【8】 結局、その日はそれ以上、異常といえる程の事態は起こらなかった。 メルーの方は十分な成果があったらしく、やたらと機嫌よく話してるかと思えば、そのうち今日の成果の一部を取り出し読み耽り出した。 他の面子は、正直大人しくしていてくれた方が助かると思っているため、彼女を放っておくことにし、勝手に外で野宿の準備をする事にした。折角建物があるのだし、調べた場所なら問題ないのだから中で寝ようという声もあったが、それは反対意見多数で却下されていた。まぁ、白骨死体やら死者の魂がいるようないわくありげな城の中よりは、自由が利く外のほうがいいというのは同感だとはセイネリアも思うところだった。 「しっかし、城の規模の割には、今一簡単に金になりそうなモノがないなぁ」 火を囲んで、互いが見てきた場所の意見を交わしながら、結論のようにエルがそう言った。 エルの言う『簡単に金になりそうなもの』とは、宝石か金貨といったものの事だろう。確かに、美術品やらの装飾物はいくらでも転がっていたが、簡単に持って歩けるような手軽な金目のものはあまり見あたらなかった。 「ここの奴ら、どうやら金品は飾るんじゃなく、持って歩く主義みたいだよ」 すました顔で茶を飲んでいたサーフェスが、そう言って宝石と金で飾りたてられた短剣を見せる。 エルが軽く口笛を吹く程、それはなかなかの値打ちものだった。 「部屋の中に転がってた白骨死体さんが身につけてたんだよね。こーゆーのもあったよ」 そういって今度は、指輪やらイヤリング、腕輪等の装飾品を並べて見せた。 明らかにエルが羨ましそうにそれを見ている。 「こっちは結局銀のランプ台だけだったぜー」 その視線を受けたサーフェスは、並べたものを丁寧に布に包みながらエルを睨んだ。 「あげないよ。こーゆーのは見つけた者勝ちって事になってたでしょ」 「ちぇ、魔法使いのくせに随分俗世的だよな、あんた」 「そりゃぁ、僕だって個人的にはこういうのよりは古い魔法の資料の方が興味はあるけど、そっちは雇い主のモノって契約だからね。どーせ今回の仕事は金目当てだし、それならこっちで最大限の成果を出さなくちゃならないからね」 持っていたものをしっかり仕舞って皆の目から隠すと、サーフェスは何事もなかったかのようにまた茶をすする。 「もう一つの目的の方も成果は十分だしね、僕としては何も起こらないままもう帰ってもいいんだけど」 「うーん、まぁなぁ……」 そこでそもそもの、皆での話し合いの議題に戻る。 『さて、これからどうするか?』 「ここまで来てなぁ、成果こんなモンで帰るってのは流石にどうかとは思うが、何もないうちに無事帰れりゃそれで万々歳ってのもわかる」 「まー雇い主として決定権のあるメルーさんは十分満足してそうですしねぇ、私は帰りでもいいと思いますよ」 「ここまで来てまだ一通りの部屋を見てもいない内に帰るのは、さすがに腰抜けすぎだとは思うが」 どの主張も一理あるとわかっているせいか、纏め役のエルも話を纏められないでいるようだった。 だからセイネリアは立ち上がって、今まで誰も声をかけようとしなかった女魔法使いの方に向かって歩いていく。 「おい、決定権があるのはお前だろ、今後の予定だけでも話に入れ」 夢中で本を見ていた彼女は、捕まれた腕を最初はうっとおしげに振り払ったが、言われた事でそれがセイネリアだと分かると顔を上げ、少し嬉しそうに鼻で笑った。 「そうねぇ、まぁ、予定だけは決めちゃいましょうか」 言えば彼女は、得意げにセイネリアに手を引かれるまま火の前まで歩いてくると、無表情の黒い騎士を座らせた横に自分も座って、その腕に寄りかかりながら話し出す。 「まず、契約的な話からすれば、私は別にここで帰りでも文句はないわね。確かに、出来れば一通り調べてはおきたいけど、目的の場所は見つかったし、十分本は手に入ったもの」 彼女のその意見は皆の予想と一致していた為、聞いている者達の顔色は変わらない。 「ただ、これは噂程度の話だけど、この城が予想通りの場所なら、ここには特別な剣があるかもしれないわ」 それには、今まで話がどう転ぼうとあまり関心がなかった、セイネリアやクリムゾンが瞳に興味を映す。 「ここの王様が作らせた最強の魔剣。その剣の力で王は戦に勝ち続け、この辺り一体を征服したっていう言い伝えがあるの」 エルが大仰に顔を顰めて肩をあげる。 「いっかにも胡散臭ぇ話だなぁそれ」 それには同意だとセイネリアも思うが、それで興味が無くなったという程でもなかった。噂にはなにかしらの根拠がある、その剣の噂の元になる何かはある筈である。 しかも、いかにも誘うような最強の剣などというご大層な噂なら、それが噂通りという事はまずない。その手の噂というのはおもしろいもので、本気で問題なく性能がいい素晴らしいもの程途中でそれを疑ったり妬んだ者達によって悪い噂をつけられるもので、いいことばかりを強調されて噂されるものは、実はそのデメリットを隠そうとする意図が入っている。 まぁ人間、自分が手に入らないモノであれば、いいものを悪く、悪いものを良く言って他人の不幸を願うものだ。 だからセイネリアの見解としては、その噂の剣も実は大したものでないか、逆に噂通りとしたら、その性能を引き替えにしてもつりが来るだけのペナルティを負うかだと予想していた。 「最強の剣か、おもしろいな」 呟いたのはクリムゾン。 赤い目と赤い髪をした、若くとも数々の修羅場をくぐって来た戦士は、明らかに強い興味を示して顔に笑みを浮かべていた。 「あんたも、興味があるのか?」 エルにそう聞かれて、セイネリアも軽く笑う。 「そうだな。別にそんなモノが欲しい訳じゃないが、その話の真実を確かめたくはある」 言えば腕にぴったりと体を押しつけていたメルーが、少し意外そうに言ってくる。 「あら、貴方ならもっと食いついてくるかと思ったのに」 その言葉でセイネリアは、彼女は自分が興味を示して、まだ探索をする事を見越してこの噂話をしたのだろうと予想する。 だとすれば、彼女が皆に隠していた事の一つがこの事ではあるのだろう。 「それが本当にあるのかどうか、あるならどんなシロモノなのか。それくらいは知りたいところだ」 それに明らかに嫌そうな顔をしたのはラスハルカだった。思えば彼はこの話し合いが始まってから、終始これで帰ろうと言い張っていたなとセイネリアは思う。 彼が言うのだから、それなりに理由はあるのだろう。 それでもセイネリアは、そんな噂の真意を確かめもせずに帰る気はなかった。 ――なに、どうせそれで死んだとしたら自分はそれまでの男だったのだと、その思いはそれなりに力を掴んだ今でも変わっていない。 「しかしなぁ……そういう剣の噂といったら、まず真っ先に怪しいとこってのは……あそこだよな」 エルの言葉は皆も思うところであったろう。 大量の白骨が広がる豪奢な広い部屋。昼間メルーが後にしようといって入らなかった部屋の事だ。 それぞれあの場所を思い出したのか、ごくりとのどを鳴らす者もいる。 「……お前、あそこを後回しにしたのは、その噂を知ってたからだろ」 「どうかしらねぇ……」 傍のメルーに言えば、彼女は意味ありげな笑みを浮かべてシラをきる。 つまりこの女魔法使いは、剣の噂を知っているからこそその危険性も分かっていて、今日はあの部屋の中へと入らなかった。 自分の成果がでて、いざとなったらもうここを去ってもいいと思ったからこそ剣の噂を言い出した。……何かあったら、一人だけ逃げるくらいのつもりだな、とそこまで読める。 この仕事は、雇い主である彼女が、最初から他のメンツを生きて帰らせる気がないとセイネリアは思っていた。それが剣の話に繋がるなら筋は通るし、それが相当にヤバイものだろうとは予想出来る。 ……それでも、確かめないで逃げ帰るというのはセイネリアには選べない選択だったが。 その後も話し合いは続いたが、それは明日の探索の手順の打ち合わせのようなもので、明日、あの大量の白骨があった広間に行くというのは決定事項となった。 --------------------------------------------- まぁ、いろいろと。メルーさんバレバレすぎて頭悪そう(==。 |