黒い騎士と黒の剣




  【14】





 そこから、まもなく。

「さて、この壁の向こうだな、これは」

 そう言ったかと思うと、セイネリアは足を止めて、壁を叩き出した。
 ごっ、ごっ、と壁を何度か叩いていれば、コン、コンとこちらより高い音が、壁に阻まれて少しくぐもって聞こえてきた。

『そっち、誰かな?』

 続いて聞こえた声は相当に小さくて聞き取りにくかったものの、確かに魔法使い見習いの青年の声だとクリムゾンは思う。

「少し離れてろ」

 横にいた彼がいうやいなや、一際大きい音を立てて壁が何度か叩かれ、その後に崩れる音が響いて、暗闇の中に光が射した。

「うん、さすがの馬鹿力だね」

 クリムゾンが慣れない光に目を細めれば、杖と青年のシルエットが穴の向こうに見える。声からしてもそれがサーフェスである事は間違いなさそうだが、彼はどうやら一人のようであった。

「さて、ランプ役も出来たしな、残りを探しにいくか」

 セイネリアがそう言えば、すかさず魔法使い見習いの青年はそれにつけたす。

「あぁ、全員見つけたらこの部屋に戻る事にしてもらえるかな。少し時間かかるけど、ここから上に上がれるように準備しておくから」
「なんだそれは?」
「そこは後でのお楽しみ、かな」

 クリムゾンの問いかけはそれではぐらかされてしまって、彼はまた黙るしかなくなる。
 ともかくも、サーフェスはセイネリアが開けた穴から通路へと出てきて合流し、今度は杖の明かりで照らされた中、また通路を歩き出す事になる。

「ところでさ、アテはあるの?」

 歩きだしてすぐ、サーフェスが先を歩くセイネリアに聞く。

「お前を見つける時はあったんだがな、今はアテといえるほどのものはない」

 それでもセイネリアの歩みは迷うところなどなくて、当てずっぽうに歩いているようには見えなかった。

「じゃ、何を基準に歩き回ってるのさ」

 それはクリムゾンも思ったことだ。

「一つの部屋から落ちたんだ、いくら離れててもあの広間の部屋の広さの範囲内だろ。最初にいた位置をあの広間の中の位置と照らしあわせて、その範囲を歩き回ってるつもりだ。幸いここは迷路のように入り組んだつくりになってる訳でもないしな」

 言われれば確かにすごい事ではないが、理にはかなっている。サーフェスもそう思ったらしく、ふーんという感想の後に、彼も黙って黒い騎士の後を歩く。
 だが、歩き初めてすぐ。
 
――……目ぇ覚ましやがれー。

 と、微かに聞こえた聞き覚えのある怒鳴り声に、彼らの足は止まる。

「どうやらあっさり見つかったようだな」
「そのようだね」

 笑いながら顔を見合わせ合う二人に、クリムゾンは何か居心地の悪さを感じていた。
 早速セイネリアが先ほどと同じく向こう側に声をかけて、再び壁を壊そうとする。その姿を見たクリムゾンは、僅かに眉を寄せた。
 何で壁を殴っていたのかと思えば、鞘を剣に固定した状態で、柄頭のところで彼は壁を殴っていたのだ。それだけなら別段驚く事ではないのだが、彼は重い柄や十字鍔をハンマーのようにぶつけて叩くのではなく、柄と鞘をつかんで、柄頭で壁をまるで掘るように殴っていたのだ。
 その程度の力で壊れるものか――とクリムゾンが思った直後に、だが壁は崩れ、今度は青い髪のアッテラ神官が姿を表す。

「なんであれで壊れるんだ」

 思わず呟けば、セイネリアが、クリムゾンの肩をぽんと叩いていく。

「樵のマネごとをしてた時にな、木や岩には壊すべきポイントがあるってのを教えてもらったことがあるのさ」
「樵だと?」
「まぁ、そういう時期もあったんだ」

 その言葉に対するこちらの反応を楽しむように、言ってすぐ歩いていってしまった男を、じっとクリムゾンは視線で追う。だが、一度背を向けた彼がこちらを振り返ることはなく、前からの知り合いであるらしい青髪の神官と話をしだして、こちらにはそれきり声を掛けてくる事さえなかった。
 それがなんだか気に入らないと自分が感じていることに、初めてクリムゾンは気がついた。

――今、自分は何を思っていたろう。

 それでもまだ、彼にとって、今はその程度のものであった。






 サーフェスが言っていた言葉に従って、彼が最初にいた部屋に戻れば、そこには馬鹿みたいな光景が広がっていた。

「これが、お前の魔法か?」

 この男が驚くことなどあるのだろうか、と思うような落ち着いた声で、セイネリアが『ソレ』の傍へと近づいていった。

「そ、僕は植物操作系統の魔法使いだからね」

 得意げに彼が言って指さした先、部屋のほぼ中央には、規格外に大きな木が生えていた。

「馬鹿な……」

 クリムゾンさえもがそう呟く。
 天井に向かって吸い込まれるようにそびえ立つ木は、一本が人間の胴以上の太さの蔓が幾重にも重なってひたすら上へと伸びているもので、サーフェスがここに落ちてから今までの間に育ったとは到底信じられないシロモノだった。
 木は上にある建物の天井さえぶちやぶったようで、空からは昼間の太陽の光が暗い地面へと差していた。

「植物の成長を魔法で操作してね、こうやって急激に、しかも好きな形好きな大きさに成長させることが出来るわけ。まぁ、成長させる為の養分は必要だからね、このサイズになると根の方を相当広げなくちゃならなくなって時間掛かったんだけどさ。……さ、さっさと登ってくれるかな、いつまでもこんなとこいたくないでしょ?」

 確かに、植物操作系の魔法使いというのは、比較的魔法使いの中でも一般人との関わりが深い為、そのような能力があるというのは大抵の者は知っている。
 だがそもそも、なぜ、関わりが深いかといえば、それは……。

「なら、あんたも医者なのか?」

 クリムゾンの問いに、彼の顔が少し顰められる。

「まぁね。っていうか、本当はそっちが本業だったんだけどね」

 植物系の魔法使いで力があるもの達は、まず大抵は、副業として医者をやっていると思っていい。植物と人間の体じゃ関係ないと思いがちだが、植物系魔法使いといえば、まず真っ先に誰もが思い浮かべるものがあるからだ。

「じゃぁあんた……植物擬肢が作れるのか?」
「出来るよ、医者が本業だっていったじゃないか」

 サーフェスの声には苛立ちがある。まだ見習いでそこまでの能力があるなら、実は彼は相当に優秀な魔法使いといえるのではないだろうか。

 植物擬肢というのは、早い話が義手や義足のことである。冒険者など、危険な仕事を引き受けている者達にとって、体の一部を失うような大怪我をすることはそこまで稀な話ではない。そして、怪我のレベルで済んでいれば治癒が効いても、失ったものは流石に治癒術ではどうにもならない。
 そんな彼らの義手や義足を、植物をそのカタチに作り変える事で彼らは作るのだ。その為に、人間の体の構造を徹底的に頭に叩き込んでいるという事で、彼らは普段は医者をしている、と言われている。
 雇い主が魔法使いで、更に自分の弟子を連れてきているのに、何故もう一人魔法使い見習いがいるのだと、メンツを見た時からずっと思っていたクリムゾンの疑問がそれで解けた。

「一応それで今回雇われたんだからさ。誰か怪我したり、最悪足吹っ飛ばして歩けなくなっても、足手まといにはならないようにするつもりでさ」

 得意げにはいうものの、苛立った声で彼は言う、そして。

「で、いつまでここでおしゃべりを続ける気なのかな? さっさと上にあがらない?」
「あ、あぁ」

 余程彼はこの地下空間からさっさと出たいらしい、と思って、クリムゾンは早速木に向かっていく。
 だが、それを止める声がする。

「おい、じょーちゃんがまだいないだろ」

 確かに、とはクリムゾンも思う。別にあんな女助けなくても構わないと思っているので、あえて彼は聞かなかったのだが。
 先ほどエルが合流した時、彼と一緒に落ちたウラハットは死んだ事が確認されていた。ラスハルカは未だ気を失っているらしく、だが生きていたのでここまでセイネリアが担いで運んだ。メルーはさっさと何処かへ逃げていたし、そうなれば後はアリエラだが――……。

「あの娘なら、多分、大丈夫だろ」

 と、セイネリアが言えば。

「そうだね、少なくともこの周りに存在を感じないから、いないか死んでるでしょ」

 さらりといったその言葉は薄情ではあるのだろうが、正直クリムゾンとしてはどうでもよかった。そもそも、セイネリアが他の連中を探して回らなかったなら、最初からクリムゾンは彼らを見捨てる気だったのだ。
 多少まだ言いたい事がありそうにしていたエルも、セイネリアとサーフェスが妙に自信たっぷりにそう言ったのを聞けば反論するのもやめて、皆、木を登ってここを出る事で合意した。







 外は、嘘のような青空だった。
 とはいえ、太陽はもう相当に降りてきていて、少し長くなった影が、夕方になるのも間もなくである事を知らせていた。
 辛気くさい廃墟や地下から出て空を見た途端、大抵の者は大きく深呼吸をして、肺から暗い空気を追い出そうとした。そうして、やっと一息ついたところで後ろを振り向き、自分たちが今出て来た城跡を見上げた。

「あーあ、あんな木でぶち抜いちまったら、もうあんまもたねーだろうなぁ」

 エルの言った通り、サーフェスの木は地下通路から伸びて天井さえも越して突き破り、そのまま2階を貫通して屋根の上にまで飛び出していた。今後は木が開けた穴から雨やらが入ってしまうため、中は一気に荒れるとエルは言っているのだろう。

「ま、いいんじゃない? 使えそうな資料はあの女が根こそぎ持っていったろうし、一番の問題だった剣もないし。後は大したモノなかったし」

 サーフェス的にはもうあの城の価値はなくなってしまったというところらしく、言い方はあまりにもあっさりとしたものだった。だが、エルの方はやはりまだ未練のようなものがあるようで、サーフェスの言葉を聞いた途端、やけに嫌そうに顔をしかめながら城を振り返っていた。
 いや、エルにとっては城自体への興味よりも、それを簡単に価値なしと決め込んだサーフェスの方に興味があったらしい。
 視線を、城から魔法使い見習いの青年に戻した青い髪のアッテラ神官は、ため息をつくと、苦笑しながら彼に聞いた。

「しかしまぁ、魔法使いってのは知識の為には必死になるって話だったが、あんた、貴重な資料を全部あの女にもっていかれるって話も、あんまり残念そうでもないんだな」

 それに返すサーフェスの声は、やはり、平然としていた。

「だって最初からそういう契約だしね。……まぁ僕自身、樹海に来たかったってのもあったんだけどね。樹海は見たことない植物の宝庫だからね、僕の能力的に、出来るだけたくさんの種類の植物のサンプルや種がほしいんだ」
「なるほどなぁ」
「それに今、僕はお金が必要なんでね。だから金になる仕事をしたかった訳」
「つまり、最初から割り切ってるのか」
「そういう事」

 最後の返事は、にこりと軽い笑顔さえ浮かべる。
 どうやら、この医者の魔法使い見習いは機嫌がいいようだった。
 彼は楽しそうに荷物を担ぎあげる。

「まぁ、そこそこ金目のものは手に入れたし、後は無事帰って報酬の後金をあの女からせしめられれば万々歳かな」

 それには、エルが眉を思い切り寄せて返した。

「あっさり渡さないかもしれないぞ」
「んー……かもねぇ。でも多分、無事帰れたなら渡すんじゃない?」

 にこりと、妙に自信ありげな笑みをサーフェスは浮かべて、エルは面食らって口を閉じる。
 だが、そこで。

「あれ……なんで寝てるんでしょうかね、私」

 間抜け過ぎる声が聞こえて、皆の視線がその声の主に集まる。
 セイネリアに担がれてここまでつれてこられたラスハルカは、とりあえず話し合いの最中は放置して、地面に寝かされていたのだった。

「正気か?」

 まっさきににやにやとした笑みを浮かべて、嫌味っぽくセイネリアが聞くと、彼ははっとしたように目を開けて、それからばつが悪そうに下を向いた。

「えぇ……はい、あの、もう大丈夫です。皆さんにはご迷惑をおかけしてすいません……」

 彼の反応に他の者達は笑う。
 場の空気が軽くなったところで、最後にセイネリアが皆に聞いた。

「ともかく、もうこの城に用はないという事で、それに異論がある者はいないな?」

 その問いには、全員が頷いた。




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次回は、ラスハルカさんとの話です。H前なんで短め。


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