駆け出し騎士の仕事事情
初心者騎士シーグルが初めて大人数パーティに参加する話。



  【5】



 首都を出発してから5日。一行はやっと目的地であるジャコデダ山まで来ていた。道中では殆どが荒れ地を進んだのもあって皆で戦わないとならないような戦闘が起こる事態はなかった。勿論、狩人がいて夜はきっちり動物避けの結界を張ってもらえたというのも大きい。

 冒険者の仕事として、花形……というか腕に自信がある者なら一番やりたがる派手な仕事と言えば化け物退治である。それも大物であればある程名声を上げるには都合がいい。とはいえ当然危険な仕事ではあるから、いくら自信があっても無暗に受けていいものではない。

 だからその手の仕事を受ける時は、3つのポイントに気を付けるのが常識となっている。

 一つは、その退治する化け物に関する情報が揃っている事。調査に行った者や、倒しに行ったが諦めて帰ってきた者等がいて、彼等が持ってきた情報のせいで敵の強さや数などが正確に分かっている方が当然、仕事は成功しやすい。
 二つ目は、雇い主の財力や評判だ。例えば雇い主がケチだと必要な人数分のメンバーを集めようとしなくてギリギの戦力で挑む事になる。戦力は余裕がある方が当然成功率は高い。あとは普通に雇い主が文句が多かったり、嫌な奴だったりすると問題が起こるし、仕事のやる気的にもよくない。
 そして三つ目は、パーティメンバーだ。腕は評価ポイントでだいたい分かるが、性格は実際見てみないと分からない。大人数の中で数人、腕が足りなそうな者がいる程度ならいいが、あちこちで不和をを起こしてるような奴や、味方を盾にしようとする奴、味方を見捨てる――つまるところ仲間として信用出来ないような奴は一人でもいると敵並みに厄介だ。だから冒険者達は噂話には敏感である。酒場や冒険者事務局で情報収集したり、たまたま仕事で使える奴に知り合えたなら連絡を取れるようにしておく。互いに良い知り合いを紹介しあったりして、冒険者達のネットワークが作られていく。

 この視点で見ると、今回の仕事はかなり『いい仕事』だという。
 依頼主は金払いがいい商人で、更に言うとシーグルがいるからこちらの待遇でケチる事はまずないだろう、とグリューは言っていた。
 パーティーメンバーが皆信頼できるのは当然として、他のメンバーにも少なくとも悪い噂のある者はいないそうだ。
 ただ少しだけ心配をするなら今回の敵に関する情報が少ない事で、それでも敵が何かは分かっているし多めに人を集めているから大丈夫だろう、との事だった。

 だがシーグルは分かっている。
 シーグルに初めての大規模な仕事を経験させてくれるために、グリューやクルスが知り合いに声をかけまくって、仕事の方も厳選に厳選を重ねてやっと決めてきたという事を。

――やはり俺は、そんなに頼りないのだろうか。

 グリューとクルスがあまりにも気遣ってくれるから、そんなに普段から自分は二人に心配をかけているのだろうか、頼りないのだろうかと考えてしまう。おまけにまだ戦闘がないのもあって野宿の準備では役立たずなのを自覚するばかりだからシーグルは益々気負うしかない。

――俺は戦闘面でしか役に立てないのだから、そこで頑張らないと。

 一応純粋に剣の腕というのに関してならまだ自信に揺らぎはない。他の面々に劣っている事はないというのが分かったのでその面では足手纏いにはならないと思う。勿論、実践は別だと言う事は分かっているから天狗になんかなってないし、油断もしない。

「だめだ」
「勿論、前に立つなら盾を持つ、それでもだめだろうか」
「だめだ、先頭はシンジラ、そっから少し遅れて俺とノノ、シーグルはその後ろ、後衛陣の前だ」

 ここから危険地域に入る、というところで隊列を組み直す事になったのだが、先頭を希望したシーグルの意見はそうしてグリューにあっさり却下された。

「何もお前が先頭じゃ頼りないとかそういう理由じゃない。タイプ的にシンジラが前を張った方が安心できるんだ、分かるな?」
「……あぁ、分かっている、すまなかった」

 シーグルもここで意地を張る程子供ではない。一番前は攻撃を避けるより受けるタイプの人間が行くべきだ。シルバスピナ家の甲冑を継いだ後ならまだしも、体が細く攻撃を避けるか受け流すやり方のシーグルは少なくともパーティの盾にはなれない。ただ敵の気配を探るのは得意であるから、戦闘面でしか役に立てない分こういう時に働きたいと思っただけだ。最初からだめもとではあった。

「言ったろ、パーティで戦ってる時は自分一人で戦ってるのとは違うってさ。攻撃をまず受けるのは俺達の役目、シーグルは違う方向からの敵に注意しつつ、俺達が止めてる敵に攻撃を入れる役だ」

 グリューが少し厳しい声でそう言えば、それを気遣ったのか他の面々が口々に言ってくる。

「そうそう、お前さんは攻撃入れたら引くってやり方が得意なんだろ? なら無理に盾持って慣れない役目をしなくてもいいんだ」
「皆ちゃんと戦力として期待してる。ただ適材適所って奴があるだけだ」

 仲良くなった他のメンバーのそれは明らかに自分に対してのフォローでその気持ち自体は嬉しかった。……勿論シーグルには、彼等の言葉がただのおべっかや機嫌取りではないのは分かっていた。彼等の言葉は正しい。盾と剣での戦い方だってちゃんと訓練していて慣れてない訳じゃない――とか思うところはあったが、それをいちいち言った方が大人気ないと分かっているからそういう気持ちは飲み込んだ。

「そうですよー、怪我する役目はおっさん共に任せればいいんです」
「あいつらはパーティーの盾なんですから、盾としてこきつかっておけばいいのっ」

 ただやはりこの女性二人の自分をやけに擁護する発言はどうにも反応に困る。……なんだろう、おべっかとは違うようだがその意図が読めない。

「ひっでーなぁ、もうちょっと優しい言い方ってもんがないのか?」
「あら、傷作ったらまた見せびらかすんでしょ、勲章が増えていいじゃない」

 それでも回りは彼女達のちょっと酷いんじゃないかという発言に笑っているから、これはこれで仲間内の慣れたやりとりなんだろう……とシーグルは思うしかなかった。

「んじゃ、ティーフォとタレットはケツ頼むな。何かあった場合はクラットから術もらって他の連中を呼んで来てくれ」
「はーい」
「まっかせて」

 先頭がだめなら最後尾を……とも思ったが、それはあの女性二人組の役目らしい。ただ回りの様子からすれば彼女達が殿を努めるのはよくある事らしく、皆笑って『頼む』と言っていた。まぁ確かにティーフォは狩人でタレットは軽装の戦士であり、互いに組んでいるようだから彼女達に任せたほうがいいとは思う。いくらシーグルでも森や山で狩人以上に敵を見つけるのが上手いとは思っていない。

「あとは言わなくても分かってると思うが、全力でクルスとマツィネを守ることっ」
「は〜い、皆さんどうぞか弱い私達をよろしくお願いしまぁす〜」

 場を和ませるためにか、グリューの言葉のあとに続けてマツィネがクルスを引き寄せてから手をふる。そこでどっと笑いが起こって、皆立ち上がった。

「それじゃいくかね」







 今回、冒険者としての募集人数は30人でパーティは全部で3つ。といっても10人のパーティが3つという訳ではなく、あとの2つのパーティ人数はそれぞれ7人、9人で単独参加が4人いるらしい。ただ単独の人間は基本は雇い主の護衛役で、敵の索敵はそれぞれパーティ毎に行うという方針だった。

 今回、仕事について事前に知らされていたのは、ある山に群れで居付いてしまった化け物の退治という事である。化け物自体はコロッカというイノシシに似ている動物なのだが、こいつは単独行動している個体なら害はないものの群れになると厄介だった。なにせコロッカが群れているという事は女王コロッカがいるという事で、こいつはサイズが通常のコロッカの数倍あって周りに常に護衛のコロッカを複数引き連れている。

 だから基本的には一番人数が多いこちらのパーティが女王コロッカの相手をして、あとの2パーティは取り巻きの相手に徹してくれるという。

「女王コロッカはそんな強いのだろうか?」

 シーグルもコロッカ単体なら別の仕事で見た事はある。だが女王コロッカは見た事がない。

「んー……そうだな、大きいから体当たりされたら大人の男、2,3人は簡単にふっとぶな。ただ一番厄介なのは大声で鳴いて、どんどん仲間を呼んじまう事なんだ」

 歩きながら横にいるマクデータ神官のクラットに聞けば、冒険者歴自体はそこそこ長そうな彼はそう教えてくれる。

「だから他のパーティは取り巻きに専念してくれる訳か」
「そういうことだ。それでも女王単体なんかにはしてくれないだろうから、一番人数の多いパーティが女王の相手をするんだよ」

 となるとシーグルの仕事はこぼれた取り巻きが後衛陣を攻撃しないように守る事だろうか――とそう考えていたのだが、そこでこそっと小さな声でクラットが言ってくる。

「前は多分、抑えるのに一杯一杯になると思うからよ、もしあんた的に今ならいけると思ったら出て行っていいからな」
「だがそれでは術者役の護衛が……」
「タレットとティーフォがいるから大丈夫だ。とにかく女王を倒しちまえば他はいきなり大人しくなるからな、あんたは女王優先で攻撃してくれ。おそらくあんたとティーフォの弓くらいしか当たらない」

 その役目に――正直、嬉しいと思ったシーグルだが、それでもここで分かったとすぐ了承を返せるわけもない。

「だがそれなら……それはグリューに許可を取らないとならないんじゃ」

 だがそこで後ろから声がする。

「大丈夫ですよシーグル、グリューも最初からそのつもりです」

 クルスの言葉にシーグルは思わずちらと振り向く。彼の顔は笑っていて、冗談を言っているのではないと分かった。



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次回に敵との戦いかな。
 



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