<占い師編> セニエティの路地裏には、魔法アイテムを売る魔法使い見習達が露店を出す通りがある。 その露店をちらちらと見ながら歩いていた、茶色の髪と瞳の小柄な神官は、見知った顔を見つけて顔に笑顔を浮かべた。 「ばぁちゃん、元気だったかー?」 「おやウィア、久しぶりだね、最近どうしたんだい?」 「おー、久しぶりー。いやいや、もう俺、ばぁちゃんの占い聞かなくてもいい身分になったモンでね」 「ほう、とうとう恋人が出来たのかい?」 「おう、もうラブラブ真っ最中だぜー」 「でも、それなら恋人との行く末を占ってはみないのかい?」 「え? いや、ほら、いいんだよ、折角今が幸せなのに、わざわざその先知らなくても……」 「ははは、怖いんだね。いいんだよ、安心おし、お前さんとその恋人は相性ぴったりさ。二人の気持ちが離れる事はないよ」 「おぉぉお、やっぱり、やっぱりかー。そうだよな、俺とフェズが別れる筈なんかないよなっ」 「……でもね、お前さんはその人と一緒にいる事で、たくさん辛い思いもする、嫌なモノを見る、苦しい決断をする事になる。先の道は決して幸せなだけではないよ」 「そっか。……うん、でもそれはいいよ。そんなの生きてりゃだれだっていろいろあるんだしさ。どんな大変な目にあったって、好きな人とは一緒にいられるなら、それだけで幸せの一番大切な条件は満たしてるんだしさ」 「そうかい」 「そうだよ、考えても見ろよ。逆に、一生苦しまない代わりに好きな人が側にいないって方がずっと不幸だろ?」 「あぁ、そうだねぇ……」 「それにさ、多少は人生あれこれあった方がおもしろいだろ、苦しくても辛くても、だからこそ幸せだって感じる事が出来るモンなんだぜ」 「そうだねぇ、お前さんみたいに考えられたら、幸せになれるだろうね」 「そうだよ、俺は絶対に幸せになるんだから」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ セニエティの路地裏には、魔法アイテムを売る魔法使い見習達が露店を出す通りがある。 その道を明らかに急いでいるだろう歩調で歩く、一人の騎士。彼の纏う銀色の甲冑は、そこらの冒険者が着ているのとは全く違う魔法鍛冶製だという事は、少し魔法を齧った者ならすぐに分かる。そしてそんなモノを身に付けているなら、旧貴族の当主か跡取だろうという事も。 彼は、人の間をすり抜け、やっとその通りを抜ける。だが、ふいに引かれる感触がして、足を止める事になってしまった。 振り向いたそこには、あたまからすっぽり紫のフードに覆われた老婆がいた。 「そこの騎士さん、占いはどうかね?」 「悪いが急いでいる。それに、別に占ってほしいものはない」 「少し話す程度さ。あぁ、私の専門は恋占いでね、誰か占ってほしい人はいないのかい?」 「それなら尚更用はない。俺には意味のない話だ」 「必要がない、ではなく、意味がないと言うのかね。あんたは好きな人はいないのかい?」 「いない」 「でも、あんたを好いてる人はたくさんいるだろ?」 「……いても、意味がない」 「本当に?」 「あぁ」 「本当に、全てをそれで切り捨てるのかい? あんたが気づけば世界が変わるのに」 「何がいいたい?」 「さぁね。ただ私に分かるのは、あんたに向けられた愛を一つでも信じて受け入れれば、あんたの苦しみはずっと減るという事だけさ」 「意味がない。俺の役割は決められている、変える気はない」 「あんたは、何故、苦しい道ばかりを選ぶんだい? どうすれば楽になれるかなんて分かっているんだろう?」 「楽な道を受け入れるなら、俺は、俺でなくなる。俺を捨てるしかない」 「そうかい……でも、苦しいなら逃げる事も時には必要だよ?」 「話は、それだけか?」 「あぁ、そうだね。これ以上は言わないよ」 「ならこれは代金だ、足りるか?」 「十分さ、ありがとう。……急いでるところを呼び止めて悪かったね……て、もう、聞こえないかね」 「あの坊やは……自分の心だけを守ってきたから、自分が自分でなくなるのが怖いんだね」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ セニエティの路地裏には、魔法アイテムを売る魔法使い見習達が露店を出す通りがある。 人を探してその通りへ向かっていた、薄茶色の長い髪の少女めいた顔立ちの青年は、老婆が坂道を重そうな荷物を持って歩いているのを見つけた。 「あ、お婆さん、大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫さ、ありがとう」 「荷物お持ちしましょうか?」 「ありがとう、じゃ、そこまで持っていってもらえるかね」 「はい」 「おや、お前さん、見た目よりも力はあるんだね。おやおや、よくみたら騎士様なんだね」 「え? あ、その、はい、一応、そうなんですが。騎士というのは名ばかりで、誰も助けられず、助けられてばかりです」 「そうかね? でも、お前さんが助けたいって気持ちがあれば、いつかきっと大切な人を助けられるよ」 「そう、でしょうか。私はあまりにも無力で……」 「無力なんかじゃないよ。お前さんじゃなきゃ助けられない人がいるだろ?」 「……」 「いいかい、忘れてはならないよ。何も出来ないなんて思っちゃいけない、自分が無力だなんて思っちゃいけない。もっと自信を持って、自分が出来る事を精一杯やれば、いつか大切な人を助けられるようになるよ」 「そう……だといいのですが」 「あぁ、ついたね、ありがとう。私はね、ここで占いをやっているんだよ、また何かあったら話しにくるといいさね」 「はい、いろいろありがとうございます」 「何言ってるんだい、礼を言うのはこちらの方だろ?」 「いえ、でもその、貴方の話で、少し自信がつきました、ですからお礼を言わせてください」 「そうかい? あんたは優しい子だね。でもね、優しさで心を痛めるだけでは相手を助けられないんだよ、覚えておくといい」 「そうですね、はい、分かりました」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ セニエティの路地裏には、魔法アイテムを売る魔法使い見習達が露店を出す通りがある。 そこを通り掛かった、全身黒い甲冑を着込んだ黒髪の男を、皆は皆視線を逸らして見ないようにしている。 その中で一人、紫色のフードを被った老女が声を掛けた。 「もしもし、そこの人、ちょっと話を聞いていかないかい?」 「占い師か、珍しいな」 「ふふ、私のは神官様の予知とはちょっと違うよ、いわゆる恋占いって奴さ」 「そうだな。……おもしろい、聞いてやる」 「……あんた、好きな人がいるんだね。それも、並大抵の好きじゃない、強い、強い想いだ」 「……それで?」 「やめておきな。あんたの想いは叶わないよ。あんたの想いは、その人を焼き尽くすか、あんたがただその想いを殺すしか道はないよ」 「……」 「悪い事は言わない。あんたはその人以外なら何でも手に入るだろう、けどね、その人の心だけは手に入らない、そういう星の巡りなのさ」 「なるほどな、インチキ占い師という訳ではないらしい」 「もう、行くのかい? まだ話はあるよ」 「いや、もういい。分かっている事を聞くのは飽きたんでな」 「分かっているのかい? なら何故……」 「分かっていても、それしかない。俺も、人である限りな。いくら愚かでも、感情は捨てきれないものらしいからな」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ --------------------------------------------- 小話には珍しい、ちょっと切ない内容ですね。 |