春と嵐を告げる来訪者




  【6】



『まぁそういう訳でな、俺としては例え飾りの妻でもいいから本気で奴が首を縦に振ってくれんかと思ってる』

 それで締められたレザの話には……正直、シーグルとしてはいろいろ考えるところがあった。領主の血筋を残す為に人形のように育てられた少女……自分の立場と重なる部分もあるから同情してしまうのは仕方ない。正直、レザの言う通り、完全に契約と割り切って名目だけの結婚をすべきだとも思ってしまいそうになる。

 けれど……何故だろう。そういう気持ちは確かにあるのに、胸に痞えるような妙な感覚も前より更に強くなった。その理由はシーグルには分からない。

――俺は、あいつに結婚して欲しいと思っているのか、して欲しくないと思っているのか。

 そんな事を考えてみても答えは出ない。だからただ、もやもやとした気分を味わいながら自問自答を繰り返すくらいしかシーグルには出来なかった。

 朝食が終わって、仕事をするかと着替えをしていたら、ソフィアがやってきて事務仕事だけならまとめてこちらの仕事部屋で一緒にしないかというキールからの伝言が伝えられた。
 言われれば確かにセイネリアがいないのに一人で将軍の部屋で仕事をする必要もないかと、シーグルはそれにはすぐ了承の返事を返した。どちらにしろ、こちらで分類した書類の一部はキールに渡さなくてはいけないし、向こうも向こうでこちらに署名を貰わなくてはならないモノもある。効率的にもそれは理に適っていると思った訳だが……この大所帯はなんだ、とシーグルはキールの部屋に入った途端、呆れ過ぎて暫く立ち尽くしてしまった。

「あ、来た来たっ。遅いよー、シーグルさん待ちの書類結構あるのにさっ」

 言って同じ顔が二つ、口をとがらせてシーグルを睨む。キールの仕事の手伝いは普段から彼らの仕事であるからレストとラストの二人がいるのは別に珍しくはないが問題はその他だった。

「すみません、やはり私がお待ちしているべきでした」
「おー、やっと来たかよ助かったぜ、やっぱ俺じゃわからないのも多くてなぁ」
「私も今日はお手伝いさせていただきます」

 ソフィアもエルも一応はここの手伝い要員ではあるし、カリンもたまに手伝う事がある。だからぎりぎり彼らまではまだいるのはわかる事には出来る、だが……そこから先のメンツはいることに疑問を投げかけても問題はないはずであった。

「何よ、魔法使いなんだから当然こういう仕事もできるわよ」
「えぇっと……私は師匠の手伝いです」

 確かに魔法使いなら文字書きはできて当然ではあるが……アリエラとアルタリアの二人をこの部屋で見たのは少なくともシーグルは初めてである。
 そして最後に、やらたいい笑顔でシーグルを見ている一番いるのが疑問な人物の顔を見て、シーグルは盛大にため息を吐いた。

「レザ男爵、何故また貴方までここにいるんだ……」

 すると堂々とした体躯の男は堂々と腕を組んで偉そうに答えた。

「それは当然、暇だからだっ」

 ちょっと眩暈がして、シーグルは額を押さえた。

「仕事は明日からになったから時間が空いてしまってな。さすがにこの街も慣れたから見物をせねばならんというほどではないし、聞けばここでの仕事ならお前は兜をしないというではないか、ならばぜひお前の仕事ぶりをじっくり眺めていようと思った訳だ」

 つまり本当に見るだけのためにいるのか、と考えたらつっこみむ気さえなくなる。しかもやっぱり副官のラウドゥが自分よりもずっと困った顔で頭を押さえている姿を見れば、気の毒でわざわざ文句を言う気さえなくなった。

「レザ男爵……いるのは構わないが、仕事の邪魔はしないと約束してほしい」

 今更追い出せないだろうと諦めてそういえば、レザは煩いくらいの大声で返してきた。

「おうっ、見るだけだ見るだけ、今回は見るだけで我慢すると約束するっ。なにせこれだけ人がいるからなっ」

 そもそもこの部屋で扱う書類は幹部連中以外ではどうにもできない重要書類ばかりの筈で、そんなところに他国の人間を入れていいのかとか言いたいことはいろいろあったが……カリンまでもが彼がここにいるのを許している段階でそこは深く考えないことにした。というか、そんな事まで考えていたら熱が出てきそうだとシーグルは思う。

「まったく、何故こんなに人がいるんだ」

 だからもう、愚痴代わりに一言呟いて、シーグルはキールの近くにあったいかにもシーグルの為に空けてあるという書類が傍に積んである席に座った。

「あ、では私はお茶をいれてきますね」

 反対側の隣席にいたソフィアがそう言って立ち上がる。それになぜか『おぉ有り難い』と礼を言って笑うレザには苦笑しか湧かないが、言われなくてもソフィアは全員分のお茶を入れてくるだろうしその程度でどうこう言う気はなかった。

「しかし……ここにこれだけの面子が揃っていたら、一体誰がセイネリアと客人の供をしているんだ」

 シーグルはきっぱりセイネリアに昨日と今日は供をしなくていいと言われている。相手が相手であるから何も言わなかったが、それでもまさか誰もついていないとは思っていなかった。

「あー……まぁ、今日の供は騎士団の連中がついてるとさ。たまにはあっちの連中の顔も立たせてやらねーとなんねーしってな」
「それでは相手に失礼にあたらないか? 軽んじているように思われないだろうか」
「んーまぁ、でもなぁ……まぁあれだ、結局マスターいる段階で護衛なんか飾りだろ。だから宣伝用に見栄えのする騎士団連中連れて歩いてるんだとさ」

 それにはシーグルも反論が出来ない。
 苦笑するエルにため息で返して、シーグルは仕方なく積み上げてある書類を手にとった。






 シーグルは真面目である。
 特にそれが仕事や義務となればきちんとやらないと気が済まない。
 と、言う訳なのでいくら部屋に人が一杯集まってわいわいお仕事という事になっても、周りが雑談に興じているような状況では頑なに仕事を続けようとして話に乗ってなどくれない。シーグルを会話に参加させたいなら、きちっと仕事を進ませて彼が心置きなく休憩時間を取ってくれるようにしなくてはならない。

 というエルとカリンの結論から、シーグルが来た後から中間の休憩時間まで皆はかっちりと事務仕事に取り組んで、見事、目に見て分かるくらいの書類を処理しきった。だから頃合いを見てちょっと休憩にしないかとエルが言った途端、緊張の糸が切れたのか、辺りからは大きな安堵の息が吐かれた。

「さんせーい、疲れたよねー」
「疲れた疲れたー」

 そう言って真っ先にぐったりと机につっぷしたのは双子達。
 それを見れば、シーグルも僅かに微笑んで機嫌よく言ってくれる。

「そうだな、皆がんばったし休憩にしよう」

 やったぜ計画通り、と小躍りこそしなかったが、エルはそこでにかっと笑うと自分も大きな背伸びをした。

「では私がお茶を入れて来ます」
「私も手伝います」

 ソフィアが立ち上がってアルタリアが付いて行く。それにカリンとキールが礼を言って、アリエラも大きく背伸びをしたあとに机につっぷしていた。

「む、休憩か? そうかそうかそれはいい、皆心置きなく休んでくれ」

 なんだこの上から目線は、と一人空気も読めずにシーグルを見てはにこにこしていたレザにエルはちょっと顔をひきつらせた。エルの計画からすれば彼は完全に予定外の人物でここに呼ぶ気はなかったのだが……朝の件でタニアの話をした後のシーグルの反応がなかなか良かった事で『ま、いっか』という事になったのである。

「そーいや、今日のマスターの予定はどうなってるんだっけ?」

 周囲を見回してエルがそう言ってみれば、カリンがすかさず答えた。

「午前中は城と騎士団本部に。昼食は摂政殿下とお取りになる予定です。午後はリシェへ行って温室の見学と港の視察ですね」
「……そうか、リシェに行くのか」

 思わず呟いたシーグルの感想に、エルはふと思いついた。

「リシェ行く前に一度マスターはこっち寄るんだろ? だったらレイリースもついて行きゃいいじゃねーか」
「いや、俺は今日ついてこないでいいと言われてるんだ、それでついていける訳がないだろう」
「いやでもさ、普段はマスターがリシェ行く時にお前がついていかねーなんて事はないし、なんならお前はお前でリシェの領主様に用事があるって言えばいいじゃん」
「だがそれは、俺の立場として……」

 シーグルは真面目だ、私事ではなく仕事の場合は、主としてのセイネリアの指示はまず絶対に守る。守らないのは納得いかない時で、指示を受けたその時に言うから今回は言い出し難いのも分かる。

「あ、そーだ。確かリシェにゃお前の元主治医だった魔法使いがいたんじゃなかったか? しかもドクターの師匠のさ」
「それは……ウォルキア・ウッド師の事だろうか?」
「そーそー、いい機会だからその魔法使いに一度体を見て貰いにいってこいってドクターに言われたって言えばいいじゃん」

 それでもシーグルはなかなか首を縦には振ってくれない。だが即答で否定してこないだけ、彼もそれならセイネリアが了承する事は分かっているのだろう。

「ドクターには俺が言ってやるよ。んでそのウォル何とかさんって魔法使いにもお前が行くって伝えてくれるよう言っとく」

 言ってからちょっと大口を叩きすぎたかとちょっぴり後悔したエルだったが、このくらいならマスターに頼み事に行くよりはマシだと思う事にする。あのひねくれたここの医者である魔法使いも、この手のことなら面白がって乗ってくれるという確信もあった。

「いいのか、エル?」
「いーよ、可愛いお前の為だ、お兄ちゃんに任せとけって」

 胸を張って満面の笑顔で返したエルに、ならば頼む、とシーグルも表情を崩した。

「リシェか、いいなあそこは。それに俺も噂の温室はまだ行った事がないし」
「いやあんたはついて行くなよ」
「バロン、流石にご自重下さい」

 お約束のようなレザの発言には皆で突っ込みが入ったものの、とりあえずエルの思った通りドクターからの了承を得て、シーグルは午後からセイネリアについてリシェに行く事になった。
 勿論、エルとしてはセイネリアが妻候補と話す姿をシーグルに実際見せる事が目的だったが。




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 レザ男爵のすっかりレギュラー感。
 



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