駆け出し騎士の仕事事情
初心者騎士シーグルが初めて大人数パーティに参加する話。



  【4】



 グリューが考えたいい事、それは戦力枠で参加した連中同士での余興としての手合わせだった。おそらくはシーグルが皆と馴染めるようにと考えてくれたのだろう……本当に彼は自分の事を分かってくれていると思う。
 確かにシーグルとしては話すより剣を交える方が楽だし互いに分かり合えると思う。なにせこちらなら緊張や変に考えすぎる事もない、
 剣を握れば、頭より先に体が動く。

「はじめっ」

 声と同時にシーグルは走った。シーグルが最初に剣を合わせる事になった相手は、シンジラという戦士登録の男だった。胴鎧をちゃんと着て片手剣とそこそこ大き目の盾という組み合わせな辺り、前に立って攻撃を食い止めるタイプの役目をしている人間だろう。そしてシーグルはいつも通りの両手剣だ。

「って、うぇっ」

 シーグルがすぐに飛び込むのは想定外だったのか、驚いた様子で彼は盾を前に出した。ただ焦り過ぎたせいか盾の位置が高すぎる。シーグルが腰を落とせば向こうは盾のせいでこちらが見えなくなる筈で、そこでシーグルの剣が相手の銅鎧を叩いた。勿論、これから仕事という時に装備に問題を起こさせる訳にはいかないから、叩くといってもかなり加減をしている。だからシンジラも驚いて軽くよろけるだけで倒れる事はない。だが、余興としての手合わせならそこまででいい。
 シーグルが引いて距離を取れば、勝敗を決める声が上がる。

「勝負あり、シーグル」

 判定役はこの余興試合を辞退したグリューだ。
 シーグルが剣を鞘に入れれば、彼はこちらににっと笑いかける。それと同時に、周囲からわっと拍手と共に声が上がった。

「すげー、速ぇっ」
「さすがシーグル様っ」

 と、男性陣のそれくらいの声はちょっと嬉しいくらいに思えたのだが。

「きゃー、いやー、すごーい」

 女性の高い声が上がって、シーグルはちょっと驚いた、というか固まった。声の方を見れば女性が5人……その内2人はこちらのパーティの戦士と狩人で、確か名前はタレットとティーフォと言っただろうか。
 考えればシーグルは仕事で女性と組んだのは初めてで、ついでに言えば屋敷で訓練をしていた間にも女性がいた事がない。少なくともシルバスピナを名乗るようになってからは、この手の声を聞いたのは初めてだった。

「いやー、シーグル様お強い〜」

――嫌、なのか? それとも褒められてるんだろうか?

 だからこそ彼女達の発言には困惑しかない。なにせ悲鳴みたいな声で『いやー』と言われたからには何かまずかったのかと思うではないか。とはいえ彼女達の顔はどうみても喜んでいるようで、シーグルはどう取ればいいのか分からなかった。
 そこで体勢を立て直したシンジラが目の前にやってくる。

「いやー……本当にすごかった。申し訳ない、甘く見ていた訳じゃなかったんだが、まずはそっちの出方を見ようと思ったら……気付いた時にはもう見えなくて叩かれてた。いや本当に、まさかその重い剣でここまで速いとは思わなかった」

 言いながら彼から手を出されたからシーグルはそれを握った。先程までの余所余所しい感じでない笑顔に、シーグルも唇が軽く綻ぶ。

「ったくルー、お前も人が悪いな、こんな凄い腕なら事前に一言教えてくれればいいだろが」
「ばっか、こういうのは口で言うより実際体験したほうが納得出来るだろ」
「まぁ、そりゃなぁ……」

 そうしてグリューと言い合っていたシンジラは頭を掻きながらまたシーグルの方に向き直った、今度は真面目な顔をして。

「ともかく、ぜひまた今度、仕事が終わってから改めて手合わせを頼む」
「ぜひ、こちらこそ」

 シーグルが返せば、シンジラは笑って皆の輪へ戻っていこうとしたのだが……そこで振り向いたシーグルは、少しばかり顔を引きつらせる事になった。

「よおぉっしっ、次俺な、俺とお願いしますっ」
「そん次は俺だ、このレベルの奴とやれるなんてまずねぇからな」
「おいバーラにコラストっ、お前はこっちのパーティじゃないだろっ」
「いいだろ、どうせ遊びなんだし」
「固い事いうなよ、余興っつったじゃねーか」

 別パーティーの戦士らしい者達と、ノノが揉めている。

「ウザー、部外者は向こういってなさいよ」
「ねー」
「んだとっ」

 しかも、ティーフォとタレットが火に油を注いでいる。
 さすがに総当たり戦なんてやってられないし、勝ち抜戦でやる程本気でやる訳でもないため、事前にグリューの提案で試合は同パーティー内での対戦と決めてあった。なので、彼等と今回試合をする予定はなかったし、シーグルもする気はなかった。……勿論、やれるならやりたいとは思うが。
 だからシーグルはちょっと頭を押さえてから、バーラとコラストと呼ばれた戦士の方に声を掛けた。

「俺もぜひ手合わせをお願いしたいところだが、今日は宴会前の余興だからあまり時間を取る訳にはいかない。だから仕事が終わった後に改めてお願いしたい。それにその方が思いきり出来る」

 これはすべて本心だ。シーグルとしては出来るだけいろいろな人間と剣を合わせてみたいが、なにせ今は仕事前だから相手も自分も装備を壊さないように気を付けなくてはならないし、怪我だって治癒で治せるレベルならいいが間違って大怪我をさせたら困る。
 シーグルの言葉に二人は顔を見合わせて、それからにかっと同時に笑った。

「そうだな、それじゃ……」

 だが彼らの言葉をさえぎって、ノノが前に出た。

「はいはい、部外者はあとでって事で、それじゃ俺の番な」

 言いいながらぶん、と一振りしたその剣は片手剣としても割合刀身が短めだが幅が広い。盾は小型だが、おそらく彼も戦士としては攻撃より守り側の人間だろう。ただ戦闘スタイルはシンジラとはかなり違う。受けるよりも受け流すタイプだと予想する、だから。

「はじめっ」

 グリューの声と共にシーグルは走り出す、今度は相手も同時に。ただやはり向こうはシーグルのスピードについてこれなかったらしく、届く位置に来た時にとりあえず出したような軌道の剣はこちらに掠りもしなかった。この時点で懐近くに入っているシーグルとしてはこれで勝負はあった……のだが、彼が銅鎧を着ていない軽装だったのもあって剣で叩く訳にはいかず、わざと剣を受け流せないくらいマトモに相手の剣にぶつけ、足で彼の腹を蹴った。
 それでノノは尻もちをつく、そこにグリューの声が掛けられる。勿論勝者はシーグルだった。

 その後も余興としての試合はいくつか行われる事になっていたが、シーグルの試合はそこまでだった。長くなると困るから最初に一人二試合までと決めてあったので、シーグルとしては少々物足りなかったが大人しく皆の輪のところへ戻る事にした。
 だが、戻ったシーグルを出迎えた皆は今度は一斉に話しかけてきて、それに対する受け答えくらいしか出来なかったが先程までと違って楽しく皆と話しながら他の試合を見る事が出来た。

「しっかし強ぇな、俺もシンジラも一瞬で負け過ぎてなんの見せ場もなかったな」
「いや、そちらも俺にヘタに怪我をさせないように気を使っていただろ、だからどうしても後手になる、あっさり勝てたのはそのせいもあると思う」

 実をいうと年下で貴族のシーグル相手では向こうも相当やり辛かっただろうとシーグルには分かっていた。せめてきちんと全身甲冑を着ていればまず怪我をしないから向こうもやりやすかっただろうが、シルバスピナ家の鎧を継ぐのはもう少し体が出来上がってからなため今は鎖帷子に追加装備程度だ。それで両手剣であるから対戦した側はどこを狙ったらいいか迷っただろうというのは分かる。
 だが皆はそれを言い訳にする事はなく、笑って話しかけてくる。

「いやいやあれだけあっさり勝敗がついたのは実力差があるからだ、そこは間違いない。あんたの歳であの動きってのは相当ガキの時から懸命に鍛えてたんだろ?」
「……実は正直言うとさ、貴族の若様じゃそこまでの腕じゃないんだろって思ってたとこはあったんだよ、だから本当にすまなかったっ」
「構わない、実際……俺はまだいろいろ足りない」

 いつの間にか言葉遣いも変わっていて、当然誰も様を付けなくなっていたことがシーグルは嬉しかった。

「シーグル様、本当に速かったです、それにとっても綺麗でした!!」
「本当に、うっとりする程!!」

 ……二人ばかり例外はいたが。ただ彼女達に関してはへたに何と言えばいいのか分からなかったので、シーグルはその声にちょっと引きながらも引きつった笑顔――になっていたかわからないが――を返す事しか出来なかった。

 ただそれですっかり皆と馴染めたので、勿論その後の宴会でも楽しく会話をして過ごす事が出来た。だから乾杯の後にシーグルはこっそり、自分に割り当てられた1杯分の酒をお礼代わりにグリューに譲ったのだ。



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小話は後は最後あたりくらいだけかな。
 手合わせシーンは抑えた……筈。
 



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