黒い騎士と黒の剣




  【9】




「で、何の問題があるんだ?」

 爆ぜる火を見つめてセイネリアが向かいに座るラスハルカに言えば、彼は考えごとをしていた顔を上げ、こちらの顔を見あげてくる。

「え?」
「お前はここから帰りたがってたろ」
「えぇそりゃまぁ、こんな不気味なとこさっさと出ていきたいですよ」

 作ったようなおびえた顔を見せる彼を、セイネリアは鼻で笑う。
 時間は深夜、もう朝も近い時間だった。いつも通り火の番が回ってきてこうしているわけだが、ラスハルカの様子はまだ話し合いの時を引きずっているかのように険しかった。

「『誰』がヤバイとお前に知らせているんだ?」
「……何を言っているんです?」

 口元に笑みを浮かべるセイネリアとは対照的に、ラスハルカの表情は硬い。
 いい加減、はっきり聞いてもいい頃合いかと思っていたセイネリアは、そこで確信していた事を聞いてみる。

「お前、本当はアルワナ神官だろ」

 途端、ラスハルカが息を飲む。
 その反応だけで、十分に彼はそれを肯定してしまった。
 それでも反応をじっと見つめていれば、彼は最初は誤魔化そうと考えたようで、薄ら笑みを浮かべかけ、だがすぐにここでセイネリアに隠す方が不都合が大きいと思ったのか、大きくため息をついて顔を手で覆った。

「――まったく貴方は……何で分かったんです?」

 セイネリアは喉を震わせた。

「何、最初からあたりはつけてたさ。お前は見た目も中身も戦士らしくないし、俺に色仕掛けをしてきたからな。おまけにあの時、皆が皆俺達の事に気づかないで寝ていた。魔法使い共はともかく、エルやクリムゾンが気づかないで寝てるとは思えんな、お前が術を使ったんだろう?」

 アルワナは眠りを司る神である。
 神官は、人を眠らせることは勿論、寝ている間の人間の意識を読みとったり、操る事さえ可能である。
 だからこそ、アルワナ神官は人から恐れられ、人前ではその事を隠して神官でないふりをしている。しかも……これは噂だが、アルワナ神殿は、そうして姿を隠した神官達を使って、情報屋まがいの事をしていると言われていた。その為の神官達の多くは、普段は娼婦や男娼のふりをしているという――確かに、寝てしまえば相手の意識を読み放題なのであるから、寝床を共にするそういう商売をするのが一番都合がいいのだろう。
 実際、情報収集によく男も女も買うセイネリアは、前にも一度そうやっているアルワナ神官を見たことがあった。

「えぇまぁ、そうですけどね。……全く、本当に頭の回る人ですねぇ貴方は」

 一番の隠し事がなくなったせいか、困ってはいるが妙にさっぱりしたような声で、ラスハルカは言う。

「確信したのは2回目に寝た時だな、右脇下の印は確かに見つけにくい」
「嫌だなぁ……それで体のあちこち触ってたんですか?」
「あぁ、そういう事だ」

 セイネリアがにやにやと笑ってやれば、ラスハルカは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
 アルワナの信者は洗礼の印として、体の何処かにアルワナの印の入れ墨をしている。彼がアルワナ神官だとあたりをつけたセイネリアは、だからあの後また彼と寝る事になった時にその印を探した。

「全く、魔法など全く分からないクセに、こっちを簡単に出し抜いてくれるんですからねぇ……」

 苦笑しつつも、彼の表情は開き直ったらしく明るい。
 だが今度は、セイネリアの方が笑みを抑えて表情を引き締める。腕を組んで、少し身を乗り出して彼に聞く。

「で、どうなんだ。『誰が』何をお前に言ってきた?」

 ラスハルカも今度ははぐらかさなかった。彼もまた表情を引き締めてセイネリアの顔をじっと見つめ返した。

「いいでしょう。もうバレてるならこれ以上隠す意味もありませんしね。――まぁ、城に捕まってる兵士さん達も皆言ってましたけどね、帰れ、剣に近づくなって」

 眠りを司るアルワナ神は、永遠の眠りについた死者の神でもある。だから神官達は死者の姿を見て、言葉を交わす事が出来る。彼がアルワナ神官と確信した段階で、彼が城に捕らわれている死者達から何かを聞いているだろう事も予想出来た。

「後は……少し変わった事言ってたのは、あの部屋にいた子供ですね。『父さまはもう父さまじゃないの、父さまに会っちゃいけないの、ここを出たらいけないの』とかかな。多分あの子は王女なんじゃないかと思いますよ」
「父さまは王か……」
「そうじゃないですかね」

 そこまでの話なら、大して役にも立たないかとセイネリアは思う。なにせそこまでなら、特別な力などなくともセイネリアの予想だけで分かった事である。
 だからセイネリアは少しつまらなそうにラスハルカを見る。

「もう少し具体的な話は聞けなかったのか?」

 彼は少し困った……というよりも子供が拗ねるような顔をした。

「正体隠してるのにじっくり死者と話す訳にもいきませんでしたからね。……それに、死んだ人間ってのはそこで思考が止まってるんです、記憶だって死んだ瞬間までしかありません。死者から情報を聞き出すのは、簡単な話じゃないんですよ。ただまぁ……一つだけ面白いと思うのは『父さまは父さまじゃないの』でしょうかね」
「父さまが王の事なのだとしたら……王が狂ったか何かして正気じゃない、と考えられるな」
「それが国が滅びた原因、という話も考えられますね」

 そこでセイネリアは、メルーから聞いた話をしてみる。大魔法使いギネルセラはかつてここの王に仕えていたが、裏切って国を滅ぼした、と。

「無理矢理それをつなげると、魔法使いが王を狂わせてこの国を滅ぼした……でしょうか」
「そう考えると一応筋は通るが……メルーが適当に誤魔化して言っている可能性もある」
「確かに」

 ラスハルカも彼女の言動には思い当たるのか、顔に苦笑を張り付かせた。

「案外、剣を作ったのもそのギネルセラかもしれんな。王が狂ったのも剣が原因、と言うのもありえそうだ」
「成る程、それはそれで辻褄を合わせられますね」
「ともかく、それらの情報を可能性として頭においておく程度しか今は出来んだろ。結局はせいぜい気をつけておく、というしかない」
「でしょうね」

 言いながら、くすりと笑ったラスハルカは、セイネリアの傍にやってくる。
 後はまた、静寂の中に熱い吐息がこぼれるまで、さほど時を必要としなかった。







 木々に覆われた樹海の中、それでも大きな建造物が並ぶここは木で空を覆われていない。だから薄暗い樹海の中でもここへくれば空を眺める事ができるのだが、翌日は生憎曇り空で、気持ちよい青空を眺めるという訳にはいかなかった。
 そういえば少し不思議な事もある、とエルは思っていた。

「これってさ、空から見りゃ丸見えじゃないか。どうして誰もここに来なかったんだ?」

 ケチな盗賊はともかく、魔法使いなら空に浮く事が出来るような者は珍しくもない。魔法じゃなくても空を飛ぶ手段はほかにもある、これだけの長い年月放置されるような場所じゃないだろうとエルは思ったのだ。

「魔法でこの上を飛ぶのは難しいわね、いつ魔法が使えない場所を通って落っこちるかもしれないんですもの」

 樹海の中には至るところに魔法を無効化する鉱石がある。だから彼女の言い分はもっともだった。

「だけどさ、ならあんたはどうやってここにアタリを付けたんだ?」

 そうねぇ……ともったいぶりながらも、メルーはちらと周りを見回して得意げな笑みを浮かべた。

「いいわ、もう目的は果たしたし教えても。私は鳥を使ったのよ、樹海の上を飛ぶ鳥にこっちの魔法を込めた石を片っ端からつけて、それを樹海の中に落とさせたの」
「……はぁ?」

 それでどうしてここが見つけられるのか、そもそもそれがエルには分からない。
 メルーはエルのその反応に小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、けれども今は相当気分がいいらしく説明を付け足した。

「落とした石達から、魔力を強く感じる場所を探してここを見つけたのよ。石同士は近い石の位置を関知出来るから、ここを見つけた石から他の石をたどって道順と場所のアタリをつけたの」

 エルは正直、彼女のその説明でも分かるような分からないような、はっきり言ってあまり分かった訳ではなかった。
 けれど得意げにいう彼女に、あきれた声を上げたのはサーフェスだった。

「そりゃーご苦労な話だね。そんな運頼りの方法、見つかったのは余程運がよかったとしか言いようがない」

 メルーはそれに少しだけ笑顔を引き攣らせたが、すぐにその機嫌を直す。
 というのも。

「どんな方法でも、見つけた者勝ちという訳だ。結局は、口で言ってるだけで見つけられない連中の負けだ」

 セイネリアがそう言ったせいで、彼女の機嫌が急上昇したからだ。いくら多少は機嫌をとってやるつもりとはいえ、こんなに明らかに女を持ち上げるような言葉を掛けてやるなんてらしくない、とエルは少し驚いた。
 おかげで彼女は嬉しそうにセイネリアにくっついているが、思わずエルは彼に『いいのかそれで』と聞きたくなった。

「それじゃま、行きましょうかね」



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多分次は黒の剣が出てくる、かな。


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