黒い騎士と黒の剣




  【5】




 とりあえず暖炉の部屋でこれからの予定等を話し合いながら食事をし、話し合いが終わった後各自部屋に行き、その日は全員で就寝という事になった。
 だからまるで、エルとウラハットは部屋に取り残されたような形になったのだが、すぐに寝るでもなく、かといって話をするでもなく、ただ黙って、暫くは互いに暖炉の火を見ていた。

――さて、やっとだな。

 エルには、今回の仕事をするに当たって、報酬でも遺跡の金品でもない目的があった。
 それが、このウラハットである。

 エルは今、ある事件の真相を探っていた。

 とある貴族の襲撃事件。
 侍女、警護兵共々皆殺しとなった凄惨な事件は、護衛にいた者達の裏切りによる事件として処理された。一時的に護衛として雇われた者達の一部が、金目当てに雇い主の貴族を裏切って襲い、近辺警護の兵と戦って双方共に死ぬ事になったと。
 その中で生き残ったのが、雇われ護衛の一人――ウラハットだった。ひたすら逃げて助かったという彼の証言で、事件はそう言うものとして処理された。
 けれども、どう考えてもおかしいではないか。
 貴族を襲った側と守ろうとした側、どちらも逃げた一人を除いて全滅なんて事はあり得ない。
 全員が死ぬまで殺しあったなんて事、何かの魔法に操られたか、そもそも外部の者に襲われたかでもないと説明がつかない。つまり、何か別の者の介入があったと考える方が自然だ。
 だから本当の真相を知っている筈のウラハットにあたりをつけ、彼をエルはずっと探していた。噂ではあの事件の後すっかり腑抜けて使いものにならなくなり、まるで死に場所を探しているように危険な仕事ばかりを受けている……という噂を頼りに、今回の仕事を突き止めたのだ。

 もちろん、エルがここまでこの事件を必死に追っているのにはそれだけの理由がある。

 あの事件で、雇い主を裏切ったとされている雇われ護衛の一人……死んで真相を伝える事も出来ない者の一人がエルの弟だったのだ。
 エルはその時丁度遠出の仕事を請け負っていて、帰ってきて警備隊から知らせを受け、酷い有様の弟の骸を確認する事になった。
 エルはクリュース国内の出身ではない。エルの家は貧しく、兄弟は多く、その食い扶持を減らす為にとすぐ下の弟と一緒に家出をして、このクリュースにやってきたのだ。
 いつでも二人で協力し、励まし合い、苦労の末、どうにか冒険者になって仕事を受けられるところまでになった。エルよりも真面目だった弟は騎士になるんだといって貴族騎士の従者のアテを探して、少しでも貴族騎士に会えそうな仕事を地道に受けていた。
 その弟が、雇い主を裏切る事など絶対にある筈がない。
 だからせめて、弟が無実でただの犠牲者だという事だけでも証明したくて、エルはウラハットを追っていたのだ。

 パチパチと爆ぜる暖炉の火を見るウラハットの瞳は虚ろで、この仕事が始まってからずっと観察していた彼の様子は、確かに噂通り死に場所を探しているように腑抜けて見えた。
 彼がこうなったのがあの事件のせいであるなら、彼は重要な何かを握っている。会えばそれは確信に変わり、エルはずっと彼に真相を問いただすチャンスを伺っていた。

「――なぁ、ウラハット。俺はあんたにちぃっとばかり聞きたい事があるんだ」

 言えば彼は、その幽鬼のような生気のない目をエルにゆっくりと向ける。
 何だ、と聞き返してくる気力さえもないのか、ただ虚ろな灰色の瞳はじっとエルを見てくるだけだった。

「1年前にあった貴族の襲撃事件の事だ、あんた一人だけが生き残った、な」

 途端、びくりと体を震わし、ウラハットは顔を強ばらせる。エルはすぐにでも怒鳴り出しそうな自分を抑えて、彼に再び尋ねた。

「あんたの証言って奴が、俺にはどうしても引っかかるんだ。だってそうだろ? 両方が全滅するまで戦い続けるなんて正気ならあり得ない。あんたなら何か知ってると思ったんだが」

 彼の顔はすっかり青ざめ、油汗を流し、その体さえもがガクガクと震え出す。

「お、お、俺、は……」

 だが、やっと震えながらも口を開いて彼が言い出した途端、廊下から足音がして、エルとウラハットはそちらに顔を向けた。
 足音は近づいてきて、やがてその主が姿を表す。

「まーったく、何がゆっくりよあのおばさん」

 そういって姿を表したのは魔法使い見習いのアリエラで、彼女におとなしい少女のイメージを持っていたエルは、驚いて目を見開いた。

「あ、そうそう、エルさんも居たんだったわね。ごめんなさい、あの女の前じゃ猫かぶんないとならないのよ」
「あ、あぁ……」

 呆然と彼女の勢いに押されるエルに、ウラハットが幾分かほっとした様子で、弱々しい苦笑をしながらも彼女に聞く。

「どうしたんだい? 一人で寝たいからって追い出されたのかい?」
「ちーがーうーわよ。いえ、追い出されたってとこだけはあってるけど」

 そう言えば、ウラハットは昨日まで彼女と組んで火の番をしていた。だから彼はこんな様子の彼女は既に分かっているのだろうと、エルはそこで納得する。

「あのおばさんさ、男引き込んで私には他の部屋で寝ろっていうのよ」
「男ぉ?」

 素っ頓狂な声をあげたのはエルだった。
 そして、言った後、口を押さえて、げんなりとした顔で言い直す。

「あー……なんか俺分かったわ、その連れ込んだ男ってセイネリアだろ」
「そ、あの黒い人」

 エルはため息をつく。またかよ、という言葉と共に。
 セイネリアは強い。バカみたいに強い。そしてこの手の危険な仕事の状況下では、あの強さを見て自分だけは助けてもらおうとでも思うのか、あの男に女が色目を使う事も珍しい事ではなかった。
 セイネリアはセイネリアで、女の意図は無視しても、据え膳は食う主義だからこういうシチュエーションは何度かあった。だから感想としてはまたかよと言うしかないのだが、エルとしては頭の痛い問題ではあった。
 前述した通り、女の意図は無視するセイネリアは、別に寝たとしてもその女に何かしてやるという事もなく、いざという時に守ってやる事さえしない。いや、彼の守ってやる基準はあくまで役立つかどうかで、女が役立つような人物なら一応守ってはやるのだが。
 まぁ、そういう彼の態度であるから、大抵その後、女が大騒ぎしてその仲介にエルが苦労する……という事が何度かあった為、エルは重いため息しかでなくなる。

 とはいえ、さすがに雇い主のメルーを見捨てるとは思えないし、彼女は十分役立つだけの能力はある筈だし……。

 半分希望的予想だが、そう思わなければエルの精神上によくない。彼は大きくため息をまたつくと、ちらと雑談を続けるアリエラとウラハットの姿を見て、ごろりと横になった。
 彼女が来てしまった今、事件の話を続ける事も無理だろう。
 そう思うと悔しくはあったが、まだ機会はあると思い直す。なんなら慣れたあたりで、火の番の組み合わせを変えて、もう一度くらいウラハットとエルが組めるようにすればいい。
 だから、メルーがいう通り、寝れる時に寝てやるさとエルは目を閉じた。
 それでもすぐに寝れる訳ではなく、耳は自然とウラハットとアリエラの会話に向けられるのだが。

「あのおばさん、あーゆー強そうな男がいいんじゃないって、ぎらぎらした目で化粧してたわ。気持ち悪いわよね、本当の年齢なんておばさんじゃなくおばーさんのくせにさ」

 あぁあの高慢な魔法使いなら、そんな姿はすぐに想像できるとエルは思う。そして、ある程度名の通った魔法使いなら、見た目通りの年齢でないのもエルはよく知っていた。

「まぁ、女性はやはり強くて自信のありそうな男が好きだからね……」

 はは、と力なく笑ってウラハットが答えれば、アリエラは呆れたようにため息をつく。

「ふぅん、実感篭もってるじゃない。そうね、あーゆーのが好みかどうかはともかく、はっきり言っちゃうとおじさんみたいに弱気そうなのはモテないわね」

 少女の言葉には、思わずエルは吹き出しそうになって抑えるのに困った。

「うん、まぁ、そうだね。俺には強さも自信も何もかも足りなかったのさ……」

 力ないウラハットの言葉に、少女は少し怒ったように、『はぁ?』と声を上げた。

「おじさん、それで振られた経験あり?」
「あぁ、まぁね」

 それで二人は黙る。
 しばらくは暖炉の火が爆ぜる音だけが部屋に響いて、それからぽつりとウラハットは呟いた。

「好きな人がいたんだ。一応恋人……と言ってもよかった。けれど、彼女は俺よりも強くて、家も金持ちでね。俺は自信がなくて、なかなか彼女に結婚を言い出せなかった」
「バカね、一応恋人になってくれたんなら、その人はおじさんの事好きだったんでしょ?」
「はは、そうだね……多分」

 少女が不満そうに彼に言い、彼は自嘲の言葉を続ける。けれども、エルは彼のその唐突とも取れる言葉が、少女に向けて言っているだけのようには聞こえなかった。

「とりあえず、立場だけでも彼女に胸を張って言えるようなりたくてね、ある仕事を受けた。……けどね、そのせいで彼女は死ぬ事になってしまって、だから俺はもうその時から抜け殻なのさ」
「なによそれ」

 少女の声は明らかに怒っている。

「もう生きていても仕方ないって思いつつも死にきれない。そんな最低な男なんだ俺は……」

 泣きそうにも聞こえる男の話は、先ほどの問いに関係があるのだとエルは確信していた。眠ったふりをしながらも、エルは硬く掌を握りしめる。

「彼女が死んだ理由も、おじさんがどれだけ馬鹿な事やったのかも知らないけど、そんな風にぐだぐだ考えながら生きてるのなんてばかばかしいわ。後、言っとくけど、今回の仕事を受けたなら、一応無駄死にはやめといてよね。意味もなく戦力が減るのは困るもの。やれるだけはやってちょうだい」

 少女の結構酷い事をきっぱりと言ったその言葉に、ウラハットが笑う。

「つまり、役に立って死ぬならいいのかい?」
「えぇ、死んでもいいって思ってるなら、誰か一人犠牲にならなきゃならないってとこで死んで頂戴」

 エルでさえ少女の言葉に笑いたくなる。
 だが、一見自分勝手な意見に思える彼女のそのいい方に、エルはなかなか彼女が気に入ってしまった。高慢女は嫌いだが、裏がなくはっきりと言う女は嫌いじゃない。最初は大人しい時の彼女とのギャップに驚いたものの、慣れるとこちらの彼女の方が好ましいとさえエルは思う。
 ウラハットもそんな少女を気に入っているのは、ずっとおどおどしっぱなしだった彼の声が、彼女と話している時だけは僅かに明るい事で分かる。

「わかったよ、出来るだけお嬢ちゃんを助ける為に死んであげられるようにするよ」
「そうね、そうしたら涙の一つも見せてお礼を言ってあげるわ。……後は気にしないけどね」
「あぁ、それでいい、十分だ」

 男の声には僅かに安堵の響きがあった。
 この男が死に場所を求めているのは確からしい、とエルは思う。
 そして、彼女を死なせたというのがあの事件と関わっているという事も、エルは確信していた。





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本編に続くエルさんの事情でした。さて、次回はいよいよ遺跡に到着。


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