親愛なる魔物様へ





  【9】




「んー、久しぶりにお腹一杯、かな」

 散々やりまくってこちらは起き上がるのさえ億劫なのに、能天気に魔物は言うと、背伸びをして勢い良く起き上がった。
 どうやら、起き上がる気力さえ奪われているのはリーンも同じようで、彼もぐったりと地面につっぷしながら魔物を見上げている。

「やっぱり若者二人から絞れるだけ絞れば、流石にたっぷり楽しめるね。ほんと丁度良かったよ」

 上機嫌で言う魔物の言葉には、溜め息しか出てこない。
 ファルスは同じくぐったりしているリーンを見ると、ご愁傷様と口の中で呟いた。
 だがリーンは目が合うと、ぼそりと一言、ファルスが想像もしなかった言葉を呟いた。

「俺、惚れたかも」
「えぇ? 誰に」

 そう返したファルスだったが、魔物を見上げる熱っぽいリーンの視線を見れば、答えを聞く必要はないとすぐに分かる。
 いや確かに、美人だけどさ。
 確かに、最中はすごく気持ちは良かったけどさ。
 と、思っても、ファルスはこの状態になってアレに好意を寄せる気持ちが全くわからない。自殺願望でもあるのだろうかと思うくらいだ。

 だが。

 機嫌よく座り込んで手で赤い髪を梳いている魔物を見ると、我知らずファルスの口からは溜め息が出てくる。
 魔剣に魂を移すのに付いていこうとするくらい、魔物はかつての主の魔法使いを好きだった。この小憎らしい魔物が、あんなに泣きじゃくるくらいに好きだったのだ。
 その姿を見たら、ファルスは思ってしまったのだ。
 どうにかしてやりたいなんて事を。
 あの魔法使いの話では、剣と剣の主が一体化するくらいに集中出来れば、中の魔法使いの意志を受け取り易くなるという事だった。だから、ファルスがそうなれるようにがんばれば、剣の中にいる魔法使いの意志を感じられるようになるんじゃないかと。
 それが、今まで冒険者になろうとして一線を踏み越えきれなかった、ファルスの背中を押したのは確かだった。

「でも本当に下僕を増やしたのは正解だったかな。なにせお前の方も、いつもよりも随分やる気出てたみたいだし」

 にやにやと笑って見下ろしてくる魔物に、ファルスは顔を引き攣らせる。
 実はさっきのことを思い出すと、自分でも自分が信じられないくらいではあったのだ。いやあんなの見てて興奮しない男はいないだろ、と自分に言い訳をしてみても、思い出すだけで顔が赤くなるくらいには自分らしくなかったという自覚はある。

「うるさい……てか、他の人間にもお前が見えるように出来るなんて、俺は聞いてないぞ」
「それは僕からちょっと下僕契約というか、体液の交換をしたからね。お前とあいつは僕の魔力供給の為の携帯食料って訳」

 当然のことのようにけろりとした顔で魔物は言ってくる。
 だが、ファルスの方としては、少し話が違うと思うのだ。

「まて、俺は剣の主で、お前の主じゃないのか?!」
「あぁ、それなんだけどね」

 魔物が益々楽しそうに笑みを深くする。
 魔物らしいその妖艶な笑みは、魅力的ではあるものの、ファルスには嫌な予感しかさせなかった。

「記憶戻って分かったんだけど、僕の主は、剣の中にいるオリベラのままなんだよね。だからお前達との契約は、ちゃんとした主従契約じゃなくて、ただの僕のお手つき。ってことで下僕契約」

 笑顔の魔物を見る、ファルスの顔が引き攣る。

「でも俺は、剣の主なんだよな」
「うん、剣抜けるようにしちゃったからね」
「でもお前にとっては……」
「下僕」

 びっと指を刺してまで追い討ちのように言われれば、ファルスは心で涙を流す事しか出来ない。

「ファルス、あれだ、抜け駆けはなしだ。お互いフェアに勝負といこう」

 リーンは何か勘違いをしているようで、ファルスは頭を抱えた。

「ほら、お日様はまだあんな高いんだから、いつまでも寝てるなよ。早く人がわっさわっさいるとこいくぞー」

 一人だけ元気な魔物が、体力も気力も残数0に近いファルスの頭を蹴る。
 その言葉に気合を入れて、足元をふらつかせながらもリーンが立ち上がるから、ファルスもいつまでも寝ている訳にはいかなくなる。
 立ち上がれば、空は青いのに全然さわやかな気がしない。
 背中に背負い直す力もなくて、魔剣を杖代わりにして歩くファルスに、魔物が文句を言いながらその背中を蹴る。

 出発直後でこの状態は、あまりにも予定外すぎた。
 この分では、日が落ちるまでにこの森を抜けるのも無理な気がする。

 日ごろの訓練的な問題で、歩くリーンに追いつくのさえやっとのファルスは、後ろで急かす魔物に聞こえるように愚痴を零すしかなかった。

「そんなに急いで行きたいなら、最初の時みたく飛んでいけばいいんだ……」
「いいけど。使った分の魔力補給に、今晩じっくりやれるんならさ」

 ファルスは顔を青くした。気力を振り絞って足をきびきびと動かしだす。
 魔物は楽しそうに笑い声を上げて言った。

「ま、このまま歩いてた方が、お前ももうちょっと体力つくだろ? 何事もまずお前は体力がないとな。剣の方も、あっちの方も」

 ファルスは空を仰ぎ見た。
 自分は少し早まったのかもしれない。
 とにかく、ヤリすぎて死ぬのだけは嫌だと心で叫ぶしかなかった。




END


---------------------------------------------

魔剣の説明とか魔物の過去とかの話いれようとしたら、無駄に長くなりました。
2話でHして終わりのが良かったかなと思わなくもなかったり。
なんかこれで魔物が♀だったら、よくあるエロゲ的なノリっぽいですよね。
喘ぎセリフもそのノリでやってたらちょっとやりすぎた感が……。
完結、ですが、気が向いたら続編書くかも?






Back  


Menu   Top