【6】 深い樹海の中、巨木に挟まれるように作られた家では、窓を開けたところで月の光など入るはずがない。ただ、目の前には終わりのない暗闇が広がるだけだ。 魔法使い連中に、腑抜け二人と、お調子者のアッテラ神官、お荷物だらけのパーティだ――と、クリムゾンはひたすら闇が広がる樹海の風景を窓から見ながら思った。 それでも、彼らの事など最初から眼中にないクリムゾンにはどうでもよい事だったが。 彼の目的はただ一つ、冒険者連中の間でも最強と噂されている男の実力を見てみる事だった。 数年前、馬鹿みたいに強い男がいると聞いた時から興味があったが、男は騎士団に入ってしまって、冒険者として仕事の場に現れる事はなくなってしまった。 その人物が騎士団を辞め、再び冒険者家業を始めたと噂を聞いた時から、クリムゾンは彼を直に見て、騎士団でも最強とさえ言われた男の真の実力を確かめてみたいと機会を狙っていたのだった。 クリムゾンは、弱いものが嫌いだった。 そして、強いものが好きだった。 強くないのにあれこれと言っても、それはただの負け犬の遠吠えでしかない。自分の立場を嘆く以前に、自分が嘆かなくてもいいだけの力を手に入れるべきだ。 強くあってこそ生きる権利がある、上に立つだけの権利がある。それがクリムゾンの信じるモノだった。 だから、最強と言われる男に興味があった。 最強と言われるからには、もちろんクリムゾンよりも強く、そしてその強さは完璧でならなければならない。そうでないのなら、最強などと呼ばれる事がおかしいのだから殺してしまおう。そう、思って彼はこの仕事を受けたのだ。 「そろそろ僕も寝たいんだけどな、窓を締めてくれないかな?」 同じ部屋に割り当てられた魔法使いの言葉に、クリムゾンは黙って窓を閉めた。 魔法使いなど、殺すのは簡単だ。 だが、今はまだ問題を起こす気はなかった。もし、セイネリアがクリムゾンが期待するような最強の男ではなく、この旅についていく意味がなくなったら、皆殺しにして仕事を終わりにしてしまえばいい。雇い主殺しは冒険者としては重罪だが、樹海の中で誰がその証拠を出せるというのか。 だから、今はまだ、大人しく飼い犬の役をやってやるさとクリムゾンは思う。 現状ではまだ大した敵も、危急の事態も訪れていないが、その時が来た時のあの男を見てみたかった。今のところセイネリアはその実力を見せる事はなく、けれども逆に落胆させるような間抜けな姿も見せてはいない。今まで、強いと言われて見に行ってみた男達がすぐにボロを出してクリムゾンを落胆させてくれた事を考えると、もしかしたらという気にさせるだけの何かがあの男にはあった。 だから、クリムゾンは期待していた。 セイネリアという男に、最強が嘘でないという姿がみれる事を。 その夜も特に問題は起こる事なく、各自野宿よりはよく眠れた中で朝は訪れた。 朝食後に、メルーからの目的地までの距離の目安が初めて皆に伝えられ、この先がまだ長い事を彼らは知る事になる。 とはいえ、なにも知らずにいくのよりは目安を伝えられた方が気力が保ちやすいというのもあって、その後の移動は、予定の距離と照らし合わせて調整をとりつつ、順調に進める事ができた。 もちろん、樹海の深くへくればくる程、危険は増え、度々獣におそわれる事はあったものの、幸いな事に剣で対処できないような厄介なモノに出会う事はなく、大抵はクリムゾンかセイネリアがどうにかしていた。 メルーが言った、あの廃墟の家から目的地までの日程は3日。予定外の悪路や障害物のせいで迂回を余儀なくされた事もあって、彼らがそこへついたのは4日目の夕方であった。 そこは、確かに、大規模な遺跡であった。 木々に浸食されてはいるものの、確かに城壁があって、その中にはちゃんと城と言える建物が形として残っていた。 これほどまでの規模の遺跡がなぜ今まで見つけられなかったのだと思う程、その敷地は広範囲に渡り、城だとはっきり言える程、塔も城壁もちゃんと残っていた。 だが、さすがについた時間を考えると、今すぐ城内を調査するべきではないと、その日は城壁の外で野宿をする事になった。 だから、その日の夜は明日の調査における注意と計画の話し合いで、目の前に目的地があるせいか、疲れていた筈の面々の表情には活気があった。 そして次の日、彼らは目的地に入る事になる。 そこは、本当に城だった。 更に言えば、彼らが見たこともないほどの規模の大きな城だった。 北の大国と呼ばれ、険しい山々に守れたせいで敵に攻められた事もないクリュースの城は、近隣国家の中でもかなり大きく立派な筈だが、それでもここには及ばない。 それだけの敷地、そしてそれだけの規模だった。 とはいえ、さすがに長い年月がたっているせいか、壊れて跡形もなくなっている建物も多く、緑に覆われた石壁達は所詮、昔の栄華を知らせるだけのただの廃墟であった。 「これが魔法使いの居城だって?」 誰もがそう思うのも不思議ではない。 メルーが言ったこの仕事の目的地がここであるなら、ここは昔の偉い魔法使いの居城という事になる。 けれどもこの規模は魔法使いの城なんて程度のものではなく、大国を束ねた王の城だと言われない方がおかしい。 「そうね、昔このあたりにあった大きな国を滅ぼして、魔法使いがその城に住んだって事らしいわ」 隊列の2番目にいるメルーが答える。 「なるほどね」 とエルは返したが、それだけの国を滅ぼす魔法使いなんてどれだけの化け物だよ、と彼は内心で悪態をつかずにいられなかった。 エルは神官で、もちろん魔法を使う事を仕事とはしているが、魔法使いというのは、同じ魔法を使う職とは思えない程得体がしれない連中、というイメージがある。 特にエルの信じる神は戦いの神アッテラで、己の体を鍛える事が教えの神であるから、神官とは言っても魔法職より普通の戦闘職の方に考え方も性質も近い。 アッテラの術は基本が肉体の強化で、治癒もできるが、本人が持つ治癒能力を強化するだけの術である。神官達は常に自分の肉体を鍛え、術で更に高めて戦うのが教えであった。 とにかく、そういうアッテラ神官は、神官といっても戦力枠に数えられるような存在で、その視点で見ると本当に魔法使いというのは不気味な存在だった。しかも彼らは魔法使い全体で共有している数々の世界の秘密があるとかで、彼らだけにしか分からない知識と信念の元に動いている。使う魔法にしても、所属神殿を言えば何が出来るかはっきりする神官と違って、魔法使い個々で使える術が違って何が出来るかも分からない。 正直なところ、だからエルはあまり魔法使いが好きではなかった。大抵の魔法使い以外の者がそう思うように、自分の全く分からないところで何かやっている連中なんて、味方ではあっても気味が悪い。 数々の塔や大きな建物を過ぎ、おそらく敷地の中心にあたるのだろうひときわ大きな塔をいくつも持つ建物の前にまでくる。 正面にある門は完全に閉じてはおらず僅かに開いていた。 まるで誘うように真っ暗な中を見せるその隙間は、どこかぞっとさせるモノがあった。 「入るわよ、開けられる?」 言われて先頭にいたセイネリアが、門の片方の扉に手を掛けつつエルの顔を見る。このメンバーで単純な腕力で優劣をつけるなら、一番は圧倒的にセイネリアだが、二番目はおそらくエルだろう。 エルは仕方なく前に出ると、セイネリアが持っているのとは反対側の扉に手を掛けた。一応、少し開いている方の扉をエルに任せた辺りは、セイネリアも気遣ってはくれたのだろうと思いながら。 「そんじゃ、開けてみますかね」 言って、扉の縁を持って引っ張る。 長い年月で錆付いた鉄の扉は重く、そうそう簡単に動くものではないと思われた。だからいざとなったらエルは、こちら側は他の連中にも手伝ってもらうつもりであった。 だが、そう思っていた割には力を入れて暫く後、扉はゆっくりと動く手応えをエルに返した。 錆付いた鉄が軋む音が大きくなって、耳障りな音をたてる。その音に思わず歯を噛みしめて目を閉じてしまえば、ふと薄目をあけた時に、向こう側のセイネリアが持っていた方の扉が既に大きく開いているのが見えた。 馬鹿力め、と毒づいて。 だが、思った以上に楽に開いた扉には嫌な予感を感じながらも、エルは腕に力を入れるのを止めた。……セイネリア側が既にあれだけ開いているのだ、こちらはもういいだろうと。 「アーガレール……」 前に出たメルーが杖を上げて術を唱えれば、彼女の杖の先端が明るく光る。 それから彼女はセイネリアの隣に行くと、彼の腕を掴むというよりも抱いて中へと歩き出した。 ちらと後ろを振り向けば、アリエラが眉を顰めている。まーたあのおばさんは、と心の中で言っているのが分かりすぎて、エルは堪らず笑ってしまう。 あの家に泊まった後、メルーはあからさまにセイネリアに色目を使うようになった。意図的に体を押しつけたり、顔を近づけるなんてのは日常茶飯事で、見ていないところでキスをせがんでいるのも珍しくない。 それでセイネリアの方が、表情をまったく変える事なく事務的に相手しているような感じなのが笑えるのだが。ただあの男もさすがに場数を踏んでいるだけあって、それだけ冷たくあしらっている感じなのに、適度に構ってやっているから今のところ結構彼女の機嫌はいい。 まぁ、あの女がいなきゃこの後の目的自体が果たせない訳だから、彼もそれなりには考えているのだろう、とエルは思っている。今までのつきあいがあるから、女の色香に惑っている……とは欠片も思っていない。 アリエラは、多少はそう思っているようだが。 城の中は、普通に廃墟らしく荒れていて、破れた布や壊れた家具やらが埃にまみれてあちこちに散らばっていた。パッとみたところでお宝らしきものはないが、盗賊の類に荒らされた後というわけではなさそうだった。ところどころに倒れている像やら調度品には一応それなりの細工品があるので、盗賊が来たなら根こそぎ持っていかれている筈だろう。 こちらとしても、どうしても実入りがなかったら持っていく事も考えるだろうが、いくら荷物は魔法の空間でどうにかなるとはいっても、そこまでのデカ物の処分は面倒だからあまりやりたくはないところだ。 長い廊下を歩いていけば、やがて正面にやたらと立派な扉のある広い部屋が見えてきた。 だが、既に開かれている扉の前で一行は足を止めると、皆が皆顔を顰めた。 扉の先、広い部屋はおそらく謁見の間のようなものだろう。中を照らしただけで皆の顔色が変わったのは、そこがたくさんの白骨死体で埋め尽くされていたからだった。 「行くか?」 セイネリアが一歩、広間の中に足を踏み入れると、メルーがそのマントを引っ張って引き留める。 「いいわ、ここは後回しにしましょう」 それで他の者がほっと息をついたのが分かる。 白骨死体の山をおいておいても、なんだかエルはその部屋には嫌な予感がして仕方なかった。平然と部屋に入っていったセイネリアはそれを感じていないのかと思うくらいに。 「いくらお宝があっても、呪われてるアイテムとかならいらないでしょ?」 ふふん、と何か含みがありそうにメルーが笑うのを見れば、彼女はどこまでここにあるものを知っているのかと疑問が浮かぶ。 「呪いか。どんな呪いかにもよるな」 何処か楽しそうにそんな事を言っているセイネリアには顔が引き攣りながらも、エルは一行の最後尾を歩いてる手前、背後と周囲に意識を向ける。 今のところ、生き物の気配はない。化け物らしき気配もない。けれど、扉が僅かでも開いていた事を考えれば、何か小動物でも入り込んでいるくらいの方が自然ではないだろうか。 そんな事を考えれば嫌な気分がますます膨らんでいくものの、皆を止める程の明確な理由がある訳ではない。だから黙って歩いていくが、どうにも嫌な予感というのは一度でも自覚するとそうそうに拭えないもので、エルはらしくなくここを早く出たいと思っていた。 「ここからは3つに分かれて調べましょう。私はセイネリアと、アリエラはエルとウラハット、サーフェスはクリムゾンとラスハルカね」 メルーが言うとすぐに、魔法使い見習いの二人は自分の杖に呪文を掛けて、彼女と同じく杖に光を灯す。それでエルは成る程そういう理由で魔法使いを分けた訳かと感心する。 どちらにしろ、これは良い機会でもあるだろうとエルは思う。アリエラがいる手前堂々とは聞けないが、何かの折りにウラハットと話をするチャンスはあるかもしれない。 特に他からの不満の声はあがらず、メルー達はその先の塔の上、サーフェス達は1階、エル達は2階でそれぞれ小部屋を調べることにした。もちろん、怪しい場所や異常を感じた場所はへたに手を出さずに、後に回すということにして。 そうして、彼らはそこで一度別れることになったのだった。 --------------------------------------------- やっとこさ城探索。ほんとにこの辺りはただのファンタジー冒険物語。 |