【4】 冒険者用の宿屋としては、ありきたりなつくりの月の猫亭の2階。ありきたりな木造建築の部屋は、特別豪華でもなければ綺麗でもない。しいていえば、いつでもベッドを増やしたりザコ寝なら何人かが入れるように、部屋は思ったよりは広さがあるくらいだ。 だが、今。 ベッドの上に寝かされた姫君のおかげで、この部屋はウィアの中では高級宿のスイートルームだった。 「据え膳ってやつだよな、これって」 ごくり、と喉を鳴らして、ウィアは気持ちよさそうに寝息を立てているフェゼントを見下ろす。 「いやまて俺、会ったその日にやっちゃうのは流石に不味いだろ」 一応はウィアにも理性はある。というか、既成事実を作るのはいいとして、嫌われたらそもそもおしまいではないだろうか、と思い直す。 「でもさ、酔っ払ってて記憶怪しいだろうし、ちゃんと合意の上だったんだっていえば、多分、騙されてくれるんじゃないかな」 理性はあることはあるのだが、ウィアは欲求に正直すぎた。 ついでに、楽観主義を通りこしたお気楽主義は、都合のよいように考えるのが得意だった。 「とりあえず、鎧のまま寝かせる訳にもいかないし、鎧は脱がせないとならないだろ、うん。その先まで手を出すかは別としても、そこは必要があってやったんだ、やましい事はない」 たとえ、頭はやましい事だらけでも。 自分に言い聞かせながら、ウィアはフェゼントの鎧に手を掛ける。 まず最初は上の装備品から……とフェゼントの肩に触って、そこでウィアは手を止める。どうやら肩当ては鎧の下でベルトか紐かで固定されているようで、いきなり外す事は出来そうになかった。では、一番重そうな胸当てを外そうとするのだが、留め金は外せたものの、これもどこかで縛って固定されている場所がある。 「えーと、背中……になんか止めるとこあったっけ? それとも脇か、脇なんだな?」 フェゼントの体をひっくり返そうとして抱き上げれば、恐らく本人は軽いのだろうが、鎧分が思ったより重い。そういえば、ここまでフェゼントを連れてくるのも、ウィアとここの主人の二人係りでだった事を思い出した。ついでにいえば、ベッドに乗せるのに流石にブーツは脱がしたのだが、それは主人がやってくれて、そこそこ面倒そうにしていた覚えもある。 童顔でチビだとしても、逆にそうだからこそ、実はウィアはそこそこに男女共に経験はあったりする。ただし、好みが好みであるから、今まで相手が鎧をきていた戦士だった事はない。更に、身近な知り合いにも鎧を着てるような人物はいないし、はやい話、ウィアは鎧なんてものは誰かが着てる状態のものを見た事しかない。 だから、鎧の着方も脱がし方も分かる筈がなかった。 「えーとえーと、落ち着け俺。こういうのは着てる順番があるハズなんだ。闇雲に紐を解いていってもポロっととれるもんじゃなく……あー、これはどこで留めてるんだっ」 幸いな事に、慌てて騒ぎながらウィアがあちこち触っていても、フェゼント本人は起きる事はなかった。だが、全く力の入っていない体というのはただでさえ重いものなのに、鎧の所為で当人の倍近くになっていそうな騎士の体はやたらと重い。 「食事前に鎧は脱いだらっていったら良かったな……。あーいや言ったわ俺、そしたら帰る時に持って行くのも大変だし、また着るのも大変だっていってたよな確か。確かにこれは着るの大変だろうさ……あーもー、なんでこんな複雑なんだっ」 重い体を持ち上げながら、あちこち見回しているウィアは、そこでふと気がついた。フェゼントの鎧は主に上半身を守る為の簡易タイプで、全身びっしり覆われているという訳ではない。下半身は軽いタイプの鎖帷子の上に幅の広いベルトが2重に巻いてあるくらいで、鉄板で覆われている訳ではなかった。 だからつまり、ベルトさえ外してしまえば、コトをする事は出来るのではないか、と。 そこまで思い至って、ウィアははっと我に返った。 「って、鎧着たままやったらそれ本当にただヤリたいだけの奴じゃねーか。最初からヤル為だけに近づいた強姦魔じゃないんだから、それはだめだろ」 可愛い彼女が欲しい、と切に願っていたウィアであるから、恋人との関係にはあまーい幻想を抱いている。鎧を着たまま下半身だけ脱がしてヤルなんて状況は、流石に酷いというか甘い幻想とはほど遠すぎる。 欲望だけを追うには夢見がちすぎるウィアは、誘惑をふりきる為に必死になってフェゼントの鎧を外す作業に没頭する。この程度の装備で苦労しているようなら、もしフルプレートの騎士様姿だったらどうするんだ、などと考えるあたりは完全に必死になりすぎて思考がずれていた。 そして、格闘する事、そこからさらに暫く。 「よし、とれたぞー」 やっとのことで胸鎧を外す事が出来たウィアは、フェゼントを抱えたまま鎧だけを持ち上げて床に落とそうとした。……したのだが、ウィアが思っている以上にそれは重すぎた。 「え、ちょ、あれ、れれれれっ」 鎧を持ち上げたつもりの右腕が力を誤って、持ちきれずに落下する。 そのまま体が右に倒れ込み、天秤のようにフェゼントを支えていた左腕が彼の体を持ち上げる。 となれば当然、倒れ込んだウィアの上にフェゼントが落ちる。 最後にそのタイミングで、あれだけ起きることがなかったフェゼントが、ウィアの声を倒れ込んだ耳元で聞いて目を覚ました。 「あれ……え??」 反射的に起き上がったフェゼントが、状況を判断するまでに一呼吸の間。 それから、お互いの視線があって、時間が止まる。 体勢的には、ベッドに倒れ込んだウィアの上に、胸当てを外したフェゼントがのし掛かっているような状態だった。しかも、さんざんフェゼントの鎧と格闘していた所為で、ウィアの服が乱れて少し胸が肌蹴られていたあたりが決定的だった。 「えぇえええっ、わ、私っ、すいません、すいませんっ」 自分の方が弁明しようとする前に、すごい勢いでフェゼントに謝られて、ウィアは状況が理解出来なかった。 完全にパニックを起こしたフェゼントは、気の毒なくらいに青い顔をして只管ウィアに謝っている。ウィアの方も、何故フェゼントがそんなに謝っているのかが分からなくて、こちらもパニックを起こしかけていた。 だが、自分の格好と現状をゆっくりと再確認してみて。 ウィアは、やっと今どういう状況になっているのかが分かった。つまりフェゼントは、酔った勢いで、向こうの方がウィアを押し倒したのだと思ったのだ。 気付いて、否定しようとして口を開きかける。けれどもその唇を一度きゅっと引き結んでから、一呼吸置いてウィアは改めて口を開いた。 「あー……その、そんな謝らないでいいから」 「いえ、私は人として最低な事を……」 これは、チャンスではないだろうか、とウィアは思う。 青い顔で僅かに震えてまでいるフェゼントを騙すのは、ウィアでも胸が痛んだ。最低なのは自分の方なんだと罪悪感にかられる。だが、それでもウィアはフェゼントを手に入れたかった。騙した分、恋人になれたら大事にするからと心の内で誓って、胸の痛みを振り切る。 「あのさ、別に、嫌じゃなかったし。俺フェゼントが好きだからさ、逆に嬉しいくらいだった」 そう言ってウィアが笑えば、フェゼントは強張らせていた表情を少し解す。それからみるみる顔が泣きそうに緩んで、ついには瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出した。その顔は本当に子供のようで、そして胸がきゅっと締め付けられる程可愛らしかった。 「キス、していいかな。フェズ」 思わずそう言ってしまえば、フェゼントは少し驚いた後にゆっくり笑って、はい、と答えた。だからウィアは少し頭を持ち上げて、降りてきたフェゼントの唇に口付けた。 --------------------------------------------- 次はフェゼント×ウィアの甘々系いちゃいちゃH。 |