シーグルとセイネリア以外がメインの将軍府の日常話 【2】 傭兵団時代からのソフィアの仕事は敷地内の警備だった。千里眼と転送能力を持つ彼女は、自室にいても敷地内の隅々まで『見る』事が出来る。とはいえ勿論ずっと『見て』いるなんて精神も体力も持つ訳がないから、彼女が『見る』のは異常があった時が基本だ。敷地をぐるりと囲む塀には当然結界が張ってあって、不法侵入はそれで分かる。ついでに西館の周りにも別の結界が敷いてあるから西館へ人が入ったのもそちらで分かる。当然ながら本館の建物に入った者も分かるようになっているから、正規の方法で入ってきていない者はまず結界が反応する。屋上には見張りがいるから、上空から何かあった場合はそちらでまず確認してくれる。 だからソフィアの仕事は基本、何か異常があった場合に館内を一通り探してその異常を『見て』確認する事である。場合によっては異常――侵入者のところへ転送で行って、転送で強制退場させる事もある。 ちなみに地下にはアリエラの工房があるから当然結界が敷いている、そちら方向で異常があれば彼女がどうにかする事になっていた。 という事で、警備の要というか警備上の最終手段なので、ソフィアはそれでいつでも忙しい……という程ではない。だから傭兵団時代は特に異常がなければ通常時はひたすら訓練をしていた。その分の時間が、将軍府付きになってからはシーグルの世話になっただけだ。 とはいっても、そのシーグルの世話、というのがここでは何よりも最優先される超重要な重い仕事であるのだが。 朝起きて、まず部屋の中のシーグルを『見る』。 ここでいつも通りセイネリアが一緒の場合は、起きたがっているシーグルが押さえられて文句を言っているか、もしくは(昨夜が激しすぎて)疲れ切って二人で寝ている姿が見える。ただ昨夜はセイネリアがシーグルを怒らせて部屋に入れなかったから――予想通り、既に起きたシーグルを見て、ソフィアは慌てて身支度を整えた。 ――マスターには悪いけど、シーグル様楽しそう。 セイネリアがいない朝は、シーグルは嬉々として早起きすると剣を持って庭へ出て行く。だからソフィアも早起きして、彼が朝の鍛錬をしている間に着替えや朝食の準備をしなくてはならない。今日は時間があるからもしかしたら軽く水を浴びる可能性もあるかも……と考えていたら、庭に出て鍛錬を始めようとしたシーグルの元にセイネリアが近づいていくのが見えた。 ――マスターはシーグル様がいないと早起き出来るんですよね。 思わずくすりと笑みが浮かんでしまって、怒って何か言っているシーグルと、心なしかしゅんとしているようなセイネリアの姿を見てしまう。こうして一緒に寝られなかった次の日は、セイネリアはシーグルの朝の鍛錬に合わせてやってきて、謝ってから一緒に鍛錬をしたり手合わせをしたりして許して貰うのがいつもの事だ。それが一番早く、シーグルに許して貰えて触れられるようになるからなのだが。 ――本当にマスターはシーグル様と出来るだけ離れたくないんですね。 だから当然、今ソフィアがしている着替えの準備も食事の準備も二人分だ。女性の力といってもソフィアは転送が使えるから、風呂用の水も汲んだら転送で即持ってこれるし、食事の注文を食堂に言いにいくのも一瞬で終わる。シーグルの部屋には当たり前のようにセイネリアの着替えもあるから、二人分の着替えを用意して、体を拭く布を置いて水浴びも出来るようにしておく。ベッドのシーツ替えは……多分、二人が仕事に出かけてからの方がいいだろう。 シーグルに何かあった時の為、ソフィアは基本的にシーグルの事を見ているように――という事になってはいるが、それには『セイネリアが傍にいる時以外』という条件がついている。だから常にシーグルを見ていないといけない……という程神経をピリピリさせている訳ではない。なにせ基本、セイネリアはシーグルと一緒にいるのだから。 朝の鍛錬もシーグル一人でやっているなら仕事をしつつちょくちょく見ていないとならないが、セイネリアが傍にいる場合は基本的には見る必要はなくなる。……まぁその二人だけでいるところをあまり見ていると、キスしていたりそれ以上の……そういう場面を見る事になるのもあるから見ない方がいいというのもあるのだが。 見たとしてもソフィアは慣れているから今更……というのはおいておいて。 庭で剣を合わせている二人を確認しつつ、ソフィアは朝の準備を進める。シーグルが早起きをしたとしても、結局朝の鍛錬の時間が延びるだけの話なので朝食時間はあまり変わらないからそこまでソフィア自身のスケジュールが変わる訳ではない。 庭を見ればどうやら手合わせは終わったようで部屋に戻ろうとしているところではあったのだが、思い切りキスの最中だったためにソフィアは少しだけ気まずく思う。 時間からすれば水浴びをするのだろうなというのは恐らく間違っておらず、となるとその後でセイネリアがちょっかいを出さない訳もないだろう。 だからこの後は呼ばれるまで二人を『見ない』。 ベッドの上の着替えや水浴びの準備を見ればこちらが起きて待機しているのは向うは分かる筈で、ならば後は食事が欲しければベルを鳴らしてくれる事になっている。セイネリアには見たければ見ていてもいいとは言われているが、やはりその……最中は極力見ない方がいいだろう、というのはシーグルの為にソフィアが出した結論だ。 待機時間もそこまで長いものではないから、こちらも髪をきちんと整えたり、身だしなみの確認をしてベルの音を待つ事にする。なにせ呼ばれたら、今日の朝最初にシーグルの前に出る事になるのだから、鏡を見て『おはようございます』という時の笑顔を確認したりしてしまう。 襟は大丈夫、服の皺も大丈夫、髪の毛は……耳を出していたほうが清潔感があるかな――なんて考えながら鏡とにらめっこをしている間に、時間はあっさり過ぎていて、ベルが聞こえてソフィアは立ち上がった。 「マスターとレイリース様の食事は出来ていますか?」 食堂へ飛んで料理長に聞けば、準備の出来たワゴンを出されてソフィアは礼を言ってワゴン毎部屋の前まで飛ぶ。 毎朝の事なのにこうして朝食を運ぶ時はドキドキしてしまって、大きく深呼吸をしてからソフィアはシーグルの部屋のドアをノックした。 そうして、扉が開かれれば――。 「おはようございます、シーグル様、マスター」 ワゴンを引いて部屋の中に入れば、上機嫌でベッドに座っているセイネリアの後ろで、ベッドの上で少しぐったりしていたシーグルが起き上がって……そうしてソフィアを見るとあの綺麗な顔で微笑んでくれた。 「おはよう、ソフィア。いつもすまない」 思い切り胸をはだけた格好でけだるげに起き上がったその姿の色気にちょっと鼓動が早くなりつつ、こんな彼を見れるのはここでは基本マスターと自分くらいだと思えば浮かれてしまうのも仕方ない。 「いえ、ちゃんと食べてくださいね」 にこりと笑って言えば、やはり彼は笑ってくれる。 「あぁ……分かった」 「勿論、ちゃんと食わせるさ」 そう言ってセイネリアがシーグルを抱き上げた。 「おいセイネリアっ」 「お前がさっさと起きないのが悪い」 「お前のせいだろっ」 「だから手伝ってやったんだろ」 楽しそうに言い合いをしている二人にお辞儀をして、ソフィアは部屋を出る事にした。 遅い朝食を食堂で取っていたソフィアは、お疲れさま、と声を掛けられて顔を上げた。 「隣、いいかしら?」 「はい、勿論です」 にこりと艶やかに笑った黒髪の女性――カリンの姿を見て、思わずソフィアは少し姿勢を正した。 「カリンさんも昨夜はマスターのお守りお疲れさまです」 言えばカリンはくすりと笑う。 「えぇ、本当に」 セイネリアが昨夜シーグルの部屋にいなかったという事は昨夜はセイネリアの相手をカリンがしていたろう事はほぼ確実で、いつもより遅いこの時間に彼女が朝食をとりにきた段階でそれは確定となる。彼女は夜にその日きた情報屋からの書類の整理をする筈だから、それが出来なくて今朝セイネリアがシーグルのもとへ行ってからやったのだろう。 「おかげで今日は酒の補充にいかないと」 「……マスター、そんなに飲まれてたのですか?」 「えぇ、久しぶりだったからずっと飲んで……朝一でシーグル様に会いに行くならそろそろやめたほうが良いのでは、と止めるまでね」 「お酒臭いとシーグル様にまた怒られますからね」 「そう、そう言って止めないとあの部屋に置いてあった酒がなくなるまで飲まれたでしょうから」 言いながら、ソフィアとカリンは互いに笑う。 「酔わない方は困りますね」 「えぇ、まったく」 ソフィアも当然セイネリアが不老不死である事は知っている。その所為でどれだけ酒を飲んでも身体に害が出るくらいになれば勝手に浄化されて酔えない、という事も聞いてあった。セイネリアは見るからに酒が強そうではあるが(実際元から強いらしいが)、現状だと強いとか底なしとかそういうレベルではなく本気で際限なく飲める訳である。確かにシーグルと喧嘩をして飲んで紛らわすとなるとどれだけの量の酒が消えるのか考えただけで恐ろしくなる。 「カリンさんは大丈夫ですか?」 「私は……本当に付き合いくらいで少し飲んだだけだから」 カリンもそれなりに強いらしいが、体に支障が出るような量は絶対に飲まない。その辺りは流石にプロだ。そういえば同じセイネリアの片腕としても、エルはしょっちゅう部下達と酒を飲んでははしゃいでいるが、カリンがハメを外して飲んだりするところは見た事がない。 「カリンさんは、どんな時でもマスターの為にベストの状態で動けるようにしているのですね」 「それは、シーグル様に対して貴女もでしょう?」 それにはまた、二人してふふっと声を出して笑い合う。 「でも、やはりマスターに対しては……大変、だと思います」 シーグルも何かあった時にその身を守るのは苦労する人物だが、普段は規則正しくきっちりしていてこちらに気を使ってくれる人だから世話自体は予想しやすくて大変という訳ではない。対してセイネリアは行動にイレギュラーがありすぎて、どんな状況にも対応しなくてはならない分、カリンの役目は大変だとソフィアは常々思っている。 「そうね……でもどんなに大変でも、それは私にとってのご褒美でもあるから。貴女もそうでしょ?」 ソフィアは目を丸くして艶やかに笑うカリンを見つめた。それから少しだけ頬を染めて、満面の笑みで返した。 「はい、そうですね」 お互いに、愛する人がいて、でもその人の幸せを望むだけでその人自身を望みはしない。 今は、あの人の傍にいて、あの人の為に働いて、あの人に必要とされるだけで幸せ。 その気持ちを共有しているから、カリンとソフィアは互いに愚痴を言い合える仲だった。……もっとも、愚痴をいいつつも、こうしていつも最後は二人して笑って終わるのだが。 --------------------------------------------- 次回はエル。 |