WEB拍手お礼シリーズ37
<愛の女神の……編>








※続編でシーグルが戦場に行くのが決まった頃の話。

☆☆それは実は……☆☆ (1/3)※ランダム表示

 温暖な南の港街アッシセグ……は今、春を越して暖かいから暑いに切り替わっている最中で、となれば当然北の気候になれた団員達は暑さにやられてぐったりする。勿論皆、ちゃんと出なくてはならない訓練には出てくるし、自己鍛錬はやっているのだが、合間の休憩のだれ具合が酷い。
 とはいえ事情は分かっているので、エルも特にそんな彼らを叱ったりはせず、忙しくもなければ多少は目を瞑ってやってはいたのだが。
「あー、てか俺の事を誰か気遣って欲しいんだがなっ」
 エルはテンパると騒ぐ、と分かっている隊員達は、彼に同情はするもののヘタな事を言ったりはしない。
 なにせ今回(も)、エルが騒いでいる原因を彼らは知っていたので、いわゆる『触らぬ神にたたりなし』という事で見事にスルーしているのであった。
――俺だって、触りたくねーよ。
 と、今度は心の中で叫んでみても、彼の立場上それで済む訳もない。
 この団における『神』……ともいえるセイネリアはこのところずっと機嫌がすこぶる悪く、エルとしては本音は『触らぬ』で済むならそうしていたいのだ。
 だがしかし、普段のセイネリアであっても皆正面から顔を合わせたがらないのに、この状況のセイネリアに会って話をしようなんて思う人間がいる筈がない。それでも団自体の経営を止める訳にはいかないのだから、決まった事の報告や、客からの話を伝えなくてはならない。
 まぁ早い話問題は、皆あんなおっかないセイネリアに会いたくないから、それらのセイネリアに何か言う必要がある仕事は全部エルにやってくる、という事なのだ。
「あーマスター。仕事の予定表はこっち置いておくな」
「あぁ」
「で、この間の話なんだけどさ」
「面倒事になるなら断れ、お前の方でどうにかなるなら受けていい」
 これで一応最低限の仕事はしているので、文句を言える筋合いもない。いや、そもそもこういう状況のセイネリアに文句など、冗談でも口から出ないが。
「あー……その、さ」
「なんだ、まだ用事があるのか?」
 ただでさえ恐ろしいその琥珀の瞳を向けて、思い切り機嫌が悪いというのが分かる声で言ってくるのだから、それだけでエルの体感気温は一気に下がった。この部屋にくる前までじっとり浮かんでいた汗さえひくというものだ。
「あーもう、ったく、なんで俺ばっかこんな目に」
 なんて思いつつも、部屋から出てきたエルから目を逸らす団員達にはちょっとばかり腹が立つ。

 ――と、いう事でエルは考えた。

 訓練後、ぐったりとだれている団員を見つける度にエルは笑顔で言う。
「よーグノン、あっつそうだな、団で一番涼しいとこに連れて行ってやろうか」
「え? そんなとこあるんスか? そりゃま、そんならぜひ……」
 と言ってセイネリアの部屋にひっぱっていくと、皆冷や汗を流して逃げる。
「いや、分かりました。もういいっス、汗引きました、ここまでで勘弁してくださいっ」
 未だにそうしてひっぱって行った者で、部屋の中まで行ってその絶対零度的な冷えぶりを体感したものはいないという。



☆☆それは実は……☆☆ (2/3)※ランダム表示

 今はアッシセグにある黒の剣傭兵団。
 最近セイネリアの機嫌がすこぶる悪いと言う事で、団員一同はいろいろと苦労というか戦々恐々としていた。
 その所為で一番の被害を受けていると言ってもいいエルは考えた。
 つまるところ、セイネリアが機嫌が悪い理由というのは分かり切っているのだ、ならどうにか多少は彼の気が休まる為に何かしよう、と。
「で、私にどうしろと」
 セイネリアの事になればエルが頼れるのは、立場的には同等の、実質は自分の上になるカリンしかいないのだから仕方ない。
「うん、まぁ、助けてくれ」
「断る」
 すげなくそれで去ろうとされて、エルは頭を下げた。
「あーいや、直接でどうにかしてくれってんじゃねーよっ。こーアドバイスが欲しいというかなんかいいアイデアがないかとなっ」
「アイデア?」
「そう、マスターがあんだけ不機嫌な理由は分かってるんだろ。だったらもうすこし気分が上昇するような何かを渡すとかさ」
 と言ってから、カリンの冷たい視線にエルは気づく。
「いや、物でつろうって訳じゃないんだ。ほら、マスターが機嫌悪いのはあの坊やの事なんだからさ、少しはマスターを安心させる為に何かあの坊やに頼めないかなって」
 それでやっとカリンもちゃんと話を聞く事にしたらしく、ため息をついて傍の椅子に座った。
「例えばさ、ありがちだけどあの坊やから髪の毛すこし貰ってきてさ、それを瓶か何かに入れて渡すとか」
「前にシーグル様が髪を切った時フユが入手して、それを使って指輪を編んだものがある」
「え? なんだそれ、こっそりそんなの作ってたのかマスターは。ヘンタイぶりは流石っちゃ流石だな。あーんじゃえっと、これも定番であの坊やに手紙でも書いてもらうとか」
「ここでそんな物を読まれたら、余計ボスの感情を煽るだけだと思うが」
「えー……じゃもう、アリエラに言って坊や連れて来て会わせるしかっ」
「それをやったら折角自分を抑えているボスも抑えがきかなくなる。シーグル様を閉じ込めて……長期的にはいい結果にはならないだろう」
 最後の案はため息をしてから冷たく冷たく言い放たれて、エルはがっくりと項垂れた。
「あーもうっ、どうすりゃいいんだよっ」
「ボスご自身が葛藤で苦しんでいるのなら、我々は黙っている事しか出来ない」
「あーもうっ、あの坊やが無事戦場から帰ってくるまでずーーっとこのままって事かよー」
「それも部下としての務めだ」
 エルの心からの叫びは、やはりカリンの冷たい視線で萎れるしかなかった。



☆☆それは実は……☆☆ (3/3)※ランダム表示

 黒の傭兵団の長、セイネリア・クロッセス。
 名前を聞くだけで恐れられるその男は、現在、彼の最愛の青年が戦場に向かうという事でとてつもなく機嫌が悪かった。
「ボス、このところずっと部屋に閉じこもってらっしゃいますので、久しぶりに外に出てみるのはどうでしょう?」
 この傭兵団で、機嫌の悪いセイネリアに自分から声を掛ける人間といえばカリンくらいしかいない。セイネリアは見下ろしてくる部下の顔にちらと目を向けると、ふぅと彼らしくなく大きく息をついた。
「そんなに俺は機嫌が悪そうにみえるか?」
「はい。……それに、その理由が分かっている分、私にはどうにもできませんから」
 それでセイネリアは僅かに口元を自嘲に歪める。
「そうだな、少しはここの馬鹿明るい風景でも見れば気がまぎれるか」
 そう言って立ち上がったセイネリアににこりと笑って、カリンは彼と共に団の外へと出かけた。

 その日の天気は快晴であっても、思ったより気温が上がらず、風のせいで歩いていてもそこまで不快な気候ではなかった。それもあって、カリンが声を掛けたというのもある。
 昼前の街は港以外は割合と静かで、それでも街中へ行く事はせず、カリンとセイネリアはそのまま高台から海岸へ続く道を歩いていた。黒い服の彼らは白と青のコントラストに彩られた街中では目立ちすぎるものの、林沿いを歩いているならそこまで悪目立ちするという程でもない。日陰の中、心地よい風に吹かれて歩いていた二人は、だがそこで、街中ではなく高台にある小さな神殿に人が集まっているのを見つけた。
「あれはなんだ?」
「あぁ……あれは、結婚式ですね。あの神殿は愛の女神サネルの神殿ですから」
「それは、知らなかったな」
「あそこは信徒が押し掛けるようなところではなく、一人か二人でこっそり祈りにくるところですから」
「成程」
 その風景を自嘲じみた表情で見つめている主を見て、カリンはここに連れてきたのは失敗だったかと思う。シーグルが結婚した事を主が思い出してしまったかと心配する。だから今度は努めて明るい声で、彼女は少し話の方向を変える事にした。
「そういえばここアッシセグでは、サネルの神殿で結婚した夫婦は、夫が妻に指輪を渡す風習があるそうです」
「指輪?」
「えぇ、自分が契約した『知らせの指輪』です」
「それは何だ?」
「サネルの『知らせの指輪』はその指輪の契約者と命が繋がるのです。船乗りの夫が海に出ている間、その安否を妻に一番に知らせる為にという意味で指輪を送るそうです」
 そこまで言ってカリンはふと思う。大切な人が無事かどうかが分る指輪――戦場に行くシーグルの安否がすぐに分かるように、それを主が持っていればいいのではないかと。
「どうした?」
 黙ってしまったカリンにセイネリアが声を掛ければ、カリンは穏やかな笑みを浮かべて主に答えた。
「いえ、ただ私がボスの為に出来る事を思いついただけです」


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 本編で出ていたあの指輪は、実はカリンの思いつきでした。

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