WEB拍手お礼シリーズ34 <ラタの受難編> ※アウグにつかまったシーグルをセイネリアが迎えにいった帰りの話。 ●部下はつらいよ●●●(1/3) アウグからクリュースまでの帰り道、行きはとにかく急いでいたから最短ルートを最低限の休みだけでやってきたのだが、帰りは一転、おまえに任す、という言葉だけで出発となってしまった道中、ラタは内心複雑な思いでいた。 行きに使った姿を消す魔法アイテムは後一回分だけだという事もあり、では検問は迂回ルートを取りましょうと言った言葉もあっさり通った。 まぁ早い話、帰りは急ぐ必要がないのだから当然といえば当然だろう。ラタとしては、調べておいた情報が無駄にならずに済んだので良かったとも言える事なのだが……なんだか居心地の悪さというのを感じるのは仕方ない。 「ちょっ、お前は何をしてるんだ」 「ただお前に掴まってるだけだが」 「なら腹に掴まってくれ。胸に手を回すな、頭を肩に乗せるな」 「俺の方が背が高いんだから仕方ない」 「あまり体重を掛けてこないでくれ、重いっ」 「わかった」 それから聞こえる誰からも恐れられる黒い騎士の楽しそうな笑い声。銀髪の青年騎士のため息。伴奏のようなかっぽかっぽという馬の歩く音。 後ろから聞こえてくる会話はもう聞いてないふりをするのは慣れたものの、あれが本当にあのセイネリア・クロッセスなのかという、衝撃というか信じられない思いはラタの中に着々と蓄積されていく訳で、内心いろいろ考え込まずにはいられなかった。 「やっぱりお前が前に乗ればよかったんだ」 勿論、シーグルに前に乗れと言って無理矢理先に乗せたのはセイネリアだ。 「この方が俺もお前も前が見えるじゃないか」 いや単に前に乗せたかっただけだというのは誰からもバレバレです、とラタは突っ込む。 「俺が動揺すると馬が驚くだろ」 「なら俺が手綱を持つか? そもそも前に乗るなら自分が持つといったのはお前だ」 「いい、俺が持つ。……お前がヘンな事をしなければいいんだ」 前に乗るシーグルが騎士であるからには自分で手綱を持ちたいという気持ちは分かるものの、ラタとしてはセイネリアの手をフリーにしてしまえばどうなるかは想像出来たんじゃないかとも思ったりする。 ただ実際のところ、シーグルとしてはリハビリ的な意味もあったのだろう。馬に乗る時、久しぶりだと言っていたのでカンを取り戻したかったというのもあるのだろうとは思うが――その時にレザ男爵が『最後に乗ったのはこの館に来るまで俺の前に乗っていた時だったな』などと言ったものだから、セイネリアが自分の前に乗せたがったというのはあるかもしれない。レザもレザで、体重配分的にはラタの馬にシーグルが一緒に乗った方がいいだろうと最後まで言っていたが、セイネリアは全く聞く耳を持たなかった。 まぁそれを言ったら、そもそもレザ男爵はこちらの馬をわざわざ力のある自分の馬と交換なんてしなければ良かったのだろうが。それでも交換してくれたのは、足が治ったばかりのシーグルの事を考えてだろうと予想出来て、なんだかちょっとラタは同情したくなった。 ●部下はつらいよ●●●(2/3) アウグからクリュースへの帰路、シーグルにべったりなセイネリアに、表面上は平然としていたものの実はラタはいろいろと気まずい思いをしていた。 行きと違って時間的余裕がある分夜はちゃんと休んでいた一行だが、野宿となれば交代で火の見張りをするのは冒険者の旅としてはお約束である。人数が3人だから一人づつ、シーグル、セイネリア、ラタの順で見張りをする事になったのだが……最初の見張りはシーグルなのに、やっぱりというべきかセイネリアもおきていた。 「今は俺の番だ、お前は寝てればいいじゃないか」 「何、そんなに眠い訳じゃない」 「アウグでは随分疲れてたようだったが」 「お前が起きてるのに寝る程眠くはない」 「何だそれは」 そうして当然のようにぴったりと銀髪の青年の横にいる黒い騎士は、やはり嬉しそうに笑っていた。ちらとだけその光景を焚き火越しに見たラタは、すぐに背を向けて寝る事にした。 「あまりくっつくな」 「こうしてる方が暖かいだろう」 確かにこの時期、ぎりぎり野宿も可能という程度でまだまだ夜は寒いのだが……またちらとみれば、黒い騎士は後ろから銀髪の青年を抱きこんでいて、その上から布を被っていた。 ――いや確かに、その格好が温かいのは認めますが。 完全に抱き込んで、嬉しそうに銀の髪に顔を埋めているセイネリアの顔が、余りにも優しげというか幸せそうというか……なんだか見てはいけないものを見てしまった気にさえラタはなる。実は最初に見張りの順番をセイネリアが決めた時、主(あるじ)に分割の睡眠という一番面倒な順をさせてしまうのは申し訳なく思ったのだが、最初からそういうつもりだったのだと思えば気にする必要もないかと思う。 「へんなところは触るなよ」 「なら何処を触っていいんだ」 「耳元で声を出すなっ」 「この体勢でそれは無理だな」 人間、変われば変わるものだ、となんだか帰るまでには悟りが開けそうな気がしてきたラタは、もう会話を無視して眠る事にした。 ちなみに、寝てる最中もう一度だけ目を覚ましたラタは、どうやら交代したらしく眠っているシーグルの顔を、それはそれは幸せそうに見つめているセイネリアを見てしまって一瞬夢かと思った、という事があった。 ●部下はつらいよ●●●(3/3) アウグからクリュースへの帰路、シーグルにべったりなセイネリアに、表面上は平然としていたものの実はラタはいろいろと気まずい思いをしていた。 野宿となったその夜、空がうっすらと東から白くなるのを見た現在の火の見張り番のラタは、完全に日が昇りきったら二人を起こすか……と思いながら当の彼らに視線を向けて、わかっていたのに顔をひきつらせた。 ――そんなに嬉しいんですか。 思わずそう思ってしまう程には眠るセイネリアの表情は柔らかすぎて、大事そうに最愛の青年を抱き抱えてその髪に鼻を埋めて眠る姿はたいそう幸福そうに見えた。普段のセイネリアを知っていればいるだけ、見た途端に別人だと確信するくらい信じられない姿だ。 「ン……」 悩まし気な声を出してもぞもぞとシーグルが動けば、セイネリアの手が自然に浮いて、シーグルの動きが止まるとその手が改めて細い青年の体を抱き寄せる。 ――あれ、実は起きてる……かすぐ起きれる状態なんだろうな。 かつて見た事がない程ぐっすり満足そうに寝ているセイネリアだが、抱いているシーグルの動きにはすぐに反応しているのは見てすぐ分かる。元々、この男が本気で熟睡しているとは思い難い。野宿等でこの男の寝ている姿は何度か見た事があるが、ちょっとでも異常があったり、何かこちらがしようとすればすぐに目を開いて即行動に起こせるのがいつもの彼であった。だから熟睡しているように見えるのは見せかけだけ……とは思うのだが……。 今度はセイネリアが軽く体勢を変えて、目を閉じたまま顔でシーグルの頭周辺を探っていたかと思うと、その首元に嬉しそうに笑みまで浮かべて顔を埋める。少しくすぐったいのかシーグルの方が軽く唸ると、抱きよせているセイネリアの手が宥めるようにシーグルの髪を撫ぜる。 ――でもマスターなら、この手の仕草を無意識下でもしそうだからな……。 なんか見ているとどんどん悩みが大きくなりそうで、ラタはやはり彼らから視線を外すしかなかった。 完全に日が昇ったのを確認して二人を起こすと、さすがにどちらもすぐに起きたのでラタは安堵して水を汲みに行ってくる事にした。けれども水を持って帰ってきた彼は、またその場で凍り付くような光景を見る事になった。 「だから、体くらい自分で拭けるといっただろ」 「背中は自分では無理だろ」 「ならさっと拭くだけでいい、そんなに念入りにべたべた触るな、ついでに関係ないところを触り過ぎだお前は」 「なに、それはついでだ」 「ついでは必要ない」 ちなみにシーグルはこちらの視線に気づくと、顔を真っ赤にして目を逸らした。勿論セイネリアは平然とこちらを無視してシーグルの体を拭いている。 表情も固まったままぴくりとも動かさずにラタは思った……結局マスター、その坊やといちゃつきたいだけなんですね? と。とりあえず以後、ラタはセイネリアの行動を深く考えようとするのを止めたという。 --------------------------------------------- シーグルから見た感じでは完璧に主の従者を務めていたラタでしたが、ラブラブモードなセイネリアにいろいろ葛藤があった模様。 |