【3】 シルバスピナ家の首都の屋敷は、家の格の割にはそこまで広くもなければ全く華美でもない。質実剛健をそのまま行く家風の所為もあって殺風景なつくりだが、フェゼントが中心となってウィアやら若い使用人達、それにロージェンティも加わって、花やらカーテンやテーブルクロス等、細かい部分で殺風景にならないように気が配られていた。 それが、貴族の家、というには堅く感じさせず、彼らにとっても居心地が良いのだろうとシーグルは思う。 「うっわ、この酒美味いなぁ、なんかがぶがぶ飲むのは勿体ねぇ」 「ふっふっふ、今回酒の仕入れは俺が担当したっ、この家の飲めない面々に任せる訳にはいかないからなっ」 「いや、ウィアさん流石です、美味いですこれっ」 昔から客人を招く事は多かった為、このこじんまりとした屋敷でも食堂だけはそれなりに広いのはこういう時に助かる。 リシェの街を上げての盛大なお祝いとは別に、シーグルの騎士団復帰祝いとシグネットの誕生を祝いたいと言ってきた隊の者達の申し出を受けて、シーグルは彼らを家に招くことにしたのだった。 言われれば確かに、リシェの祝いではシーグルは主に貴族の客相手で一杯一杯で、とてもではないが部下達や普段から近くにいるの者達とは、例え来てくれたとしてもゆっくり話をする暇はなかった。それを分かっていて屋敷まで来なかったという彼らの為に、だからシーグルは首都の屋敷の方でのささやかな身内だけの宴を開く事にしたのだ。 「美味しいわねー、隊長の兄上様に作り方聞いておくからね」 彼らしく黙々と飲んでいるランの横にはその奥方と、アルヴァンとメルセン、二人の子供達が行儀よく座っていた。今回はこちらを祝って貰う事より、シーグルとしては心配を掛けた人達に楽しんでもらいたいという思いがあった。だから隊の者達だけに限らずランには家族を連れてきてもらったし、自分の代わりに隊を見てくれていたエルクア、それにロウも彼の友人と共に呼んだ。ただし、キールはそういう席は苦手だという事で、テレイズは立場的に今は状況が難しいという事で断られてしまっていた。勿論それは彼らが自分を気遣っての事だと分かっている為、シーグルがそれに気を悪くする事などある筈はない。 「しっかしなぁ、お前達兄弟ってやっぱおかしいぞ、にーちゃんとかもあんときと変わらず可愛いままだしさぁ、お前も変わらず美人だしさぁ……ってかシーグルっ、お前女みたいって訳でもないのにちっとも男臭くならないのはどういう事なんだ。俺はなぁ、そもそも男らしくなったお前をみりゃぁ、初恋の甘酸っぱい思いが昇華出来るんじゃねぇかって思ってなぁ……」 「あーすみません、こいつちょっと酔ってます」 と、隣に座っている友人のアルセットが言うまでもなく、ロウの目は据わっていた。 彼もまた、シーグルが帰って最初に会った時の騒ぎは大変なもので、泣くわ叫ぶわ倒れ込むわと、あまりの騒ぎに騎士団内で人山が出来てしまったのを思い出す。 「フェズには俺のだからなっ、こっちには手を出すなよっ」 「え? 何、神官さんってそういう関係なのか?!」 「ふっふっふ……」 「ウィーアっ、余計な事いわずに手伝ってください」 「おうっ、りょ〜かいっ」 今回、料理やらのもてなしを仕切っているのはフェゼントで、彼はこちらで一緒に飲食をする余裕が殆どないくらいに忙しい。ウィアとナレドはその手伝いなのだが、お祭り好きのウィアは楽しそうなこちらの様子に黙っていられず、ちょこちょこ会話に参加していてその度にフェゼントに呼ばれる――というのが何度もあった。 「なぁシーグル、お前ちゃんと鍛えてるくせに、なんでそういつまでたってもンな外見なんだ、おかげで俺はお前見る度にときめいて胸と下半身がエライ事に……」 それにシーグルが何かいうより早く、アルセットがロウの頭を叩く。その容赦のなさは見てすぐ分かる程で、思わず立ち上がり掛けていた隊の他の連中も苦笑して座った。 「すいませんこんな場所に似つかわしくない奴で、なんなら外の門にでも縛りつけて来ますが」 「まぁいいさ、飲み過ぎてるからその内寝るだろ」 「……確かにそうですね」 シーグルも苦笑してそういえば、アルセットも苦笑で返す。 当のロウは派手に殴られた割には酔っ払いらしく痛くなさそうで、この分では明日になってから何故頭が痛いんだとか言い出しそうだとシーグルは思う。 まぁだが、シーグルも少し考えるところはある。最近やけに『変わらない』『若い』と言われる事があるというのもあるし、セイネリアの部下達からなど、そこまで年齢差があると思われないのにいつでも子供扱いをされている。それは彼らの経験的な部分を考えれば仕方ないのかもしれないが、そんなに自分は子どもっぽいのだろうかと悩む事も多々あった。 言われてみれば、自分より外見は年下に見えると思っていたウィアや兄も、最近は顔の輪郭が少しシャープになった気がしてきて、自分の顔を鏡で見ては比べて考え込む事もあるのだ。 『お前ってガキの頃から年上に見られてきたタイプだろ。そういう奴って大人になっても変わらなくて若く見える事が多いんだぜ』 ウィアはそう言ってよく慰めてくれるのだが、それでもやっぱりシーグルとしては自分の立場的にもう少し威厳がありそうな風貌になりたいとは思ってしまう。そうすればヘンな目で自分を見てくる者も減るだろうに……と思って、この間ぼそりと『髭でも生やしてみるべきだろうか』と呟いたところ、部下達に泣きつかれてやめたという経緯があった。 「それでは皆さん、シグネットの顔を見てあげて下さいませ」 ロージェンティがよく通る声でそう言うと、籠ごと赤子を抱いて来たナレドが後ろからやってきて、籠を乳母台に置いて固定する。そうすれば皆が一斉に立ち上がって、とはいえ立場的にはこの中で一番上になるエルクアに籠の前は譲って、他の者達は籠から一歩引いた場所から眺める。 「やっぱ将来は隊長に似て美人さんになんだろうなぁ」 「馬鹿テスタ、女の子じゃねぇんだし」 「いやでも隊長そっくりですよね」 「んー目元はちょっと奥方似かな」 遠目でも楽しそうに見ている部下達の中、ランの横で籠の中が見えなくてきょろきょろしている彼の息子達の姿にシーグルは気付いた。 「ラン、家族でもっと近くへきて、ぜひ子供達にもシグネットを見せてやってくれないか」 言えばランは一礼して、妻と子供達を連れて前に出てくる。それからランは上の息子のメルセンを抱き上げ、奥方は下の子のアルヴァンを抱き上げて、籠の中にいるシグネットを子供達に見せてやる。 「ほーらアルぅ、こちらがシグネット様よ、ちゃーんとここで会ったって事を覚えておくのよ」 まだ幼いアルヴァンは、じっとシグネットをみると手を伸ばして何か言いたそうにしている。それを不思議そうに見つめていたシグネットも、アルヴァンが何か言えば、それに答えるように籠の中で手足を動かした。 そして、ランに抱かれた上の息子のメルセンと言えば。 「シグネットさまっ、私の剣をあなたにささげますっ、どうかおおさめくださいっ」 何処で教わってきたのか、一生懸命覚えてきただろうその言葉を舌ったらずに言いながら敬礼までしたその様に、周りの者達が一瞬目を丸くする。それから一斉にその微笑ましさに笑いが起こる。 「あぁメルセン、よろしく頼むな」 「はいっ、隊長さまっ」 「まったくこの子は、どこでそんな台詞覚えてきたんだかね」 ランの腕の中で敬礼をしてみせたメルセンの頭をシーグルが軽く撫でれば、その後にその額を母親がぺしりと叩く。 そうしてラン達夫妻は子供達を下してその場を引いたのだが、そうすれば彼らの回りに隊の連中が集まって、皆で一斉にメルセンの頭を撫で捲り出した。 「ぼうず、どこで覚えてきたよそんな言葉。とーちゃんと違ってコミニュケーション能力高けぇじゃねぇか」 「しっかりした息子じゃないか、ラン」 「よしっ、シグネット様は任せたからなっ、剣ならいつでも俺が教えてやるぞっ」 「そうだな、俺達が鍛えてやんねーとな」 終いには撫でるというより皆でこねくり回す状態になっていて、もみくちゃにされたメルセンは父親の後ろに逃げて隠れる事になる。 「んだよ、ここで逃げてるようじゃシグネットは任せられねぇなっ」 そこでそう言ったのは、メルセンの後ろにいつの間にか来ていたウィアだった。わざとだろう、偉そうに腕を組んで見下したように言われた事で、メルセンはきっとウィアを睨む。ウィアはそこで、メルセンの頭を更にぺしぺしと叩いた。 「俺はなァ、シグネットの先生になる男だぞ、だっからお前にとっても先生だ、先生って言ってみなっ」 だがそれをじっと睨んで、メルセンは一言だけ呟いた。 「……ちび」 当然それを言われれば、ウィアの表情が引き攣る。 「んっだとぉ、このガキィッ。てめまだ俺より小さいだろうがっ」 そうして子供とウィアの追いかけっこを皆して眺める事になって、部屋の中はまた笑い声で満ち溢れる。 「どうみてもあのご両親見ればあの子は将来ウィアより大きくなるよね」 「まだ、ってつける辺りウィアも分かってるんじゃない?」 笑って野次を飛ばしている連中の中、後ろでそんな事を話しているラークとヴィセントを見ながら、シーグルもそれには心の中でこっそり同意した。 --------------------------------------------- 将来、メルセンとアルヴァンがシグネットに振り回されるのが確定されました(==。 |