【15】 帰り道について、道案内役でもあった雇い主の魔法使いがいない――という問題は、だが割合簡単に解決した。 サーフェスが、行きの道に魔法で木に印をつけていたとかで、それを辿る事で特に迷う事なく戻る事が出来たからだ。 サーフェスは魔法使いと言っても、男である分だけでなく、割と植物集めにあちこちへ行く事が多いという事で、他の魔法使い二人に比べれば体力的にはかなりマシだと言えた。だから、結果的には一番足手まといだった二人がいない分、帰りの方が進みは早く順調だった。難を言うならアリエラの結界がない分、夜は用心しなければならないくらいだが、幸い凶悪な化け物に襲われるような事態にはならなかった。 「別に不思議でも何でもないですよ。皆、貴方の剣を恐れて近づいてこないだけです」 明け方前の火の番の最中、たき火の炎を眺めながらラスハルカが言えば、黒い騎士は皮肉げに唇を歪めた。 「ふん、とんだ拾いものだな」 最強の魔剣を手に入れた男は、一つも嬉しくはなさそうにそう吐き捨てる。 ラスハルカは苦笑しながらも、目を細めてそんな彼を見つめる。 「本当に……不思議な人ですねぇ、貴方は。剣を手にした時点で、それがどれほどの力を持つものかは分かったでしょうに」 「だから、こんなに機嫌が悪いんだ、分からないか?」 「そうですねぇ……」 正直、ラスハルカはセイネリアという男の考えがよく分からなかった。 だからこそ、あの剣が持てるのだろうとは思うが。 「誰も手に出来なかった、最強の剣、それを手にして不機嫌になる気持ちは、私にはやっぱりわかりませんね」 クスクスと笑いながら近づいていけば、ラスハルカの意図を察したセイネリアは、少しだけ、纏う空気を和らげる。 ラスハルカはとりあえずは彼の隣に座ると、誰よりも強いと自分から豪語する男に寄りかかった。 「貴方は、最初から不思議でした。私はほら……死者が見えますから、彼らの反応から初対面の相手がどんな人物かまず予想するわけです」 「ほう」 セイネリアの相づちにはあまり興味があるようには思えない。ラスハルカに視線を向けてもこない。ラスハルカも彼を見る事なく、ただ隣の彼の体温を感じて、火を見て話す。 「死者達でさえ、貴方には恐れて近づかないんですよ。なにせまったくつけいる隙がないですからね、貴方は。貴方は不安だとか恐れだとか感じないんでしょうね」 「全く感じない訳でもないが……そんなものを感じている暇があったら、対処出来るだけの準備をしておくな」 ラスハルカは笑う。 「普通はどれだけ準備をしたって、不安なものは不安ですよ。状況だけで、感情まで簡単に落ち着かせる事なんて出来ません。いくら頭で分かっていて割り切っていても、感情というのは思考だけで制御しきれるモノではないんですよ」 もし、それが完全に制御しきれるとすれば、それはもうヒトではない――浮かんだその言葉までは、だが、ラスハルカは言わなかったが。 セイネリアが笑ったのを、彼は、気配で感じた。 「なに……どう転んでも最悪は死ぬくらいだろ。その程度なら恐れる必要はないな、なにせ死んだらそれまでだ、その後を考える必要さえない。死んだなら俺はそこまでの人間だったという事さ」 だから、付け入る隙がないのだ、とラスハルカは思う。死者達が生者に何かするには、心の中の不安や怯えを利用するしかない。この男にはその隙がないから、だから死者達でさえもがこの男を恐れる。 こんな人間が存在するのか、と正直初めて見た時にラスハルカは驚いたのだ。 「……それで、お前が乗っ取られたのは、やはりあの城の王なのか?」 突然尋ねられて、ラスハルカはうっとりと閉じていた目を開いた。見上げれば、彼の金茶色の瞳がこちらを見下ろしていた。 「えぇ、そうです。こちらの失態でした……最初は『彼』から話を聞くだけのつもりだったんですけどね、話しかけた途端に入られました」 「それで、何が分かった?」 「そうですね……貴方が剣から知った事と大差ないとは思いますが」 「話してみろ」 ラスハルカは少し困った笑みを顔に張り付かせて、肩を竦めた。 実のところ、ラスハルカにはセイネリアがどこまで剣から情報を手に入れたかは分からない。そして、ラスハルカが王の魂から手に入れた情報は、おそらく、魔法使い達がずっと隠してきた世界の重要な秘密の一つだ。ラスハルカ個人の判断で、ヘタに人に話していいものか分からなかった。 「……力を欲した王が、自分に仕えてた部下達を騙してその剣を作りあげ……けれども剣を使うだけの力がなくて破滅した、という話ですよ」 だからラスハルカは、知った事の大枠だけを話した。世界の秘密に関しては、あえてふれないようにして。 セイネリアはそれに、また、唇を歪めた。 「全部を自分のモノにしようとして、全部を自分で壊した男の話か。まったく、バカな話だ。手に入らなかったなら、さっさと諦めて成仏しとけばいいものを」 「人間ってのは、そんなに諦めのいい生き物じゃないんですよ……」 死者としてさまよう者達は、失ったもの、手に入らなかったものを嘆き、未練を残してさまよっている。そんな彼らをみてきたラスハルカには、セイネリアのように割り切れる人物の気持ちが分からない。 「……でも、だから、貴方はその剣を持てるんでしょうね……」 思わず呟いて、彼にまたもたれ掛かれば。 「なぁに、この剣に掛かった呪いのカラクリは単純だ。何も望まなければいい」 「どういう意味です?」 ラスハルカは顔をあげて、じっとセイネリアの顔を凝視する。 「これはな、剣を使おうとした段階で剣に心を取り込まれるんだ。これを抜いて何かを願えば、それに必要以上の力が放出されて、結果、暴走するしかない」 「つまり、その剣を持つ条件は……」 ラスハルカは目を見開いて、セイネリアの顔を見る。口元だけにわずかな笑みを浮かべた男は、何でもないことのようにさらりと答えた。 「あぁ、剣に何も望まないことだ」 ラスハルカは、一瞬放心し、それから慌てて彼に詰め寄った。 「そんな事、あっさりばらしていいんですか?」 仕掛けさえ分かってしまえば、剣は誰でも使えてしまうのではないかと、その時ラスハルカはそう思った。だが――よく考えて見れば、そんな単純な話ではない。 「望まないのなら、剣を手に入れる意味がないだろ? 望んだ時点で暴走する、知ったところでどうにもならないな」 確かにそれはその通りだ。だが、ならなぜこの男は平然と持って、使う事が出来るのだろう。 それを表情から読みとったのか、黒い騎士は笑って言う。 「俺はこんなモノいらない。剣に何も望まない。使う気がなくても振れば魔力が放出されて目標は勝手に倒される。剣との契約が成立したことで、魔力と効果は否が応にも俺の中に流れてくる……まったく、つまらんものを手に入れただけだな」 最強の剣、最高の魔力を持った剣に、何も望まないなんて事際出来るものなのか、ラスハルカはまずその時点で彼の事が分からない。 「なんで貴方は……剣に何も望まないのですか?」 だからそう聞くのは当然だろう。 黒い騎士は、唇にその自信を漲らせて笑みを浮かべる。 「強さは自分の力で手に入れないと面白くないだろ? 剣なんてモノの力は自分の力でもなんでもない。そんなものなぞ手に入れても意味がない」 ラスハルカはその彼の顔に思わず見とれた。 自信に満ちたその顔は、最強の剣さえいらないと、そう、言っても納得しそうなほどの説得力を持っていた。 「貴方が、欲しいモノは何です?」 だから思わず、そんなことを聞いてしまう。 聞けばセイネリアは、迷わず即答する。 「俺自身の強さと価値だ。それを手に入れたと実感する事、それこそが望みだ」 こんな男がいるのかと、それしか感想が出てこない。 ラスハルカは、彼の腕に顔を押しつけると、体の力を抜いて笑った。 まいったなぁ、という呟きは彼に聞こえてしまったろうか? それくらい、ラスハルカは困っていた。 「どうした?」 顔を隠してしまったままのラスハルカに、セイネリアの呆れた声が返る。 だからラスハルカは思い切って顔をあげて、顔に出来るだけ誘うような笑みを浮かべ、彼の首に手を回した。 「何でもありません。貴方が持つべくして剣を持ったという事に納得出来ただけです。……ね、恐らくこうして貴方と二人になれるのは最後だと思いますから、最後に相手してもらえませんか?」 行きの時より人数が減った分、火の番は固定の相手と組んでの者ではなくなっていた。その日によって相手を変えて、日交代で2回番を受け持つ役を回していた。だから、こうしてセイネリアとラスハルカが二人で番をする夜は、恐らくもうないだろう。 ならば、最後に。 この男にもっと触れておこう、この男を覚えておこうとラスハルカは思う。 これからの行為の熱を全く伺わせない、熱のない金茶色の瞳がラスハルカを見つめる。 熱はないのに、行為に慣れた手はラスハルカの髪を撫ぜ、そうして心に熱はなくとも熱く絡みつく彼の唇とその舌を感じてラスハルカは目を閉じた。 --------------------------------------------- はい、次はラストのエロです(・・ノ。 |