【12】 空は快晴、今日も気持ちのいい朝の空気が清々しく肺を満たしていく。……のだが、気分は清々しいとは正反対の状況で、グスは忌々しげに館を睨んでいた。 「どうなってやがる、この館はよ……」 テスタが言いながら地面の土を蹴りあげる。 他の者も口々に悪態をつきながら、顔に焦りの表情を浮かべていた。 シーグルを探す為に、隊の面々はこの館の使用人達を起こしに行ったのだが、どれだけ呼んでも叫んでも誰も起きてこようとはせず、思い切って部屋の中にまで入り込んだ者が寝てる者を揺り起こして耳元で怒鳴ってみたのだが、やはり彼らは何があっても起きようとはしなかった。 部屋の中には人がいる、けれどもどれだけ起こそうと誰も目を覚まさない。どう考えても異常だと気づいた彼らは途方に暮れるしかなかった。 「いや、いっそ見事なもんですね。まるで館全体が眠りの魔法にでも掛かってるような状況ですよ」 クーディが言いながら、お手上げだというように肩を竦めて見せる。マメな彼は、使用人達殆どの部屋の中を見て回ってきたらしい。 「領主の部屋はさすがに鍵掛かってて入れなくてな、多分、静かだったし反応なかったから他の連中とおンなじだとは思うが……」 無理矢理部屋を蹴破るかとも思ったが、後で問題になることも考えて、そしてきっと開けても無駄だと思って、グスはとりあえず中庭へと帰ってきた。 他の者達も、それぞれ行った場所で同じ結果を見てきたらしく、焦りと苛立ち、そして不安で、集まったもののどうしようと騒いでいる事しか出来ないでいた。 だが、そこで、更に彼らが呆れるような事態が起こる。 皆が皆、どうするべきかと悩んでいるところへ、何事もなかったかのように、この館の使用人が数人歩いてきた。あっけにとられて固まる彼らを全く気にせず、使用人達はそれぞれの担当に散り、あるものは庭を掃きだし、あるものは植木の手入れを始め、そして他の者もそれぞれ水汲みやら薪運びやらを始め出した。 「なんだ、こいつら?」 まるで、時間がきたら動き出すカラクリ人形のように、寝たまま全く反応がなかった人々が何事もなく働き出す姿は、異様というよりも不気味だった。 もしかして、既に皆人形と入れ替わっているんじゃないかとさえ思ったが、流石に動いている人々はどうみても生身の人間に見えた。 他の連中と同じく、呆然と彼らを見ていたテスタが、何か思いついたのか庭を掃いている女に近づいていく。 「おはよう」 そして、そう彼女に言えば。 「おはようございます、お早いですね」 と、極自然に笑顔で返されて、テスタは皆の方を振り向くと、苦笑いで首を傾げて見せた。 すぐに話しかけられた女は掃除に戻っては行ったものの、先ほどまでの寝ている姿を見ていなければ、異常だという事に気づかなかったろうと思う程に自然だった。 「どうします? 隊長の事……聞きます?」 クーディがおそるおそるグスにそう尋ねて来たが、グスはそれには首を振る。 「いんや……多分、何も知らないって言われるだけだろうよ」 操られているのか、それとも別の方法か知らないが、彼らは何らかの手段で特定の行動しかしない――もしくはこの状況の犯人の都合の良いようにしか動かないのだろう。だとすれば、シーグルの事を聞いても無駄だとグスは思う。 「あぁ皆さん、こんなとこいたんですかぁ」 と。 突然聞こえた、隊の者ならすぐに分かるその間の抜けた声に、皆はその声の聞こえた方に顔を一斉に向けた。 「シーグル様は? ……っていうか、その様子だと間に合わなかったんでしょうかねぇ」 声はいつも通り間が抜けてはいるものの、珍しく魔法使いの男の顔は真剣だった。 「キール、助かった、お前さん随分早くこれたんだな」 シーグルとグス、どちらもこの事態には魔法使いが絡んでいる可能性が高いと踏んで、昨日、マニクとセリスク二人だけは首都に帰らせ、このシーグル付きの文官魔法使いを呼んでくるように言ったのだ。 「えぇまぁ、聞いた感じヤバそうな気がしましたんで、今朝一でこの近くにポイント持ってる知り合いに頼んでですねぇ、とにかく急いで送って貰ったってぇ訳なんですけど……それでも間に合いませんでしたかぁ」 流石魔法使い、と感心はするものの、それより早く敵に行動を起こされた事が悔やまれる。 「キール、おめぇなら、ここの連中のおかしいのが分かるか?」 テスタがグスを押し退けて、魔法使いの前にでた。 「えぇまぁ、ここへ案内して貰う為に、ちょっとばかり使用人さんの一人を調べてみましたからね、わっかりますよぉ〜」 「どういう事になってんだ、ここの奴らは?」 「あ〜、まぁ基本は操られてるんですけどね。なんて言うか皆、寝てるよう状況だと思ってくれればいいですかね」 「寝てるぅ?」 驚いて、キールに詰め寄るテスタに、魔法使いはにへらっと、いつも通りの緊張感のない笑みを返す。 「ん〜と、ある程度の人数を一度に操るのって大変ですからね、本人達の意識を寝ている状態にさせて、『いつも通り』に動いてる夢を見させているんですよ」 「はぁ、なんだそりゃ?」 「ですからぁ、魔法使いがやってる事はですねぇ、本人が夢の中でとってる動きが、そのまま現実の体を動かすように繋げてやってるだけで、後はひたすら強力に眠らせてるだけなんですよぉ」 「……つまり、寝てる人間の意識は夢の中でいつもの仕事をしてるだけで、それが現実の体も動かして……る?」 「そのとぉ〜りです。で、意識は寝ちゃってるとぉ、かるぅく干渉すれば簡単に操作出来ちゃいますから。ほら、夢の中だと多少おかしい事態も気にならないでしょ? んでもまったく自分の意志がない訳じゃないから、多少のやりとりする頭はあるんで一から十まで指示しとく必要もない。ま、そんな状態ですからぁ、『いつも通り』以外の部分だけちょっと弄っておいてぇ、後は『いつも通り』にする夢を見せておけばいいと、いちいち動き全部を操るより楽ち〜んって訳なんですね」 事態の深刻さを全く気にしないような魔法使いの脳天気な話し方に、グスは頭が痛くなってきた。 「眠りってぇとやっぱアルワナの神官……がいるのか?」 「違いますよぉ、こんなヤバイ魔法、神官さんじゃやりませんってぇ。ただ魔法の系列は似てますねぇ、多分、犯人はぁ〜暗示関係というかぁ意識に働きかける系の術を使う魔法使いさんなんじゃないですかねぇ」 だから、そうしてカラカラと彼が笑い声をあげるに至って、グスの忍耐力は限界に達した。 「ともかく、隊長がいないんだ。館の連中はこんな状態だし、こっちは全くお手上げだ。何か手はないのか?」 魔法使いは笑いを止め、ぽかんと一瞬グスの気迫に押されたように間抜けな顔をして黙る。 けれど、またいつも通りのにへらっとした笑みを浮かべると、彼は頬を軽くかきながら答えた。 「そうですねぇ、全員の術解くのは結構手間ですから、とりあえずこの事情を一番知ってそうな人物だけ術を解いて、話を聞いてみるってのはどうですかね?」 「事情を知ってる人物?」 「えぇ、領主であるバーグルセク卿本人ですよ」 * * * * * * * * * まるで、夢を見ていたようだ、と術が解けた彼は状況通りの台詞を呟いた。 術が解けたバーグルセク卿からグス達が聞き出した話は、大体は隊の者が昨夜調べた通りの内容ではあった。 生まれつき魔力の強い息子。母親がいなくなってから魔法を使っていたずらをするようになった彼の為に、バーグルセク卿は彼をちゃんとした魔法使いにしてくれる師となる魔法使いを呼んだ。 魔法使いが来てから少年はおとなしくなったが、それでほっとしたのもつかの間、領内の村でドラゴン騒ぎが起こった。 バーグルセク卿は討伐隊を出したが2回とも全滅し、それで別の魔法使いを雇って調べさせた。――バーグルセク卿が覚えているのはそこまでで、後は夢の中の出来事のように記憶があやふやだと彼は言う。 「あなた方一行の事は、なんとなく覚えがあります。シーグル様の事も微かに分かります。でも、それだけです、夢の中で会ったという感覚が一番近い。話をした覚えはありますが、何を話したのかは覚えていません」 ぐったりと、かなり憔悴した様子のバーグルセク卿は、未だ表情は呆然としたままで、聞かれた事だけにどうにか答えている状態だった。 「黒幕は、そのガキの師匠にする為呼んだ魔法使いって事なのかね?」 「えぇまぁ、おそらくはそうでしょうねぇ」 焦るグスに、あくまでものんびりとキールが返す。それでも、いつでも阿呆みたくぼーっとしている魔法使いにしては表情が硬い事にグスも気づいていた。 「ヘタするとドラゴン騒ぎもその魔法使いのせいでしょうかねぇ。貴方が調査を依頼した方の魔法使いは……生きてなさそうですかねぇ、ギルドの方に問い合わせれば行方不明者リストに名前がありそうな気がしますけど」 はぁ、とらしくなく深刻なため息をついた魔法使いをみて、グスは内心焦りで一杯になっていた。 なにせ、現状、バーグルセク卿に話を聞けたのに、調べた状況の確認が出来た程度しか分かった事がない。シーグルの事に関して、手がかりになる事が何も分かっていないのだ。 だが、焦るグス以下の隊の騎士達とは違って、文官の魔法使いはあくまで落ち着いた口調を崩さない。呆然としたままのバーグルセク卿の前にしゃがむと、瞳は笑っていなくても、緩い笑みを顔に浮かべて彼に尋ねた。 「ところで、貴方に少々お尋ねしたい事があるのですよ。シーグル様のいた部屋、あの部屋とまったく同じ間取りの部屋がどこかにあったりしませんかねぇ?」 聞かれたバーグルセク卿は一瞬考え込み、それからまだ考えている最中なのか、途切れがちに答えた。 「あの部屋は……いなくなった妻の部屋で……あぁそういえば、あいつが別荘を作って欲しいといった時、そこにあの部屋と出来るだけ同じ部屋を作れと言っていたと……」 キールの顔が今度は本物の笑みを浮かべる。 深くなった口元の笑みは、彼が何かを確信した事を告げていた。 「なら確定でしょうかね、その別荘の場所を教えてもらえませんかねぇ?」 「だが、あの別荘は折角作らせたのに殆どあいつは使ってなくて、今はどうなっているか……」 「いいえぇ、奥方はその別荘をよっく使ってたと思いますよぉ。この館から出かけていない筈なのに、奥方が見あたらないってことが結構あったんじゃないですかね?」 それはキールの言った通りらしく、バーグルセク卿の顔色が変わる。 何を言っているのか分からなかった隊の者達も、それがシーグルがいなくなった事に関わっている事を朧気ながらも気づいて、期待の目を魔法使いに向けた。 「離れた位置にまったく同じ間取りの部屋を作って、そこを空間的に重ねるのは魔法使いがよくやる手の一つです。いちいち転送術を使わなくても、一度繋げておけば好きな時に入り口に好きな方の部屋を繋げて行き来出来る。一つの入り口に、別の場所にある同じ部屋をいくつも繋げておくとか、魔法都市クストノームだとよくあることですからねぇ」 「つまり、隊長はあの部屋と同じ部屋がある、別荘にいるって事か?」 「おそらくは」 キールの答えに、騎士達から歓声や安堵の声があがる。 とにかく、手がかりがあるなら急いでそこへ行くしかない。グスが号令を掛けて、皆はすぐに出発する為外へと向かう。 だが、残って別荘の位置を確認していたグスが、バーグルセク卿に礼を言ってその場を去ろうとすれば、呆然とうつむいていた彼はそのマントの裾を掴んで引き留めた。 「あの子も……ネイクスもおそらくそこにいるのでしょう? ならば、私も連れていってください」 出来るだけ急いで行きたいグスは、明らかに足手まといになる彼をつれていく事を迷う。 その背中を、気楽な文官魔法使いが叩いた。 「まぁ、あなた方は先行っててくださいな。領主様にはちょぉっと話もありますし、私も準備がありますのでね」 「だが、相手が魔法使いなら、お前さんが遅れてくる事は困る」 グスとしては、今回の件に関しては、キールをかなりアテにしている。彼がいなければ、魔法使い相手にヘタにつっこむ訳にもいかない。 だが、いつでものんびりとした魔法使いは、やはり緊張感のなさそうな笑みを浮かべたかと思うと、十分に頼もしく聞こえる声できっぱりと答えた。 「そこはどうにかしますんでご安心を。どうやら件の魔法使いは違反者らしいですからねぇ、ギルドの方に協力を頼めると思いますんで、もうちょっと助けを連れていけると思いますよ」 だからグスは考えて、頼む、という言葉と共に部屋を後にする事にした。 --------------------------------------------- むさそうな連中がバタバタしてるだけで終りました(==; つ、次は、シーグルさんがちょっと喘いでくれるんでお許しを。 |