WEB拍手お礼シリーズ13 <シーグルin酒場> ☆☆☆騎士団小話:試してみよう・1 ある日シーグルは、通常訓練時間が終った騎士団内の廊下でグスに呼び止められ、こう言われた。 「とりあえず隊長殿、一度どれくらい弱いか確認したいので、よければこれからちょっと飲みいきませんかね?」 弱いというのは勿論シーグルの酒に対する弱さだ。グスだけにはシーグルは自分が酒が飲めないことを教えていて、酒宴の席でも飲まなくて済むように何度か協力してもらっていた。 だから、そんな彼が確認してみたいというその言い分も分かる。 グスの事は十分信用しているし、自分が潰れた後で何かするような人物ではないとも思う。 それでもやはり、部下に自分の余りにも無様な姿を見せるのは躊躇われる。 シーグルが本気で悩んでいるような真剣な面持ちで黙り込んだので、グスは苦笑して言葉を付け足した。 「あー、俺と二人でだと隊長が潰れた後困るんで、もう一人連れて行きましょう。かといってテスタの奴だといろいろ面倒だし、ランを連れてくってのはどうですか? あいつなら、潰れた隊長運ぶ時も頼りになりますし、口が堅いことは保証できっでしょ」 ランとはエッシェドラン・イーネスという隊の中の古参組みの一人で、一番体が大きいというのが特徴の男だった。性格は温厚で、血気にはやった年下組に何かを言われてもまず言い返したり怒ったりすることはなく、それどころか他人の喧嘩の仲裁をやったりしている姿をよく見かける。更に言えば、彼の無口は有名で、マニクなどが時折彼に何か言わそうと回りでいろいろ騒いでいる姿を見かけるが、その姿が大型犬に子犬がじゃれついてる姿のようだとよく言われていた。 確かに、彼なら無様なシーグルの姿を見たとしても、それで何かをしようとしたり、他人に話したりという事はないだろう。それに潰れた後の事も、彼がいれば安心である。 そんな訳でシーグルは、古参のおっさん騎士二人と酒場へ行く事になったのだ。 こういう店は交渉に来て何も頼まないのが普通だったので、注文は全てグスに任せた。つまみも彼が勝手に頼んだものが並べられているが、すきっ腹に飲むのは悪いと言われても、シーグルにはそれらの中で食べられるものは無かった。 「隊長、もしかしてすきっ腹で飲んでるからすぐ酔うのかもしれませんよ。ちゃんと胃にモノ入ってりゃ大丈夫かもしれません」 確かにシーグルの今までの失敗では、飲む時に殆ど食事は食べていなかったというのはある。胃にあまりモノが入っていない状況で飲んでいる事が殆どだった。 「だがそう言われても、食べられるものがないんだが」 真剣にシーグルがそう返せば、グスは頭を押さえて悩む。 だがそこで。 「隊長、ミルク、飲めるか?」 ランがぼそりと呟いて、シーグルとグスは驚いて彼を見る。 それからグスが、ぽん、と手を叩いた。 「あぁ、その手があったか」 「なんだ?」 「いや、飲む前にミルク飲むとですな、酔い難くなるって話ですよ」 「そうなのか?」 シーグルが顔に喜色を浮かべる。 「それは良い事を聞いた。ミルクなら前は毎朝飲んでいたから大丈夫だ」 「隊長はミルクがお好きなんですか?」 「うん……好きといえば好きだが……朝でも食べられるもので一番栄養になりそうだったからな」 「隊長……」 グスの顔は何故か悲しそうだった。 「ミルクを飲むと骨が丈夫になると聞いたんだ。肉がつかなくても骨が丈夫になれればと思って、何も食べられない時はよくミルクが食事だった」 嬉しそうに話すシーグルに、グスはがっくりと項垂れて、シーグルの肩をぽんと叩いた。 「隊長……苦労してますね。それとミルクだけを食事といいませんから」 ☆☆☆騎士団小話:試してみよう・2 シーグルはどれくらい弱いのか知りたいというグスの頼みによって、グスとラン、隊の年長組みの二人と酒場に飲みにきていた。 「とりあえず隊長、こいつはここでも一番弱い酒ですんでこれくらいならどうでしょうか?」 つまり、これでもだめなようなら、酒は本当にだめだという事か。 シーグルはコップの中身を見てごくりと唾を飲み込む。 飲む前にミルクを飲むと酔いにくい、と言われた通り、既にミルクを注文して飲んでおり、準備は万全のはずだった。 「いいですか、弱い人間がぶっ倒れる原因の一つはですね、一気に飲もうとするからなんですよ。ちょっとづつちびちび飲んで、どの辺りまでが大丈夫かを自分で把握出来るようにしときゃいいんです」 「分かった」 シーグルはコップに口をつけ、こくりとほんの少しだけその液体を喉に入れる。 固唾を飲んで心配そうにしているグスは、自分が飲むのも忘れてシーグルの様子を凝視していた。 「どうですか?」 「……大丈夫、な、気がする」 喉を液体が通っていくのを確認して、それから自分の体を確認してみる。……特に、変わりはないと思ったシーグルは、ふぅと緊張していた息を吐き出した。 「いいですか隊長、酒飲んですぐにおかしくなるってのはそうそうないですから。一口づつ間を置いてですね、体の調子を伺いながら飲むんです」 「分かった」 そうしてまた一口、シーグルはそれを飲む。 確かにグスが言った通り、その酒は相当弱いものらしく、そこまですぐに酔いが回ってくる事はなさそうだった。 しかし油断はしてはいけない、自分が弱いのは確定なのだと言い聞かせて、一度シーグルはコップを置き、また一つ大きく息を吐き出した。 そうすればグスも、つられるように大きく息を吐き出したのがシーグルには分かった。 「グス、そんなに俺にばかり気にしないで、お前はお前で飲んでくれて構わないが」 見ればグスのコップの中身は来てから全然減ってなかった。 「いやー、なんていうか、とても飲んでる気分じゃないって奴でしてな……」 「それはすまなかった。気を使わせてしまったか」 「そりゃいいんですよ、今日はその為に来たんですし」 そんなやり取りの横で、ランが自分のコップをテーブルにトンと置いた。 何気なく見れば、コップの中身は既にカラで、ランはすっと手を上げる。回りに座っている者からしても明らかに大きなガタイの彼に、店員の女はすぐに気付いて彼を見た。 ランは自分のコップを指差し、それから指を一本立てる。 それで分かった女はにこやかに笑みを返して、カウンターへと走っていった。 「ラン、お前もう一杯終わってたのか。てか、注文の時くらいちゃんと口でいやいいじゃねーか」 グスが言えば、ランはちらとシーグルを見てから、ぼそりと呟くように答えた。 「すまない、3杯目だ」 どうやら、シーグルが恐々飲む様子にグスがはらはらしている間に、彼は既におかわり済みだったらしい。無言で注文が出来てしまう彼だからこその技といったところだろうか。 「そうか、お前は酒は強いのか」 感心したようにシーグルが言えば、ランは少し照れくさそうにこくりと頷く。 「こいつの出身はコーラクトってぇ漁村なんですけど、そこの連中は大酒飲みが多いらしいって話ですよ、なぁ、ラン」 言われたランはまたこくりと頷く。 シーグルは素直に羨望の視線をランに送った。 「そうか、いいな、お前は……」 と、背の高い部下の顔を見上げた後、シーグルの体がそのまま後ろにぐらりと揺れた。 ☆☆☆騎士団小話:試してみよう・3 シーグルはどれくらい弱いのか知りたいというグスの頼みによって、グスとラン、隊の年長組みの二人と酒場に飲みにきていた。 「ちょ、隊長っ?!」 ぐらりと揺れたシーグルに驚いて、グスが腰を浮かして立ち上がりかける。 「い、いや、まだ丈夫だ、多分……」 言いながらシーグルが体勢を整えて、体を真っ直ぐに戻した。 「隊長、ヤバイって思ったら飲むの止めていいですから。無理してまで飲めとは言ってませんからっ」 「分かってる、大丈夫、だ……」 グスは気が気ではない。シーグルは少し顔を俯かせて、口の辺りを手で押さえていた。 「気持ち悪いですか? 吐きそうなら外に……」 「いや、気持ち悪くは……ない」 とりあえず受け答えをする程度には正気だと言う事にはほっとして、グスはシーグルの前からコップを遠ざける。 「ともかく、もう分かりましたんで飲むのは止めてください」 それでもシーグルは顔を俯かせたままで、正直グスは焦っていた。 「気持ち悪いんでしたら無理しないで言って下さい、ランに外まで運ばせますんで」 「いや……気持ち悪くは、ないん、だ。……ただ……熱く、て……」 「隊長?」 言いながら、シーグルがやっと顔を上げる。 目元を赤くし、いつもならきつい印象の瞳を弱々しく潤ませて、縋るように立ち上がり掛けていたグスの顔を見上げるその表情は――まるで……情事の時の顔のようで、グスでさえもごくりと喉を鳴らした。 「大丈夫だ、グス……いつもよりはちゃんと……意識が、ある」 少し苦しそうに息を荒くして、それでもシーグルはその酔いで上気した顔で、ふわりと力なく笑う。 ――いやその顔は、ある意味寝ちまうよりヤバイと思いますけどね。 グスは一度目を閉じて邪念を頭から拭い去り、心と体の平静をどうにか取り戻すと、出来るだけシーグルの顔を見ないようにして、無表情のまま隊長の顔を見て固まっているもう一人の男を睨みつけた。 「おいラン、水貰って来い。そんでそれ隊長に飲ませたら帰るぞ」 ランは気付いたように驚いてグスの顔を見ると、こくりと頷いて席を立った。 「隊長、ランが今水貰ってきますんで。そしたら帰りましょう」 言いながらグスがシーグルの肩に触れると、その手をシーグルが掴む。 「グス、お前の手は冷たいな、気持ちいい……」 くすくすと笑いながら、シーグルはグスの手を頬にあてる。 「隊長、その……大丈夫、ですか?」 「あぁ、大丈夫だ。酒を飲むと、いつもすぐに寝ていたんだが……今日は、気分がいい……」 それでいつものイメージとはかけ離れた無邪気な笑顔を浮かべるのだから、グスは自分の方まで赤くなりながらも、視線を辺りにさまよわせるしかなかった。 ――とりあえず、本気でテスタの奴を連れてこなくて良かった。 と、考えながら、彼は情けない顔でガクリと項垂れた。 その後、水を飲んで歩ける程度にはなったシーグルを連れて彼らは店を出、責任を持ってランが背負い、シーグルを首都のシルバスピナの館まで連れて行ったそうな。 ちなみに翌日、いつも程酷く酔わなかったせいで意識があったシーグルは、目が覚めた途端恥ずかしくて布団を被って丸まるという経験をし、この館に来て初めて朝の訓練をサボる事になった。 --------------------------------------------- この人に酒飲ませたら絶対だめだ、とグスとランが固く誓った夜のお話でした。 |