【11】 「で、これは俺が貰う事で問題はないわけだな?」 セイネリアが言えば、他の皆はこくこくと頷くことしかできない。 だが。 「……一番許可をとらないとならない人物は、既にいないようだがな」 セイネリアが笑いながら言った言葉に、エルは初めてメルーが先に逃げて、ここにいない事に気づいた。 「あのおばさん、この剣持ったらおかしくなるってわかってたんだわ、だからさっさと逃げたのよ」 アリエラが怒って言う言葉を、誰も否定はしない。 ただメルーの想定外は、セイネリアがこの剣を持ってもおかしくならなかった事だろう。なぜ、彼が大丈夫だったのか、エルにはわからないが。 ガラリ、という音に顔を向ければ、倒れていた筈のクリムゾンが起きあがろうとしていた。 彼はまだ意識がはっきりしないのか、ゆっくりと起きあがって……途中から全て思い出したのか、飛び上がるように立ち上がって自分の手を見た。 それから、確かに最初は彼が持った筈の剣を平然と持っているセイネリアを凝視する。 「……なんで、お前は平気なんだ?」 そら当然の疑問だろうな、と思うと同時に、どうやらこっちの方ももう大丈夫らしいと、エルはまた安堵する。 「なに、これを使うにはちょっとしたコツと条件があるというだけだな」 「何だそれはっ」 食い下がるようにセイネリアに近づいていったクリムゾンを、だが聞かれた当人はまるで気に止めずに辺りを見回していた。 「言えば済む話でもないしな……と、あれか」 何かを見つけたセイネリアが、骨の山の中に手を入れる。がちゃがちゃとあまり聞きたくない音をあげながらも、程なくして、山から手を引き抜いた彼の手には黒い鞘が握られていた。 「あぁ、それがそいつの鞘か?」 「そういう事らしい」 セイネリアは言いながらその剣を鞘に入れる。黒い刀身が隠れて、エルはやっと安心して彼の持つその剣をちゃんと見る事ができた。 黒い剣は鞘も柄も顎も全て黒く、まるでいつでも黒い格好をしているセイネリアの為に作られたもののようにも見えた。 最初から彼の為に作られて、だから彼だけが持てたのではないかと、そんな事まで思う程、その剣を持つ彼の姿はあまりにも似合っていた。 ――最強の男に最強の剣か……出来すぎって奴じゃねぇか? そんな事さえ思う。だが、そんな悠長な事を言っていられるのも、どうにか目前の一番の危機を脱する事が出来たからこそだ。 ここの一番の難物がその剣であるなら、もうこれ以上のヤバイ事は起こらないだろうと、エルはすっかり安心していた。 だから、気づかなかった。 安堵して、思い思いに話している他の連中の中でたった一人、じっと黙って何も言わない男の事を。 「いつまでここにいるのよ、もう用が済んだならさっさとこんなとこ出ましょうよ」 アリエラがそう言った事で、皆で顔を見合わす。 安心したついでに辺りの死体から装備品を物色していた者達は、彼女の言葉にやれやれと肩をあげた。 この部屋に入る前は、あれだけ不気味で仕方なかった骨達も、これだけここにいれば感覚が麻痺したというか、いやそれより、もっと非現実的な事柄にあってそれが無事どうにかなって肝が据わったというべきか、骨の山もそこまで気にならなくなってきていた。そうなれば現金なもので、骨の山は宝の山に見えて、今では各自部屋の中で骨の山を掘り起こしていた。 それでも、言われて自分の収穫を見れば、上級冒険者としての判断力も思い出す。 ――ここは、長居をしなほうがいい場所だ、宝の山に目が眩み過ぎると命を失う。 「ま、いいか。結構拾えたし」 「もういいだろ」 ちゃっかりとセイネリアやクリムゾンも目についた死体から何かを手に入れたらしく、もちろんエルも動きが阻害されない程度の多量の収穫物を手に持っていた。メルーの作った空間を使えばいくらでも持っていけるとはいっても、彼女が信用出来ない時点で馬鹿正直に使う気もない。 けれども、それで帰るかと出口に向かった彼らの前に、一人の影が立ちふさがる。 「ラスハルカ?」 そういえば彼は、この部屋に入ってから一度もしゃべっていないとエルは今更に気がついた。 それでも、ただ何か言いたいことがあるのか程度に注目した彼らの前で、ラスハルカはずっと俯かせていた顔をあげた。 「『誰ガ、帰すモのか』」 エルはそれでも、まだ事態の深刻さがわかっていなかった。 「何言ってんだお前」 だからそう言って彼の横を通り抜けようとすれば、足が何かに引き止められて、エルはその場に立ち止まる。 何が引っ掛かったのだと足下を見たエルは、それでみっともなく大声をあげた。 彼の足は――辺りに散らばっていた白骨死体の一つの手に掴まれていた。 「うわぁっ、離せこのっ」 慌てて足を払えば掴んだ腕は飛んでいったものの、その後にガタガタと、乾いたものがこすれ合い軋み合う音が部屋全体から聞こえてくる。 何が起こったのか想像出来て、けれどそれを否定したくて。恐る恐る、そうっと顔を上げて、エルは絶句した。 たくさんの、広間を埋め尽くしていた骨の山。 それらがカタカタと震える音を鳴らして動き、人のカタチに組み上がって立ち上がっていく。その数は、今立ち上がっているものだけでも既に数えられる数ではなかった。 「じょーだんだろ……」 余りにもマズすぎる状況に、エルは絶望よりもどうしようもなさすぎて逆に笑いたくなった。ただでさえ、もう生きてはいないただのモノである骨が動くなんて事、少なくともエルが今まで生きて来た常識からは外れすぎて、頭が追いつかない。 それでも、エルも戦う事を教義として体現してきたアッテラの神官である、敵が前にいれば手は勝手に武器を構え、自然と体は戦いに備える。 エルの獲物は堅いエレの木で出来た長棒である。刃物ではないから殺傷能力は低いが、相手がこれならへたに剣よりもいいだろう。 カタカタと、かつて生きていた時のように組みあがって人の形を成す骨達は、けれども今はない彼らを覆っていた肉を惜しむように、互いにぶつかり、擦れあって乾いた音を鳴らす。一つ、また一つと、人の形を取って立ち上がる骨の兵士達が増えていくにつれて、部屋の中のカタカタという音も増えて、乾いた音の大合唱になっていく。 「『そノ剣を、何故、持テル?』」 入り口にいるラスハルカの声は、彼の声であって彼の声ではない。 その口調は重く、声は酷く苦しげにしゃがれていた。まるで、水のない砂漠を歩いて倒れた者のように乾ききった声が、怒りを露わに呪詛の言葉を叫ぶ。 「『ソれは私のモノだ、私だけが使えル筈のモノだっ』」 それが合図だったのか、一斉に襲い掛かってくる白骨達。 エルはそれを長棒で払うように叩く。 不気味ではあるが所詮骨、単体の戦闘能力はそれほどでもなく、叩けば簡単に崩れて床に散らばる。けれども問題はその数と、そして崩れてもそのうちまたカタカタと音を鳴らして集まり、繋がり、立ち上がる不死の化け物だという事だ。 「『私ガ使えナカったモノが、何故お前ガ使う事が出来るッ』」 ラスハルカの声が響いて、今度はそれが不気味な笑い声に変わる。 襲ってくる白骨達を倒しながらも、エルは思わず叫んだ。 「おいセイネリアっ、その剣をアンタが持ってるのが気にいらねぇらしいぞ。どうにかしやがれっ」 エルだって、彼にそう言ったところでどうにか出来るものではないとは思っていたのだ。ただのやけくそと言ってもいいくらいの、勝手過ぎる文句ではあったのだ。 けれども、返ってきた答えはあっさりとしたもので。 「いいだろう、どうにかしてやる」 こんな時でもやはり落ち着いた黒い騎士の声が聞こえて、そしてエルは次に起こった事態にまた呆然とする。 部屋全体を揺らす、ドン、と何か大きな質量でも落ちるような音。 実際立っていられないほど足下が揺れて、エルは思わずしゃがみこんだ。 その彼の目の前、まるで上から押しつぶされたかのように、骨たちが一斉に崩れて、砕け散っていく。 揺れが収まった時には、辺りは骨というより骨の欠片が床に敷き詰められていて、カタカタという耳障りな骨達の合唱も完全に止んでいた。 ふと、セイネリアを見れば、彼の手には先程手に入れたばかりの黒い剣が抜かれていて、今の事態はあの剣の所為なのだということだけが分かる。 「ふん、やりすぎだな」 セイネリアはつまらなそうに辺りを見ていた。 エルは気が抜けたのか、それともまだ頭が事態を把握しきれないだけか、呆然と散らばる骨の欠片達を見たまま声を出す気力も湧かなかった。 だが、そこに。 「『ソれハ、私のモノだっ』」 声とともにセイネリアに向かっていったのは、今度はラスハルカ本人だった。 ひょろっとした戦士らしくない青年は剣を抜き、セイネリアに向かって斬りかかっていく。その姿は彼のイメージに合わない程に、速く、正確にセイネリアの心臓に向けて剣を延ばす。 けれども、エルでさえその腕を一瞬で認めた彼の一撃は、簡単にセイネリアによって弾かれた。勿論それで彼が諦める筈もなく、次々とラスハルカの剣がセイネリアを狙う。 エルはそれを見て思う。今彼に狙われたのが自分であれば、死んでいたろうと。 それほどに、ラスハルカの剣は速く、そして巧みだった。 だがセイネリアは、その剣でさえ軽々と余裕をもって避けると、彼の剣を叩き落し彼の体を押さえつけた。セイネリアに対して、もっと力任せの戦い方のイメージがあったエルとしては、その彼の動きもにわかには信じられなかった。 「おいエル、ちょっとこいつを押さえてろ」 呼ばれて初めて、呆然と見ているしか出来なかったエルは、正気に戻ってセイネリアの方に向かって行く。 「『死ネ、しね、シネッ』」 喚きながら暴れるラスハルカは、それでも力自体は本人のままなのか、どうにかエルでも押さえつけていることは出来た。 セイネリアはエルに青年を渡す事が出来ると、今度はくるりと背を向けて、また玉座のほうに歩いていく。 「『ヤメろっ、こコは私の国だッ、私の城ダッ、出て行ケ、剣ヲ返せッ』」 そうして彼は抜いていたその黒い刀身を、玉座の前、辺りの骨達の欠片の中で唯一形を残して転がっていた髑髏に向けて真っ直ぐに落した。傍に落ちる王冠を見れば、それは恐らく、最初にこの剣を持っていた遺体の髑髏だろうとエルは思う。 「『ウわあぁアアッ、やメろっ、ヤメロ――』」 力の限り暴れていた青年は、そこでがくりと体から力が抜ける。 押さえているエルにはその変化が瞬時に分かって、とにかくどうにかなったらしいという事だけを理解する。 「……いい加減に、もう勘弁してくれよ……」 安堵の息とともに、そう言ってぐったりとエルも体から力が抜ける。 終わったと思ったらまた次とか、流石にこちらの身が持たない。 思わずエルでさえもが気力が途切れて、ラスハルカを支えたままその場に座り込んだ。 だが、問題はまだこれくらいでは打ち止めにはならず、各自力が抜けてその場にへたり込んだ時点で起こった。 何かが軋む音が聞こえた気がする――と、そうエルが思った直後、今度は地面がたわむように揺れた。 またセイネリアが剣を使ったのかと思った直後、立ち上がろうとしたエルは、立ち上がったのに逆に視界が沈んでいく感覚に驚いた。 そしてその直後。 急に今まで彼らを支えていた筈の地面が抜けて、足下の感覚が消えた。 「こんのっ」 まだ床としての形を保っているモノに手を掛けるものの、それもがぼろりとエルとともに落下する。しかも開いた穴に向かって床に散らばっていた骨の欠片が大量に押し寄せてくれば、視界さえもが奪われる。 体が安定するなにものにも触れられなくて、浮いた状態のままエルは突如広間に開いた大穴へと落ちていった。 そもそも、セイネリアとクリムゾンの戦いの時、あれだけの力が床に加わったのだ。こんな年季の入った建物に、あれだけのダメージを受けたら壊れるに決まってる――と、エルは意識の片隅で納得した。 落ちる時間は思った以上に長くて、周りを舞う瓦礫や白い欠片達も止まって見えた。けれども自分が落ちていく下を見れば、そこにはただ闇が広がっているだけだった。 --------------------------------------------- そんな訳で、剣を手に入れたものの彼らは地下へ……という事で一旦休憩。 |