望みと悪意の計画




  【4】



「んーこうなると話の流れ的には俺の願いも……ってぇなるんだろうけどな、ここにいる連中は皆既に知ってるだろうしなぁ」

 場の会話がそこで一度途切れたからだろうか、唐突にエルが腕を組んで椅子の背を軽く倒しながら言えば、先程エルが注いだせいで空になった瓶を見て隣の部屋へ行っていたネデが帰ってきた途端すかさず突っ込んだ。

「そらお前はそういうの黙ってられない性分だからしかたねぇ、俺も何度酒の席で聞いたことか」

 そうして持って来た新しい酒の瓶を3本テーブルの上に置くと、1本の封を開けて自分のグラスに注いで座る。

「るっせ、隠し事して一人で考え込むのは嫌いなんだよっ」
「そら分かる」
「一応ちゃんと言っても構わねー奴にしかいってないぞ」
「でねぇと『上に立つ者』としちゃ失格だからな」
「だよ、お前と一緒にすんな」
「んだとぉ」

 喧嘩腰なのに笑い合うエルとネデと見ていれば、他の者達と同じくシーグルも声を上げて笑ってしまう。
 それからネデは笑いながら更にもう一つの瓶を開けると、今度は既に空になっていたシーグルのグラスにそれを注ごうとした。

「俺は……」
「ただの葡萄の絞り汁、つまりジュースだ。あんた酔わせたらあの男に何されるか分からねぇからな、安心してくれ」

 それで大人しくそのまま注がれるのを見る事になったシーグルだが、なんだか酒の席で一人気を使われているというのは少々いたたまれない。
 そうして一時的に場の会話が途切れれば、グラスを銜えてシーグルを見ていたエルにラダーが言った。
 
「まぁでも……エル、そんなあんただから、皆、信頼してるってのがあるんですよ」

 それに、エルはにっと歯を見せて笑う。

「ンだよ、褒めても何もでねーぞ。……しかしそうだな……俺が話せるおもしろそうな話ってぇと……うーん、団を作る前のマスターの話とかどうだ。例えば、初めて俺があいつと会った時の話とかさ」
「それは確かに聞いてみたいな」

 シーグルが笑みを収めて即答すると、それに続けて次々と同意の声が返る。エルは機嫌が良さそうに皆の声を手で沈めるようなジェスチャーをすると、残っていたグラスの中身を飲み干してまた注いでから、軽く咳払いをして話し始めた。

「最初にあったのは偶然仕事で一緒になった時でな、そら一目見てこれはヤバイ奴だって思ったモンさ」

 その時の仕事は、樹海で起こった火事が原因で魔物や猛獣達が森から溢れた為、それらを始末し周囲の村を守るというかなり規模の大きい仕事だったという。上級冒険者や戦闘能力に特化した冒険者達が集められたからどの面々もヤバイ面構えではあったけどな、というのはエルの付け足した言葉だが。
 ただセイネリアは自分の力を誇示しようとする他の冒険者を無視して一人離れたところでいるのが普通で、他の面子とあまり関わろうとはしなかったらしい。そんな彼を不気味がって、もしくは彼の噂を少しでも知っている者はそれを恐れて近寄らないでいたから、仕方なく雇い主からの連絡事項をエルが伝えにいっていた、という事だ。

「第一印象は不気味以外の何物でもなかったな。ちらっと見られただけこらヤベェって目つきしてたし。ただ話しかけてみたらそこまで怖い感じじゃなくて気が抜けた気はするな、伝えた事に特に文句をいう事もなく、分かった、っていうだけだったし。まぁ雰囲気から相当出来る奴なんだろうなってのははっきり分かったけどさ」

 冒険者としてはそこまで名声があった訳でもないエルは、だが生来の人付き合いの良さとアッテラ神官という立場上、どの仕事でも面倒な連中への連絡役を自然と引き受ける事が多かった。何せその手の血の気の多い腕自慢達は大体がアッテラ信徒というのもあったので、アッテラの神官には一応の敬意を示してくれるからだ。

「あいつの事を『常識外におかしい』って思ったのは、魔物が逃げ込んだっていう谷に入った時だった。予想以上のとんでもない数がいてな、ヤバイってのはすぐ分かったんだが気付いた時には引けばいいって状況じゃなくなってたんだ」

 逃げる者もいる中、皆戦ったが犠牲者も多く出た。どれだけの腕自慢達も死を覚悟して恐怖を押し殺した顔をしている中、セイネリアだけは驚く程冷静でただ淡々と敵を倒していたという。

「それだけじゃなくな、あいつは当然危ない奴とかを助けてはいたんだがその助けてる奴ってのがちゃんと生き残れば戦力になるような連中ばっかでさ、怪我が酷い奴、弱音を吐いてた奴、大して強くもない奴はあっさり見捨てて傍にいてさえ助けようとしてなかった。それに気づいた時、俺は本気でぞっとしたね」

 この状況でこの部隊自体が生き残る為に誰が必要で誰が必要でないか、それを混戦の状況で冷静に考えて戦ってるなんてどれだけ肝が据わった歴戦の勇者でもそうそう出来るものではない。しかも戦力外の連中へ対しての非情さについては普通、人間としてここまで割り切る事なんてそうそうできない。
 更にセイネリアは火の神レイペの刻印を腕に持つ冒険者を見つけると、とにかく盛大に火を付けろと言って谷の木に火をつけさせた。火事から逃げてきたような魔物達なら火から逃げようとする筈だと言って――その所為で魔物達が逃げてばらけ、どうにか彼らの隊は撤退して本体と合流する事が出来たという。
 エルはそれを見て、彼の戦士としての腕もだが、その冷静さと頭も回るとこに驚いて、絶対彼はいつかとんでもない大物になると思ったらしい。

「それに個人的にも――実は俺も途中あいつに助けられたんだがよ、後で聞いたら『お前は戦力的にもいた方がいいし、そもそもお前がいなくなるとこの隊がバラバラになる』って言われてな……うん、なんだ、その、嬉しかったんだよ。こっちがあらくれ連中相手に四苦八苦してどうにかしてたってのをちゃんと見てくれて重要だと思っててくれたんだなって」

 それからエルは『この男と一緒ならどんなヤバイ場面でも生き残れる気がする』と思って、以後はセイネリアの名前をメンツに見つけるとどんな危なそうな仕事でも受けた。そのうちセイネリアを使うならエルがいたほうが扱いが楽だと思われて、セイネリアに仕事を依頼する場合はエルにも声が掛かるようになった。それでトントン拍子に評価が上がって上級冒険者になれたという。

「確かにセイネリアはエルの人をまとめる力を評価していると思う。しかし……確かにそれならかなり長い付き合いなんだな」
「まぁな。でも俺より更にカリンの方が長いぜ。あいつと仕事終わってから飲みにいけるくらいの仲になった時にさ、ある日ひょっこり当然のようにただものじゃなさそうな美人がきてあいつの隣に座ってさ。俺の個人的な部下だ、っていうから目ぇ飛び出る程驚いた。いやこらもう既に大物確定じゃねぇかってさ」

 それにはどっと笑い声が起こって、エルはばつが悪そうに頭を掻く。ただそこまで話を聞いてシーグルにはふとききたくなった事があった。

「その頃は……その、エルもセイネリアと剣を合せたりしたんだろうかか。遊びでも真剣でも、あいつと戦ってみた事があったのか?」

 かつてエルは、黒の剣を手に入れてからのセイネリアとは差があり過ぎて勝負をするのがばかばかしくなって皆剣を合せなくなった、と言っていた。だから逆に、出会った頃ならよく訓練や遊びでの試合をしたことがあるのだろうかと思ったのだ。

「あぁ、あったよ。でも、そうだな……」

 エルは苦笑すると考えながら、少しだけ言いづらそうに言葉を続けた。

「基本的には勝てなかったかな、惜しい事は何度かあったんだが。基本あいつのはただの力技だったんだけどさ、こっちが想定してた以上の力で押しきってきたり、意表を突くのが上手くてさ。ただ……あいつは俺に勝つとなんかつまらなそうでな、理由は分かってたンだよ、あいつはさ、アッテラ神官の肉体強化の術を最大までかけた状態の俺と戦ってみたがってたんだ。最初に遊びで試合する時に『可能な限り強化して掛かってきてみろ』って言ってさ。でもそこまでの強化は死ぬつもりの時以外はするなってのが神官としての教えだしさ、俺が使いモンにならなくなっていーのかよって断った。以後は言ってくる事はなかったけど、特に俺が単純な力負けをした時なんか不満そうでさ。……まぁ、それで次第に手合せ自体やらなくなったんだけどさ、団作った後に一回だけやって、あれこいつこんなに圧倒的に強くなってやがったんだって思った後はもう……一切遊びでも試合はしちゃいねぇよ」

 それに、ぼそりと。ほぼ聞き役に徹していたラダーが呟く。

「団に入った者は、大抵一度はあのセイネリア・クロッセスと剣を合せてその実力を確かめてみたいと言い出す。そして一度でも勝負をすれば、二度目の勝負してくれと言い出す事はなくなるんですよ」
「そそ、お前以外はな。だからきっと……あの男にとってはお前が特別なんだよ」

 言われればシーグルとしてはそれに苦笑するしかない。
 黒の剣から与えられた最強の力で勝っても、セイネリアはまったく嬉しくはない。そんな自分に挑む気さえなくなくした者達には、彼はずっと苛立ちを感じていたに違いない。
 おそらく彼は、自分に呪いを掛けた最強だった騎士の力を誰かに否定して貰いたかったのだ。その騎士の技を使う自分を本当は打ち負かして貰いたかった。勝てないとしても諦めず……セイネリアにとってシーグルが特別な存在になったのはそこからなのだろう。

「呪い、か……」

 正確には剣の中にいる騎士の願いだが、と声に出さず考えれば、もう何杯目なのか、エルがまた酒を注ぎながらそれに付け加えてくる。

「魔剣の呪いってのはとんでもないモンだよな、死にたくても死ねない体か……だから魔法使い共はあいつに王になれっていってきたんだな」

 さらりと聞き逃すにはその言葉にはひっかかるものがあり過ぎて、思わずシーグルは聞き返した。

「エルはあの剣の呪いをどこまで知っているんだ?」
「へ? あーそうだな、普通の人間は持つと発狂すんだよな。で、マスターだけがマトモに持てる。んであの剣の主になった呪いで、マスターは死ねない体になった……って俺は聞いてるがね」

 ならもしかして、黒の剣の中に魔法使いと騎士の魂がいて、その騎士の願いが呪いとなった事までは知っていない、という事だろうか。

「魔剣、というものがどういうものかは聞いているか?」
「いや、そこまで聞いたら魔法使いに記憶操作されるぞって脅されてっから、詳しくは知らねぇな。多分事情知ってる他の連中も俺と同じくらいの認識だと思うぞ。……カリンだけは、もしかしたらもっと詳しい事を知ってるかもしれねーけど」

 確かに考えたらわかる事だ、魔剣の成り立ち、黒の剣の秘密、それらは魔法使いかそれと同等の立場の魔剣の主しか知ってはいけない事になっている。自分も知らなかったのにエル達は既に知っていたとシーグルは思っていたが、知っていたのはあくまで彼らにもバレるような事象についてだけであって、その理由まで正しくは教えられていないのだ。

「そうか……教えてくれてありがとう。あとエル、魔法使いはセイネリアに王になれと言ってきたのか?」
「あぁ……まぁただそっちの詳しい事は俺じゃなくあの男に直接聞いてくれねーかな。ちっと俺はどこまで言っていいのか分んなくてさ、多分あんたは全部聞いてもいい人間なんだと思うが」
「そうか、あぁ分かった、ならいいんだ」

 どんなにセイネリアが主として認められていても、部下である事に誇りを持たれていても、命さえ掛けてくれていても――結局、彼と同じ秘密を持って、同じものを見、同じ時を行けるのは自分だけなのだ。
 そう考えればシーグルは、彼の孤独と絶望を身近に感じて締め付けられる思いにただ胸を抑える事しか出来なかった。




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 雑談はここで終わり、次回くらいからは不穏な影が出てくるかと……。
 



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