【11】 城の帰り道、馬車に乗ってすぐ、シーグルは大きなため息をついた。 「大ウソつきのペテン師め、何が『俺だけのシーグルになれ』だ」 セイネリアはそれに機嫌が良さそうに笑い声を上げた。 「だがこれでこの件は終わりだ、嘘一つで場が収まるならいくらでも嘘をつくさ」 それにはシーグルも文句は言えない。なにせこれで疑っていた貴族達や騎士団幹部連中は、この件に関して黙るだけでなく『秘密』を守る為に協力をしてくれる事になってしまった。誰も非難されないし、誰も罰される事もない、まさに全部丸く収まったと言える。 「ただこれで、将軍は狂ってる、と皆に認識されたかもしれないぞ」 「別に構わん、どうせ影口に下種なネタが増える程度の話だ。もともと将軍はシルバスピナ卿の為にリオロッツを倒したというのが奴らの認識だったんだ、それを肯定した上でその延長上あり得る姿を見せてやっただけだからな、奴らにとっては否定する材料がない程信じられる話だったろうよ」 それは確かに、とシーグルも思う。なにせ逆を言えば、そこまでの異常な執着と愛情をいだいていたのなら、シルバスピナ卿の復讐の為だけに王を倒すなんて馬鹿馬鹿しい程あり得ない話もまた信憑性が増す、確かに彼らにとっては筋が通っていすぎて信じられる話だろう。 シーグルは頭を押さえながらまた軽くため息をついた。 「確かにな……ただあまりにも演技が堂々としすぎて正直呆れた。あそこまで何食わぬ顔をして嘘を並べられるその神経がなんというか……流石と言えば流石だが……」 「俺らしかったろ?」 「あぁ、らしいな、らしすぎるくらいにな」 セイネリアは喉を鳴らす。シーグルは兜の中で顔を顰める。 けれど彼は急に笑う声を止めると、シーグルを正面からじっと見つめてきて……それから、真剣な声で言って来た。 「愛している、シーグル。お前だけを愛してる、お前だけがいればいい、お前の為なら俺はなんでもしよう……これは嘘偽りない本心の言葉だ、演技ではなくな。だからあいつらも信じたのさ」 確かに仮面越しとはいえ琥珀の瞳は思い切り本気で、シーグルは兜の中で自分の顔が一気に熱くなったのを自覚した。 「お前はっ、そういうのを平然と言いすぎる」 「平然でもないぞ。お前を愛してるという度に気持ちが浮かれて、正直まったく平然ではいられていないんだが」 「なら言わなきゃいいだろ」 「嫌だな、言うだけでこれだけ良い気分になれるんだぞ。特にお前に向かって言えば最高に幸福というヤツに酔える」 言ってセイネリアは今度は手を伸ばしてくると、そのままシーグルの兜を無理矢理取った。それから赤い顔で睨んでいるシーグルの顔を見ると、満足そうに笑って唇を近づけてきた。 そこから数日後、城の大広間にてレイリース・リッパーは騎士の称号を与えられた。とはいえいくら初の試みとはいっても、平民相手にそこまで大層な式をするのはどうかという話も出て、それは他にも城の役人達で特に功績が認められた者への表彰と一緒に行われる事になった。 身内だと言う事で特別にエルも参列が許され、皆からの祝福を受けてシーグルは騎士を名乗るよう宣言された。 ちなみに、証書を読み上げたのは騎士団の現団長だが騎士団の紋章を渡してくれたのは国王直々という事で、シーグルは自分の息子からその栄誉を受け取る事となった。 「レイリース、おめでとうっ」 満面の笑みの我が子にそう言われればシーグルとしてはどうしても瞳が熱を持ってしまうのは仕方がない。頭を下げ、紋章を受け取れば、辺りは拍手に包まれる。 シーグルとしては耐えられなくて涙が一筋零れてしまっても、兜で隠せる事が有り難かった。こんな席でも兜を被ったままというのは本来あり得ない事だが、今回それに文句を言う者はいない。それどころかウルス卿を含む数人の貴族達は、ロージェンティにわざわざレイリースの兜着用を許可してやって欲しいと頭を下げに行ってくれたらしい。 それは議場でレイリースが兜を脱ぐ切っ掛けを作った詫びもあったのかもしれない。あとは忠臣である彼としては、王家の為にレイリースの正体を絶対にロージェンティやシグネットに知られてはならないと思ったからかもしれない。どちらにしろ彼は信用できる側の人間であるから、顔を隠す事に限ってはこちらの味方になってくれるというのは心強かった。 その彼も、新政府発足からの働きが認められて表彰され、幼い王から褒賞を受け取って拍手に包まれていた。当然シーグルも他の参列者と共に拍手を送った。幼い王の所作はまだ子供らしくて、それが人々の顔を自然と微笑みに変える。終始和やかな空気の中、式は平穏無事に終了した。 式が終わって将軍府へ帰ったその日の夜、シーグルの部屋へやってきたセイネリアは鎧を脱ぎながら言って来た。 「知っているか、今回の褒賞の授与を国王が直々にやる事になったのは、本人がやると言い張ったからだそうだ」 自分は既に部屋着に着替えた後だったというのもあって、自然に彼を手伝っていたシーグルは、傍で彼の笑みを見ながら聞き返した。 「シグネットが?」 「そうだ、あいつが自分でレイリースにおめでとうってしたい、とごねたらしい。とはいえ流石にお前にだけにという訳にはいかないからな、やるなら全員に、と母親に言われて『やる』と言ったらしいぞ」 それにはシーグルは苦笑というか、呆れながらもつい口が笑ってしまう。嬉しいやら、仕方ないと思うやら、複雑な気持ちだが笑ってしまうのには変わらない。 「子供というのは愛情に敏感だ、自分を愛してくれる人間というのには自然と好意を持つ。それにきっと、レイリースとしてのお前はあいつにとって憧れの対象だからな」 「お前は憧れの対象じゃないのか?」 「違うな、俺は目標とするには現実味がなさ過ぎて、子供心にも思うんだろう、俺のようにはなれない、とな。もしくはあいつも分かっているのさ、自分が目指すべき姿は俺のようにではない、と」 「成程、そうかもな……」 セイネリアは規格外だ、普通の人間が目指せる姿ではないというのは誰でも思う。それは何も騎士としての強さの話だけではなく、纏う空気や、彼のようの考え方、生き方、どれをとっても、例え幼い子供であってさえ、あれは自分が目指せる、目指すべき姿ではないと思うのだろう。 「それだけじゃないかもしれないぞ。例えば、憧れるにしてはお前はシグネットにとって身近すぎるのかもしれない。いつでも一番甘やかしてくれる将軍様だからな」 笑って言えば、セイネリアも一瞬笑みを止めて、その後に更に笑う。 「まぁそれもあるかもしれんな。確かに俺が一番甘やかしている」 シーグルも自分がいない間の話をエルやカリンから少しだけ聞いていた。シグネットにとってはセイネリアの腕の中は一番安全という事で、部屋の外に出ることも、街に繰り出す事さえ出来たらしい。 「なにせお前を小さくしたような見た目で、お前と違って素直に甘えてくるからな、ついなんでもしてやりたくなる」 言いながらさも意味ありげにこちらの頬に手を置いてくるのだから、シーグルとしては今度は別の意味で呆れる。呆れはするが、彼の顔が近づいてくると素直に目を閉じて彼の唇を受け入れた。 「ン……」 唇を開けば彼の舌が入ってきて、軽くこちらの舌に触れてはすぐ離れていく。そこで唇を別の角度で合わせ直して、また舌を軽く絡ませては去っていく。そんな事を数度されると、もどかしさにシーグルの方から彼の舌を求めてしまう。 そうして深く粘膜の中舌を絡めて、たっぷり口の中にあふれ出す唾液を飲み込んでシーグルの喉はこくりと音を鳴らす。セイネリアの顔はだんだんと上からこちらに覆いかぶさるように押してくるから、押されるシーグルは立っている為に彼の肩に手を回して体を支えなくてはならない。その内彼の手が腰に回って体を支えてくれるのだが、そうすれば体毎引き寄せられて服の上から体がぴったりとくっついてしまって彼の体温を感じる事になる。更には彼がこちらの股間に足を軽く擦りつけてくるから背筋がぞくぞくと震えて顔に熱が上がってくる。 口腔内で舌を絡め合って、耳で彼の吐息と唾液の立てる音を聞いて、体で彼の熱を感じて。そうしていれば頭がぼうっとしてきて体から力が抜けていくから、シーグルとしては必死に倒れないように彼の肩に回した手で縋りつくしかない。 いつのまにか随分押されてしまってのけぞったような姿勢に近くなってしまえば、セイネリアは腰だけではなく足を掬い上げて抱き上げてくる。頭がぼうっとしているからそれには文句も言えなくて、気付くと既にベッドの上、というのがここのところいつもの事だった。 --------------------------------------------- 相変わらずキスがしつこいセイネリア(==。 |