春と嵐を告げる来訪者




  【4】



 それは、昨夜の事。
 当の本人たちをおいておいて、タニアと別れたあと即シーグルの元に行ったセイネリアを見た将軍府の幹部連中は、実はこっそり自主的な緊急会議を開いていた。

「今ンとこマスターはちょっと苛立ってるけど機嫌自体は悪かない。幸いなことにタニア嬢はマスターがイラっとするタイプの女性じゃないからな。これで部屋で出迎えたレイリースがちょっと寂しそうな素振りなんかしたら逆に上機嫌、ってとこなんだろーけど……ま、ねぇな」

 今日のシーグルの言動を思い出してエルが言えば、カリンとソフィアはちょっと顔を引きつらせ、逆にアウドはふふんと鼻で笑った。

「あの人はあくまで私情より『状況として正しい』事を優先しますからね」

 さすがに部下として傍で見ていた男はわかっている。いや、エルもそれくらいわかってはいるのだが。

「マスターも基本は私情より『状況として正しい』を優先する人間なんだけどな。ただレイリースの事だけは別枠の最優先事項になっからなぁ」
「最近悪化してるしね」
「今のマスター、シーグルさんがそばにいないで一日持たないんじゃない?」

 エルが頭を抱えれば、双子が気楽にそう笑って言ってくる。てかなんでこいつらまでいるんだとエルは思ったが、一応意見は多いに越したことはないかとヘタにどうこう言わない事にした。

「まぁ……あの人も本気で何も感じてない訳じゃないと思いますけどね。ただ頑固なくらい自分後回しなせいで馬鹿みたいに鈍感で、馬鹿みたいに思考が公正過ぎるだけです」

 アウドがちょっと投げやりに吐き捨てる。その目はなんというか据わっていて、主として敬愛どころか命かけてる相手に酷い言いようではある。ただだからこそその性格にいろいろ困った目にあって、恨み言の一つ二つ三つ……くらいあるのだろうとちょっとエルは同情した。

「だったら、ちょっとつっついてみたら自覚するかな?」

 そこで馬鹿みたいに明るくラストがケラっと楽しそうに笑って言った。いやおい突っついて拗れたらどうすんだよ……とは思ったが、今なら多少は大丈夫だろうしセイネリアはともかくシーグルが多少暴れたところで問題ないか……などとエルは考え直す。

「……確かに本気でなんともないわけじゃぁなさそうだったしなぁ」

 シーグルも一応は『マスターの一番じゃない』という言葉には考えるところはありそうだった。自覚がまったくない、というよりまた自分の感情を後回しにしているだけなら、そこはちょっと自覚させてやりたいとはエルも思う。……マスターはそれで困るどころか喜ぶだけだろうし、この場合拗れても結果オーライになりそうな気がする。

「シーグル様が自覚……したらボスは喜ぶでしょうね」

 カリンが笑って呟いて、ソフィアも笑って、後は当然ノリ気な双子を見て、エルは頭を掻きながら考えて、そうして言った。

「んじゃま、ちっとレイリースを皆でつついて自覚させてみっかね」

 あの甘えるのが苦手な青年に少しは甘えられるようにさせてやりたい、というのはエルの望みでもあったし……彼がセイネリアに甘えて振り回すくらいの事はしてもいいんじゃないかという思いもあった。
 そんな訳で、シーグルも、もちろんセイネリアも知らないところで、こうして将軍府の平和のためにそんな計画が持ち上がっていたのだった。






 セイネリアが朝からいない、という場合、シーグルの食事にはカリンとソフィアとアウドとエルが付き合う……というのは今ではすっかり当たり前の事になっていた。状況によっては双子やアリエラ、アルタリア、ロスクァールまでもが来る事もあって結構大勢になる為、いつもの部屋食ではなく別の会議用の部屋で食べる事になるのだが……呼ばれて行ったその場に、面倒な人物がいたことでシーグルは朝から顔を顰める事態になった。

「おうっ、朝からお前の顔を見て食事など最高だな♪」

 朝から暑苦しいレザ男爵の笑顔を見て、シーグルは眉を寄せたまま部屋の入口で暫く立ち止まってしまった。

「……何故ここに貴方がいる。仕事に行くと言っていなかったか? それにそもそも……よくセイネリアが許したな」

 セイネリアが許していないならレザがここにいる訳がない。だからそう聞いたのだが、いつでも豪快に笑う男は、それには満面の笑みで楽しそうに返してきた。

「うむ、仕事は一日遅らせた。その理由がそもそも奴が俺に話があるという事だったんでな、なら条件として朝食をお前と取っていいかと持ち掛けた訳だ」
「……すみません、折角のさわやかな朝食時にこんな汚い親父を同席させてしまって」
「お前な……いくらなんでも汚い親父はないだろ」
「バロン、ご自分の歳をそろそろ自覚なさってください」

 いつも通り申し訳なさそうに参謀のラウドゥが言ってきて、それには思わず苦笑する。まぁ、暑苦しい男だが空気を悪くするような人物ではないので、これはこれでにぎやかな朝食になるだけかとシーグルも席についた。

「む、俺の前には座ってくれないのか? 隣でもいいぞ」
「バロン〜」
「悪いがセイネリアから、貴方と同席する時は自分がいなくても絶対に貴方の手の届く範囲に近づくなと言われている」
「なんだそれはっ、どれだけ奴はお前を独占したいんだっ」

 怒りに立ち上がってぐっと拳を握りしめたレザだが、暫くして収まったのか彼は座って腕を組んだ。

「まぁいい、奴も結婚すればお前をそうそう拘束してられなくなるだろう」

 カカっと笑ってそう言った彼の言葉に、シーグルは何故か胸に詰まるようなもやもやしたものを感じた。その原因は分からないが、こういう時の彼の笑いにはつられて笑ってしまう事が多かったのに今はどうしても笑う気分になれない。それが自分でも不思議で、でも何だか気持ちが沈むのを止められない。

「そういえば、貴方に聞きたい事があるんだが……」

 彼の顔を見たら自然とそう言っていて、出た言葉にシーグルは自分でも驚いた。だが、ここまで言ってしまえば取り消す事も出来なくて、シーグルは引っかかっていた疑問を彼に言うことにした。

「何故今になって、アウグ王はセイネリアに政略結婚を持ち掛けてきたんだ」
「あー……」

 レザは少し気まずそうに唸った。

「その手の話が出る事自体に疑問はないが、それにしても今更過ぎる。どうして今になってそういう話になったんだ? そちら側のごたごたの飛び火というのではないのだろうな?」

 そもそもこちらに打診もなしでいきなり連れてくるなんて強硬過ぎる。何か裏があるんじゃないかと思うのも当然だとシーグルは思う。

「あー……うん、なぁ……」

 レザは更に唸って、それから本当に言いにくそうに、苦笑いをしてシーグルの顔を見た。

「あー……ごたごたと言えば言えなくもないんだが……いやだがそっちにまで迷惑が掛かるような国の問題に関わる面倒なごたごたではないのは保証する。一個人、いやある一族と個人のちょとした希望と確執というか、な……」

 やたらと歯切れの悪い言い方はそれだけでこの男らしくはない。
 シーグルが明らかに不審そうな視線を投げれば、レザ男爵は愛想笑いのように苦し紛れに笑ってみせて、それから笑みを引きつらせると急に顔を顰めて腕を組んだ。

「確かに事情はあるんだ、彼女個人の理由がな」

 そう吐き出して、今度ははっきりとした口調で伝えられたレザの話に、シーグルだけでなく、その場にいたカリンやエルも真剣に耳を傾けた。




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 周りのわきゃわきゃ感というかにぎやかし感というか。
 



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