駆け出し騎士の仕事事情
初心者騎士シーグルが初めて大人数パーティに参加する話。



  【3】



 自己紹介と軽い打ち合わせをした後、10人パーティになった一行は雇い主との待ち合わせの場所へと移動した。
 打ち合わせにちょっと時間が掛かったのもあったせいかついたのはこちらのパーティがラストで、ずらりと既にきていた20人以上にじっと見つめられるのはなかなかに気まずいものがあった。しかもシーグルの思い過ごしでなければ、その視線は好意的なものではなく、更にはこちらのパーティというより自分に向けられている気がした。

――やはり向こうの皆も、俺を見ただけで貴族だと分かったのだろうか。

 だから、実力もない貴族のボンボンがメンバーにいて外れだと思われた、とか。だがそれに追い打ちをかけるように、冒険者達の向こうにいた馬に乗った人物が声を掛けてきた。

「これはこれは、シルバスピナ家のシーグル様ではありませんか」

――最悪だ。

 シーグルの顔が思わず引きつる。周りの視線が痛い。
 こちらを見てすぐに馬を降りたその人物をシーグルは知らなかった……が、そこですかさずグリューが耳打ちしてきた。

『今回の雇い主だよ、結構名のある商人だとさ』

 それなら自分を知っていてもおかしくはないか――シーグルは思いつつ溜息をつく。シルバスピナ家の領地であるリシェは国内の大商人達が集まっていて商人組合が力を持っている商人の街である。だからリシェの商人でなかったとしてもリシェには何度も来ていておかしくはない。自分の顔を見た事がある、というのも十分あり得る。

「冒険者として働いていらっしゃるというのは本当だったのですね。これはこれは頼もしい、私はなんと幸運なのでしょう」

 商人らしいやたら愛想のいいおべっかに、正直シーグルはかなり苛ついていた。それでもここで揉める気はないから黙って聞き流せば、相手はいらない気ばかり使ってくれる。

「そういえばシーグル様は馬ではないのですか? でしたらすぐに馬の手配をさせます。私めだけが馬に乗るなんて出来ませんので」

 そこで黙っていたら本気で馬を用意しそうだったので、さすがにシーグルも声を出した。

「今の私はあくまで貴方に雇われた冒険者です、そう接して頂きたい。他の方々と同じ扱いで構いません」

 それにも向うは『いえいえそんなめっそうもない』とか『それは流石にできません』とかいろいろ言ってきたが、シーグルも苛ついていたので睨んでしまえばようやく黙る。
 勿論シーグルは皆と合わせるためにわざと馬に乗って来ていないのだ、だから放っておいて欲しい。
 そんなやりとりの最中も皆の視線が痛い。本当に、シーグルは特別扱いされたくなどなく、ただ単に皆と同等の立場として仕事をしたいだけだった。しかも今のでただの貴族というだけではなく、へたをすると旧貴族という事までバレたかもしれない。名前だけで自分がリシェの次期領主というところまで分かった者もいたかもしれない。

 考えれば考えるだけシーグルはまた落ち込むしかなかった。







 仕事開始……と思った初っ端でそんなやりとりがあったせいか、シーグルとしてはこちらのパーティでの馴染めなさ以上に、他パーティの人間とは更に気まずかった。当然、会話をする機会なんかある訳がない。
 それなのに視線は感じる。すごく感じる。
 いい加減それにも苛ついていて、何か言いたいことがあったら言ってくれ、と言いたくてもこれ以上空気を悪くする訳にもいかず黙るしかなかった。とにかく今のシーグルは自己嫌悪と気まずさと苛立ちで自分でもちょっとピリピリしすぎているという自覚はあった。

 勿論、そんなシーグルに、パーティーメンバー側もグリューとクルス以外で話しかけてくる筈もなく、これだけの人数のパーティーにあっても疎外感が酷かった。
 ちなみに。

「あの……シーグル様、主が夕食時は皆と別にお話をしたいと申しておりまして……」
「先程も言った筈だ、今回の仕事に関する話なら他の皆と共に話を聞く、だが俺との個人的な話というのであれば断る」

 雇い主の商人がシーグルと個人的につながりを作りたいらしく、休憩地点が近づくたびにこうして懲りずに部下を寄こしてくるのだ。しかも次の休憩は今夜の野宿場所だから、絶対にまた言ってくるだろうというのは分かっていた……が、食事時なら尚更嫌だ。
 そうして何度目かの溜息をシーグルが吐けば、前を歩いていたグリューがちょっと足を緩めてこちらの横に来た。

「俺にいー考えがある、任せとけ」

 得意気な顔でウインクまでして彼はそう言った。
 シーグルは驚いたが、彼を信用していたのでとりあえず、あぁ、と了承を返す。実をいうとこの時点でのシーグルは、雇い主のしつこい誘いに関して何か手を打ってくれるのか程度に思っていたのだが、グリューはもっとこちらの事をいろいろと考えてくれていたらしかった。
 日が少し落ちかけ、今日の野宿予定地を決めたところで、食事の支度を始める前にグリューはこう宣言したのだ。

「あー他のパーティの連中とも話し合ったんだが、まだこの辺は危険も少ないしやっぱ最初の夜って事で今日の夕食は交流会を兼ねて軽ーく宴会ぽくしようって事にした。勿論雇い主にも了解を得てる」

 それには、おぁーと、皆から歓迎ムードの返事が返る。

「まだ初日なら街から持ってきた食材もあるしな、今日は猟もなしですぐメシの準備をして宴会だ。といっても酒は一人1〜2杯くらいしかないんだけどさ」

 それに笑いつつ、茶化すような文句の声があちこちで上がる。ただそれで皆の顔は明らかに楽しそうになったし、場の空気が明るくなった。

――グリューのいい考えとはこの事だったのか。

 確かに宴会となれば、雇い主も個人的に話そうなんて言いにくいだろう。それに自分が皆に馴染めてないのも考えての事だとシーグルは理解していた。ただし、宴会だからといっていきなり皆と仲良く出来るかは自信がなかったが。

「んじゃさっさと宴会準備しちまおうぜ」

 誰かが言えば、皆立ち上がって動き出す。そこでシーグルも、グリューやクルスとの仕事だとよく水汲みに行っていたのでそうしようとした、のだが。

「力仕事はこちらでしますので、大丈夫です」

 他パーティーのいかにも体格の良さそうな戦士5人組にそう言われては、シーグルも無理についていくとは言えない。
 なら焚火用の小枝でも集めてこようとすれば。

「今夜の分は十分あるから大丈夫です」

 と言われてしまった。だから考えて、今日の料理は切り分けるだけが多いという声を聞いてそちらへ行ってみたのだが、そちらも人手は間に合っていると断られてしまった。
 火をつけるのはグリューとその友人達がやっていて、見たところシーグルが手伝う必要はなさそうだった。
 狩人達は周囲を歩いて結界を引いていたが、勿論シーグルがそれを手伝えはしない。冒険者の野宿なら天幕を張る事もないし、いつもならあとは他の人間の分まで武器の手入れをしておく……くらいなのだが、この人数全員のを引き受けるのは無理だし、まだ戦闘を行ってないからそこまで手入れも必要ない。それにそもそも自分の武器をまだ出会って間もない人間に預ける人間なんかいないよな、といろいろいろいろシーグルは考えたのだが……結局手伝う事が思いつかなくて、座り込んで自分の武器の手入れをするしかなかった。

 ただ幸いな事に、その気まずい時間はそこまで長いもでのはなかった。

「よっし、始めンぞ、皆集合〜」

 そう声が上がって、シーグルは火の方へ向かった。流石にこの人数になると1つの火を全員で囲む訳にはいかないからパーティ毎、10人づつに分かれる事になる。雇い主は思った通りこちらのパーティに交じってきたが、それでもグリューとクルスがシーグルの隣に座ってくれたことでずっと話すという事態は避けられた。
 そうして皆が座ったところでグリューが前に出ていく。
 ただそれには一部困惑の声も上がっていた。その理由はどうやらグリューも分かっているらしく、だから彼の第一声はその説明からになった。

「えー、こうして揃ったのに乾杯の酒が配られてないとは何事か、と皆思ってるかもしれないが、まだ空は明るい訳だし先に余興をしようと思うんだ」

 それにはあちこちから声が上がる。
 大半はその余興がなんなのかという声だが、先に酒を出せという事も多い。だがそれらの声も次のグリューの言葉でぴたりと止んだ。

「交流会、というかやっぱ一緒に仕事をする事になるなら相手の何を一番知りたいかっていやその腕だろ。ってことで腕っぷし自慢さん方で軽く手合わせといこうじゃないか」

 今度は周囲から、おぉっとどよめきの後歓声が上がる。早速戦士枠で入った連中が立ち上がりだしたからシーグルも立ち上がった。それにグリューがウインクしてくる。つまり、彼の言った『いい考え』はこれの事だったのだろう。




---------------------------------------------

今回は内緒話はなし。そしてまだ名前の出てないパーティメンバーを出すところまでは行きませんでした。
 しかし一対一の手合わせシーン書くの好き過ぎだろ……と言われても仕方ないところですが、今回はそこまでかっちり戦闘描写は書かない予定です。
 



Back   Next

Menu   Top