避けの結界に当たるモンを作れるって事か?」

 所属神殿名を聞けば何が出来るか分かる神官の魔法と違って、魔法使いの魔法は各自出来る事が全く違う。だから、思わせぶりなその発言をしたのが、魔法使いである雇い主本人であるならば、自然とそういう結論になる。

「そう。正確には私が、ではなくアリエラがね」

 皆の視線が、師であるメルーの荷物を整理している、魔法使い見習いの少女に集まる。

「この子の得意な魔法は空間系の術でね、いろんなタイプの結界を作る事が出来るのよ。……まぁ、逆を言えば結界だけしか出来なくて、いくら応用させても『守る』以外のことが出来ないんだけど。この子の結界は空間の壁を作ってるから、ロックランの動物避けとは比べられないくらい安全よ」
「成る程ね、どうみても足手纏いの見習いなんか連れてきたのはそういう理由だったわけか。僕はてっきり、自分が楽する為に、身の回りの世話と雑用をやらせる為かと思ったよ」

 得意げに言う女魔法使いに、嫌みのような笑顔でそう返したのは、魔法使い見習いのサーフェスだった。
 おそらく彼の『思っていた』事も間違いではなかったのだろう、メルーの笑顔が不機嫌そうにひきつる。
 お互いに笑みを浮かべたまま睨み合って無言で牽制し合う彼らの間に、空気を察したエルが割って入り、二人をなだめ出した。

 ――まったく、ご苦労な事だ。

 火から離れた位置で転がりながら、セイネリアは唇に笑みを乗せる。
 とりあえず、ならばあの少女を見捨てるのは出来るだけはやめておこう、とセイネリアは現パーティメンバーに対する認識を変更した。
 危険な場所へ向かう場合、最大目的は生還することだ。だからその為、出来るだけ生き残るのに役立つ人物を優先して助ける事を考える。
 皆が皆無事生き残る、というのは理想ではあるが、全員助ける事に拘って全滅する方がばからしい。だから、見捨ててもいいものは見捨てる。結果として、それが一番多くの生還者を返すことになる。

 今回のパーティにおいても、まずメンバーと合流した時点でセイネリアは考えた。
 エルとクリムゾンは、戦力として失うとパーティ全体の生存率が落ちる。
 依頼主であり案内役でもあるメルーは置いておいても、戦力として微妙なのは、魔法使い見習いのアリエラと、彼女より多少は動けそうなサーフェス、それからあまり使えそうには見えないラスハルカとウラハット。ラスハルカとウラハットははっきりと実力がわかる訳ではないが、戦闘要員である以上、自分の身は自分で守って貰えばいいだけの話だが。
 この4人は、真っ先に見捨ててもいいとそう当たりをつけていたのだが、考えれば魔法使いはその本人特有の能力のせいで、戦力という秤一つで判断するべきではない。
 依頼主の女は、言動だけみると典型的な馬鹿女だが、あれで魔法使いとしてはかなりの評価を持っている。そして魔法使いとしてそれなりの名が通っているという事は、見た目通りの歳ではないという事でもある、何かを企んでいる可能性がある。

 いや、絶対何か裏がある――と最初にこの仕事をエルから聞いた時にセイネリアは確信していた。

『仕事内容は、樹海の遺跡探し。依頼主は結構名の通ったの女魔法使い。昔樹海にいたっていう偉い魔法使いの城跡の位置にあたりをつけたから、そこへ行く連中を探してるって事だ。勿論報酬も払うし、本人は魔法に関する資料だけが手に入ればいいそうだから、それ以外に何か発見した場合は、発見した本人のモノにしてくれていいそうだ』

 エルから聞いた依頼内容だけでも、胡散臭さに満ちている。いくら魔法使いは研究だけが目的で俗世の金品などに興味がないとはいっても、気前がよすぎる条件と言えた。

『エル、その女魔法使いは美人だったか?』
『そんなのに興味あるのか、お前別に女に困っちゃいねぇだろ』
『どうだった、エル?』
『んー、まぁ、美人だろうなぁ』
『見た目だけなら若くて美人、宝石やら装飾品で飾りたててる、そんな外見か?』
『あぁ、そんなとこだな』
『だったら黒確定だ。外見を飾るのに拘る女が、俗世に興味がないなんて事はあり得んからな』

 それでもこの条件を出すのなら、女は最初から自分以外のメンバーを生還させる気がないのだろう。そして、それだけの価値が目的地にはあるのだ、とも考えられる。

『どうする? それでもこの仕事を受けるか?』

 セイネリアは仕事を受けた。
 どう分析しても死にに行くようなものだが、だからこそ面白いと彼は思った。

『これで死ぬなら、所詮俺はその程度の人間だという事だしな』
『やめてくれ、俺はこんな仕事でも生還したいからあんたを誘ったんだぞ』

 エルにはこの仕事を受けねばならない理由があったらしい。セイネリアはその事情を聞こうとは思わなかったが、仕事仲間として彼が生きていたほうが都合がいい為、自分の命の次くらいには彼を生かしてやるくらいのつもりはあった。

「んじゃ、火の番は二人づつ組んで交代だ。最初が俺とサーフェス、次がウラハットとアリエラ、その次がメルーとクリムゾン、最後がセイネリアとラスハルカだ、異論あるやつはいるか?」

 勿論、誰も仕切りたがらないのであるから、それに文句がある人間がいる筈もない。
 誰も意見してこないのを確認して、エルはこれからの見張りの相方であるサーフェスに声を掛けた。








 赤く爆ぜる火を見ながら、更けていく樹海の夜はあまりにも静かすぎた。
 見習い魔法使いの少女の作った結界は相当に優秀なものらしく、獣の気配もその鳴き声も遠く、あたりには虫程度しか音を出しているものがいない。
 これなら火の番さえ必要なさそうか、と皮肉げに笑いながらも、ここが樹海でなければという前提だが、とセイネリアは思う。
 まぁ、なにがいるか分からないというのが樹海だ。
 彼女の術はロックランの結界よりも強力で、一度結界を張ればその中に何も入ってこれなくしてしまう。とはいえそれが、例えば霊的な生き物もそうなのかといえばそれは分からないという事らしい。
 その系だけではなく、メンバー全員が信用出来ると確定出来ない状況では、やはり見張りは必要になる。二人づつ組まされているのもそれが理由だ。

 しかし自分と組んだこの男――ラスハルカは思ったよりも面白い男かもしれない、とセイネリアは思っていた。
 メンバーが集まってからここまでずっと、彼のやっていた役目は雇い主の話相手だった。外見的にもひょろっと細いその体は頼りなさそうで、戦力枠として入ってきたとはとても思えなかった。
 そこからすれば、さぞ見張り中もうざいだろうと思っていたセイネリアの予想は外れた。
 こうして、交代してからずっと、彼はセイネリアに話しかけてこない。それだけなら怯えて話しかけてこないだけ、というのもありえるが、そうではない事くらいは気配ですぐ分かる。
 どうやら、相手はずっと、セイネリアを観察しているらしい。
 一応見た目上は、彼もまた火をぼうっと見ているだけなように見えるものの、その神経はセイネリアの動きに向けられているというのが分かる。セイネリアが僅かに動けば、それだけで、普通なら気づかない程度ではあるが、僅かに彼は反応している。まるで、自分の気配を追っているようなところがある。
 自分の前で緊張する人物というのには慣れてはいるが、彼の反応はまた違うとセイネリアは思った。

「俺を見ていて何か面白いか?」

 だから聞いてみる。
 ただ向こうの出方を見るだけでもいいのだが、そこまで楽しめる男とも思えないというのが、現状のセイネリアの予想だ。
 おそらく、この男は昼に見ていた顔の方が演技なのだろう。今回の仕事を調べる為に何処かがよこした、あたりがいいところだとセイネリアは思う。

「面白いですね。貴方くらい自分というものが強すぎて、周りの影響を気にしない人は」

 ラスハルカの口調ははっきりと昼間とは違う。
 女魔法使いの言葉にのんびりと相づちを打っていた時に比べれば、別人のように声が落ち着き払っている。

「なんだ、さすがに演技はやめたのか?」

 喉を軽く揺らしながら言えば、相手は肩を竦める。

「えぇまぁね。この場面でまで演技してたら、貴方は私と話す価値もないと判断されるでしょうからね」
「ほう……」

 思わずセイネリアが漏らした声には、興味の響きがあった。
 実際、思った以上には面白い男かもしれないとセイネリアは思っていた。

「なら、何処の手の者かくらいは話して貰いたいものだな」

 言えばラスハルカは苦笑して、セイネリアの顔をじっと見つめ返す。けれども目は笑っていない。ますます面白い、とセイネリアは思う。

「さすがにそれは勘弁してくれませんか。ただ、私は単なる報告役で、それ以上の何者でもない事は約束します」

 セイネリアは軽く目を閉じる。
 それだけで、僅かに相手の空気が和らいだ。

「つまり、何かをしろという命令は一切うけていないという訳だ」
「えぇ、最後まで見届けてから報告するだけの役です。途中連絡を取る手段もありませんから、方針変更もありませんよ」

 彼がいう通り、本当にただの報告だけの役というなら、セイネリアにとっては別に問題になる存在ではない。そうセイネリアが判断するだろう事を見越して言っているのだろうというのが分かる分、頭のいい男だと思う。

「随分あっさりと間者だという事はバラしたんだな」

 だが少しばかりセイネリアが疑問に思う事は、彼の判断は正しいとはいえ、思い切りがよすぎるという事だ。多少でもセイネリアが疑いを持ってからや、不信感を持たれた後にバラすならともかく、まだセイネリアはそこまで彼を気にしていなかった。
 ここまであっさりバラしてくると、逆にこれも計画の一つとして怪しいと思えなくもない。

「えぇ、貴方には言っとこうと、初めて見た時から決めてましたから」
「何故だ?」

 ラスハルカの気配に動揺は一つもない。真実だからか、それとも余程度胸が据わっているか。
 彼は真っ直ぐにセイネリアの目を見て、軽い笑みを浮かべたまま答える。

「言ったでしょう、私は最後まで見届けないとならないんですよ。危ないからと逃げる訳にもいかなくてですね、そうなるとこんな状況でも生き残る手段を考えないとならない訳です」

 筋は通っている、その前に聞いている彼の判断からすれば自然な理由だ。セイネリアはそう思ったが、探るようにじっと彼の目を見つめる。

「今回の仕事で、最後まで生き残れる確率が一番高いのは貴方でしょう。だから貴方には出来るだけ協力して、気に入っておいて貰おうと思いましてね」

 セイネリアの視線を受けても、彼は動揺を見せはしない。大したものだと思わず笑いたくなる反面、思った以上のくせ者だという認識も持つ。

「俺におべっかで取り入ろうという事か」

 それでも、聞きたいことはあらかた聞いたこともあって、セイネリアは少し茶化して彼から視線をずらした。
 それが分かったのか、相手の笑みにも安堵の気配があった。

「そうですね、それで生き残れるなら何でもやりますよ」
「俺はおだてられて気に入ったりはしないぞ」

 完全にセイネリアが彼から視線をはずせば、彼は今度は立ち上がる。
 セイネリアがそれでちらと視線をやると、彼は目を細めて唇を釣り上げ、こちらへ意味ありげな視線を投げてくる。

「それも分かってますよ。おべっかだけの無能じゃ貴方は歯牙にもかけないでしょう。……ちゃんと役に立つ自信はありますよ、私は」

 ラスハルカは言いながら、その場であまり多くはない、自分の金属装備を外しては地面に落としていく。
 セイネリアは表情も変えずに、じっと彼を見る。

「確かに、見た目以上は使えるんだろうな」

 あらかた面倒な装備類を外した彼は、ゆっくりと焚き火を迂回して、セイネリアに向かって歩いてくる。

「わかりますか?」

 セイネリアの前までくると身を屈め、視線の高さを同じにして、じっと見つめてくる。

「少なくとも、お前の判断は今のところ悪くない」

 それでもセイネリアの表情は変わらない。
 ラスハルカはセイネリアと視線をじっとあわせたまま、両手をのばしてセイネリアの顔を挟むように肩に手を乗せた。

「他の連中が起きるぞ」
「声ださなきゃ大丈夫ですよ。番の方も、この結界なら大丈夫でしょう」

 言って妖艶とも言える笑みを浮かべると、ラスハルカはセイネリアに顔を近づけていく。


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次はエロです。


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