それはすべて小さな奇跡





  【4】




 青い空に、目立つ明るい光がはじける。
 それが、続いて3回。

 リパ神官の術としては基礎である、瞬間的に光を作り出す術。通常目くらましなどに使われる事が多いこの術は、石を媒体にして放り投げ、空ではじけさせる事も可能だ。そして、その光はよく、助けを求める冒険者達の信号にもなっている事で知られている。

「村まで届いたでしょうか?」
「あれだけ派手な光なら多分大丈夫」

 下から空を見上げて二人は話す。

「村の人に伝わらなくても、これなら見た冒険者の誰かが駆けつけてくれるかもしれませんしね」
「うん、そうだな」

 村への道のりを使う冒険者はそうそうにいなくても、このあたりの森や山に狩りや調査に来ている人間は多少はいる筈だった。
 盗賊の連中は多くない、自警団が油断していなければどうにかなる。これで、急いで彼らよりも先に村に着けなかったとしても、どうにか最悪の事態にはならなくて済むと思われた。
 肩の荷が降りたシェスは、がっくりと座り込んだ。

 けれど彼は、重要な計算違いをしていたのだ。

 かなり無茶をした自覚があった分、シェスは盗賊達よりも相当先行して村に近づいていると思っていた。
 あの時みた男達の歩くペースから考えれば、その読みは間違っていない筈ではあった。
 だが、男達は途中で村の様子を調べさせる為に、山道慣れしている二人を先行させていた。当然その二人の上がってくるペースはシェスの予想の範疇外で――光を空に投げたその時にはすぐそばにいて、当然そこに彼らは向かった。

「坊や達、余計な事をしてくれたね」

 二人のうちの一人、シェスに道を聞いていた男が、剣を抜いて少年達に近づいてくる。
 人の良さそうに見えたその顔に、邪悪な笑みを浮かべて、殺気を身に纏って。
 自分の人を見る目のなさに自己嫌悪を覚えながらも、シェスはとっさに彼らに勝てない事を理解した。
 だからシェスとペインは武器を向ける彼らに向かって、黙って手を上げるしかなかった。







「少し雲行きが怪しくなってきたか。山の天気は変わりやすいたぁ良く言ったもんだ」

 洞窟の入り口にいる、おそらく見張りの男の声が聞こえて、いっそ嵐が来てくれないものかとシェスは思った。
 嵐が来れば様子見に村へ行った者が遅れて時間稼ぎが出来る。嵐に気を取られて、こちらへの注意がおろそかになる可能性がある。

 現在いる洞窟は、どうやら男達が根城にしている場所らしく、中の様子にはそこそこ生活感が感じられた。
 シェスとペインは、そこに両手首と足首を縛られて地面にころがされていた。ただし、ペインは手首だけで、両足首を縛られていない。神官の子供など逃げられる筈がないという考えと、リパ神官のような戦闘能力のない人間は虐待した場合の罪が重くなるから、言い逃れ用も含めてだろう。
 見張りを入れて、今この中にいる男の人数は4人。
 村へ様子を見に行っている男は2人。
 男達の話からすれば、シェス達の所為で村の連中が警戒している可能性が高い為、今日即の襲撃は一端中止にしたらしい。ただ、村の様子や警備戦力を見てきて、状況によっては交渉に使えるのではないか、という事で、一応はシェス達二人は無事なままにされているという事だった。
 あとわかった事といえば、どうやら男達は村をただ襲いに来たという訳ではなく、村にある何かを盗みに来たらしい。……シェスの知るところでは、村にそんな価値があるものがある話などと聞いた事はないが。
 ともかく、少なくとも偵察の男達が帰ってくるまでは殺される事はない、というのはわかるが、逆を言えば、逃げるなら偵察が帰ってくるまでにしなくてはないと言えた。
 外にさえでられれば、このあたりの地理に自信があるシェスにとって、逃げきれる可能性は低くない。村まで行ければ、男達の戦力を教えて撃退する事だって可能だ。
 どうにか、隙をつけないものか。
 シェスはじっと男達の様子を伺っていた。
 男達は、あるものは武器の手入れをし、ある者は干し肉を噛みながら綱を編んでいる。奥にどっしりと構えて、酒を飲んでいる男はリーダーなのだろう。
 遠くで雷がごろごろと唸る音が聞こえた。

「ち、雨になるな」

 男達の一人が呟く。

「あいつらは大丈夫かな」

 舌打ちをした男が言う。

「まぁ一時的なモンだろうしな、どっかで雨宿りしてくっかもな」
「ンだなぁ。よかったな坊主達、多少猶予は延びたみたいだぞ」

 男達は笑う。
 暫くすれば、洞窟の外から明らかに雨音が聞こえだして、本格的に雨が降ってきたのだというのを中に知らせる。
 チャンスがあるとしたら今しかない。
 シェスは地面に転がったまま身じろぎする。もがくように体をよじらせる。

「なにやってんだこのガキは?」

 男の一人がやってきて、シェスを蹴る。

「ツゥッ」

 どうやら蹴られた拍子にシェスは頭をぶつけたらしく、額から血が流れた。

「くそ、面倒だな」

 男が顔を顰めた途端。

「あの、私に彼の治療をさせてください。治癒術だけしか使いませんので、石を返してください」

 男達は顔を見合わせる。

「……まぁ、交渉に使うとなったらケガあっちゃまずいしな、どうせリパ神官じゃ危険な術は使えねぇだろうし。いいんじゃね?」

 術を使えないように取り上げていたリパの聖石は、リーダーの男が持っている筈だった。だから男達がそのリーダーの男に一斉に視線を向ければ、石のついたネックレスが投げられる。
 受け取った男はそれをペインの首にかける。

「いいか、治療だけだぞ」
「ありがとうございます」

 ペインは受け取り、シェスの額に手をかざす。
 見る見るうちに傷は癒えて、見ていた男も思わず感嘆の息を漏らした。
 だが、その後。
 薄暗い洞窟の中が、まばゆい光に包まれる。
 その光に気をとられている間に、ペインはシェスに事前に耳打ちされていた、彼のベルトの裏から小さなナイフを抜いて、彼の足首の綱を切った。
 立ち上がったシェスはペインを引っ張って外へ逃げようと走る。
 だが。

「残念でした」

 入り口近くにいた男が、二人の前に立ちふさがる。
 シェスは男の隙を伺って立ち止まったが、時間がないのも理解していた。後ろで男達の声が聞こえる。彼らが完全に復帰する前に逃げなくてはならない。

「ペイン、逃げろよっ」

 言ってシェスは男に向かって体当たりをする。
 けれども、小柄な子供の体では、男を倒すところまではいかない。それでも、ペインが男を通り抜けるだけの時間はあった筈だった。

「逃げンな。このガキ殺すぞ」

 腹を殴られ、地面につっぷすシェス。
 痛みに悶絶しつつも顔を上げれば、ペインは逃げずにその場に立っていた。
 シェスのそばに座り込んだペインは治癒の呪文を唱える。

「馬鹿……逃げろっていったのに」

 目が戻った男達が後ろから近づいてくるのが見えた。
 シェスは悔しさに歯を噛み締めるしかなかった。

「ったくこのガキは……お仕置きが必要だな」

 うずくまっていたシェスを持ち上げてそう言った男は、シェスが体当たりをした男だった。
 男はシェスを引きずって、洞窟の奥へと入っていく。

「ほら、てめぇもくんだよ。この坊主殺されたくないだろ?」

 言われたペインもおとなしくついてくる。
 なんで逃げないんだと思って歯噛みしても、心配そうな顔の彼を見れば、シェスは文句がいえなくなる。
 男は奥までシェスをひきずっていくと、先ほどまでいた場所にシェスを投げすてた。

「おい、坊主の足縛っておけよ」

 だが、投げた男がそう言えば、リーダーの男がそれを否定する。

「いや、縛らなくていいぞ」

 男達がリーダーに視線を向ければ、髭だらけの顔に不気味な笑みを浮かべて、彼はシェスに告げた。

「雨が降ってる間の暇つぶしだ。的あてゲームでもしようじゃないか。的はもちろんその坊主でな。丁度その坊主が持ってたナイフもある事だしな」

 男達は一斉に笑う。
 シェスは強張った顔で男達を見返した。

「ケガさせてもこっちの神官様が治してくれるだろうし、坊主はこの神官様を見捨てて逃げられない、神官様は坊主を見捨てられない。目くらましなんてのが使えるのは一度だけだってくらい、この神官様もわかってるだろうしなぁ」

 ペインは男達に押さえられている。
 顔を青くしてシェスを見ている彼の顔に、シェスは心配しないように笑って見せる。

「ほら坊主、さっさと立ちなっ、逃げないと痛いぞっ」

 そういって投げられたナイフを、シェスは転がりながら起きあがって避ける。

「なかなか動きはいいな、がんばれ坊主」

 更に別の男がナイフを投げる。
 シェスはそれも避ける、が、逃げ場が少ない洞窟の中では、更にくるナイフを避けるのに再び倒れ込む。
 男達は笑って口々にはやしたてる。
 シェスは急いで立ち上がって、男達の方を向いた。
 男達は皆ナイフを構えている。誰が投げてくるのか分からない。
 投げる振りをすれば逃げようと腰を落とすシェスを見て、更に男達から笑い声があがった。
 けれどそこで、意外な声が、はっきりとはやしたてる男達の声の中から聞こえた。

「ねぇ、みなさん、どうせ暇つぶしなら、もっと楽しい事がありますよ」

 男達の間に一瞬、沈黙が降りる。
 それから、男達に取り囲まれているように立っている、小さな神官の少年に視線が集中する。
 ペインのその顔には、先ほどシェスの顔を見ていた時のような不安そうな気弱な少年の面影はなかった。
 彼はにっこりと男達を挑発するような笑みを浮かべ、一番そばにいた男に寄りかかる。

「実は私、神官になる前は体でのご奉仕が仕事だったんです。ですから、あなた方を楽しませる自信はありますよ。……ねぇ、こんなところに男だけでいたんじゃ溜まってるんじゃないですか? 暇つぶしとしては、私と遊ぶ方が楽しめると思うんですけど」

 言いながらペインは、寄りかかった男の股間に、縛られたままの手をのばす。
 触られた男はごくりと喉を鳴らした。

「へぇ、それが本当なら確かにおもしろそうだ」

 リーダーの男が言えば、ほかの男達も口元に嫌な笑みを浮かべる。

「おい、そっちのガキの足縛っとけ、それで、神官様の方は縄解いてやんな」





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4です。やっと次がHです。
ペインの過去はラストで。



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