<ティーダの章> 【5】 「……よし、って事でこの話は終わりな。それについてお前が考えるのは今後の宿題って事で――だ……」 急にやたら勢いよくそう言ったティーダは、だがそこまで言ってからは口を閉ざして、メイヤの頭に置いた手を強く撫でる、というよりも、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜだした。 「ちょ、ちょっと師匠、どうしたんですか?」 「えーと、あれだ、その、な……この話はここまでって事でだな……うん、その、ほら……後はだな……」 何故そこでティーダが口篭もるのかがメイヤには理解出来ない。 出来ないが、じっと師匠を観察してみれば、妙にそわそわとした……というか、どうにも言い難くて困っているようで、メイヤは余計にわけがわからなくなった。 「すいません師匠、何か言いたいことがあるならはっきり言ってください」 ついにはそう言ってしまえば、ティーダは、うっ、と顔を顰めてから手を止め、それから不貞腐れたように視線を逸らしてメイヤに告げる。ただ、その声はあまりにも小さくて呟いているようだったが。 「お前、今日行って来たんだろ。だから、その報告をな……」 それでメイヤはティーダの言いたい事をやっと理解する。 帰った直後に余りにも驚く事があった所為で、すっかり頭の中から今日自分が何をしに出かけたのかという事が吹っ飛んでしまっていた。 「あぁあ、すいませんレテットさんのことですね。はい、ちゃんと品物は渡してきました」 言えばティーダは、今度はなにやら考え込むように口を手で押さえている。 「師匠?」 「そっか、あいつレテットって言ったっけ……」 メイヤは思わず肩を落す。 あぁ本当にこの人はやっぱりレトさんの本名覚えてないんだな、とメイヤは頬を引き攣らせはしたものの、ふと、では最後にティーダがレテットと会ったのは何時なのだろうかとも思う。 それに、あの老人がティーダの弟子だったというなら、ティーダの本当の年齢はあの老人以上な事は確かだ。だが、あの老人もまた魔法使いであるなら、見た目通りの年齢とは限らない。 ティーダが考え込む横で、メイヤの方も別のことで考え込む。 しかし今回は、先に考え込むことをやめたのはティーダの方であった。 「あぁいやそのなっ、名前はいいんだっ。どうせレトの奴はレトだしっ。お前もレトでいいからなっ。でだ、俺が聞きたいのは……その……だな……あいつ、さ、どうだった?」 ティーダの顔は何処か不安そうで、そんな表情の彼は正直慣れない。 「元気……でしたよ? お歳を召してらっしゃいましたが、すごい元気で……口調が貴方に似ていてとても面白い方でした」 話を聞くティーダの顔は真剣そのもので、メイヤはあまりの師のその真剣さに、彼が知りたい事はなんだろうと悩む。 「今は湖の傍にある家で、お弟子さんと二人で生活されてました。あ、師匠の言った通り、湖についた直後は魔法の目くらましがかかっててなんだかどんよりした雰囲気だったんですが、解除用の手順を踏むと綺麗な場所でした」 メイヤは懸命に思い出して、あそこでの事を出来るだけ詳しく伝えようとする。 カロから聞いたレテットの日常話とか、困ったクセとか、後はあの師弟がどれだけが仲が良かったかなど、思いついた事を片端から話した。 ティーダはたまに嬉しそうに微笑んだりもしたものの、基本的には真剣に、そして何処か寂しそうにメイヤの話を聞いていた。 一通り話して、言葉が途切れた途端、ティーダは声を出してまで大きく息を吐き出すと、まるで今聞いた出来事を頭の中に浮かべようとするかのように目を閉じた。 「そっかぁ……あいつもじーさんか……。でも、弟子とって楽しくやってそうなら良かった、かな」 口元にあるのはほんの少しの笑み。 多分、ずっと会っていない弟子の事を、ティーダは心配していたのだ。 レテットは『会ってくれなかった』と言っていたから、ティーダの方が会う事を拒否していたのだろう。何故、ティーダが会おうとしなかったか、その理由を聞きたくはあったものの、それは聞いてはいけない事なのだろうとメイヤは思いとどまる。 だが。 「ただ……そういえば、あの腕輪を見た時、『ありがたいけど焼け石に水だ』って言ってました。後、手遅れになる前でよかったって」 思い出したように付け足したメイヤのその言葉に、ティーダの顔が沈む。 メイヤはすぐに自分の今の発言を後悔した。 「だろうな……分かってるよ……」 それきり黙って、ティーダは下を向いてしまう。 初めて会った時に見た、寂しそうな顔。 彼の長い黒髪が白い横顔に影を落す。影の中、憂いを帯びた緑色の瞳はとても美しかったけれど、彼がそんな顔をしているとそれだけでメイヤは胸が苦しくなる。 彼の寂しさをなくそうなんて、そんな大それた事は考えていない。自分とは比べ物にならない長い時間を過ごして来た彼の、その心に溜まる暗い影を取り除くなんていうのは不可能な事だと分かっている。 ただ、たとえそれが一時的なものでもいいから、メイヤは彼に出来るだけたくさん笑っていて欲しかった。 だから。 「そういえば師匠、レトさんに帰りがけに聞かれたんですよ……師匠とはもう寝たのかって」 「あぁ――」 と、未だ心が思考の中に入っていたティーダは、いかにも心ここにあらずといった曖昧な返事を返した、が。 「――じゃねぇっ、ちょっと待てっ」 途中で言われた言葉の意味を理解したのか、いきなり顔を上げてメイヤを見る。 「……なぁに言ってきたんだ、あのガキは……」 声の調子はすっかりいつも通りで、だからメイヤは作ったようににこやかな笑顔を師に向ける。 「えぇ、そっち方面の師匠の過去のお話とかもいろいろ聞きました。なんていうか、昔から押しに弱くて、結構ノリでいたしちゃってたから、かなりお盛んだったなんて話も――」 「だーーーーーーーーーーー」 ティーダは顔を真っ赤にしてメイヤの言葉を遮る。 目を潤ませてまで大きく見開いて、ぎゅっと閉じた唇を震わせている彼の顔は、自分よりも年下に見えるくらい子供っぽくてメイヤは嬉しくなる。まるで、遠くに行こうとしていた彼が帰ってきたような、そんな気持ちにメイヤをさせる。 「……いやそのあのだな、そっちの話はいろいろ否定は出来ねぇけどっ……くっそガキになんて事話しやがるんだあいつは」 未だ顔が赤いティーダは、悔しそうに舌打ちしながらも、言いたい事が纏めきれないのか時々言葉が詰まる。 「歯に衣着せないというか、ストレートすぎる表現とか、がさつで下品なとことか……えぇ、師匠にそっくりな方でしたね」 メイヤは完全に笑顔を維持したまま言う。 そこまでいけば、ティーダはどうやら恥ずかしいを通り越して開き直りに入ったらしく、困惑していた緑の瞳が座って、剣呑な光をメイヤに向ける。 「……お前、どんどんイイ性格になってくな」 「はい、師匠に鍛えられていますので」 「けっ、経験不足のケツの青いガキが」 「経験豊富過ぎる貴方のケツの話はレトさんによーーーーっく教えて貰いました」 この台詞は相当に聞いたようで、ティーダは一瞬黙った後、また顔を真っ赤にして叫び返した。 「――――ッ、お前ほんっとうに、そういう事ばっか勉強してきてんじゃねぇよっ。このエロガキっ」 「何言ってるんですか、勉強してくるに決ってるじゃないですか。今回レトさんにはそっちの件でもよーーーく勉強させてもらいました。なんなら実践してみせましょうか?」 と、勢いで言ってしまってから、流石にこの流れで行為を促すのはあまりにもデリカシーがないというか、色気も気持ちもなくて酷すぎる、とメイヤは内心今の発言をどう取り繕うか焦ったのだが。 「あぁ――そうだな、いいぞ」 あまりにもあっさりとそんな返事が返ってきて、メイヤの思考が停止する。 驚きすぎて完全に固まってしまってから、返事の意味が分かるに従ってなんだか理不尽な怒りが湧いてきた。 「それでいいんですか貴方はっ」 「待てっ、なんでお前はヤらせてやるって言われて文句言うんだっ」 「いや普通あの流れでいいって言わないでしょう」 ティーダの方としてみれば、メイヤが怒る理由が分からない。相手に喜ばれはしても怒られる言われはないと、ティーダは思い切り不機嫌そうに口を曲げた。 「文句あるならいいんだぞ、ヤルのかヤらねーのか?」 怒りは収まらないメイヤではあるが、その2択なら男として返事は決まっている。 「……それは、その、いいなら……お願いしたい、ですが」 「んじゃ素直に喜んどけ」 正直なところ、メイヤだって嬉しくないという訳はない。だが、こんな勢いだけで軽く事に至ってしまうのがどうにも納得が出来ないだけだ。 「いいんですか? ……俺、師匠の事、本当にただ遊びであちこちで関係持ってた、とは思っていませんよ」 だから、そんなに軽いフリをしなくてもいいんだとメイヤは言いたかった。 もしかしたら、この見た目だけは綺麗な魔法使いは、過去の経験を曲解してつきつけられたから、ならいっそその曲解通り軽いんだという事を装うとしてるんじゃないかとメイヤは思ったのだ。 「なんだそりゃ。いいよ、この間みたく、思い詰めた顔で好きですって言われてヤルよりゃ気楽だ」 ――あぁ、そういう事か。 メイヤの中で、急激に熱が冷めていくように、頭が冷静さを取り戻していく。 「そんなに、俺の気持ちって貴方にとって迷惑ですか?」 メイヤの態度で、言い方が悪かった事に気づいたティーダがため息をつく。 「いや……迷惑とは思っちゃいねーよ。気持ち自体嬉しいってのは嘘じゃない。……ただな、前にも言ったが俺とお前は生きてる時間の流れが違う。お前の気持ちが重ければ重い程、俺には背負えねぇ。 だから本当に――本当は、ただその時気持ちよくなれればいいって目先の欲の発散で俺を抱きたいっていってくれりゃ良かったんだ。そしたらいつでも相手してやったのに」 ――なんだろう、何故その言葉はこんなに悲しいのだろう。 メイヤは顔をあげて、ティーダの顔、その深すぎる森の湖を思わせる緑色の瞳をじっと見つめた。 「……つまり貴方にとってセックスは、その時だけ快感を得られればいいというものなんですか?」 ティーダは目を逸らさない。 じっと見てくるメイヤの瞳を睨み返してくる。 「そうだよ。相手変えて、あちこちでヤってたのは、そういう理由だ」 「ずっとそうだったんですか?」 「あぁ」 「一度も、好きだからとか、気持ちを繋げたいとかそう思って抱かれた事はないんですか?」 「あぁ――一度もだ」 ――本当の本当に? メイヤは思う。彼の言う事は間違っていないのだろう。彼の中にいつもみえる寂しさ、それを埋める為に彼は抱かれていたのだろう、と。 けれどメイヤの心情的には、そんな理由で彼が体を他人に許している事が悲しいのだ。彼にとって体を繋ぐ事は、ただその時だけの快楽の為以外に意味がない――そう考える事が悲しかった。 確かに、子を生み家庭を築く男女の間柄じゃなく、何も生まない男同士のそういう行為はただ刹那的な快感を求めるだけの手段と割り切った方が正しいのかもしれない。 けれどもメイヤはそれが悲しい。 自分勝手な感情だとは分かっていても、そんな理由で彼が誰かに抱かれるのが悲しいのだ。 けれども、そう思う事こそが、自分が子供だと、クノームはならそう言うのだろう。 『……そこで満足するか、しないかの線引きは……今のお前じゃ、納得出来ないとこだろうな』 クノームが言っていた満足の線引きとは、恐らくそういうことなのだろう。 彼は自分のようにティーダが好きで、でもティーダはそういう意味の気持ちをぶつけられる事は望んでいないから、割り切って体だけを繋ぐ、そこで満足する事にする。 そうする事が彼の為だと判断して。 けれどメイヤはまだ、クノームのように割り切る事は出来ない。 子供だと言われても、彼のように割り切る事が正しいとは言いたくない。 だから、大好きな人に告げる言葉は決まっている。 「それでも俺は貴方が好きです。貴方が嫌だというならもう言いませんが……でも、俺は貴方が大切で貴方を好きです。それは、変わりませんから」 ティーダは、寂しそうに笑うだけだった。 --------------------------------------------- 前回のシリアス(?)からギャグになるティーダさん(==。 そんな訳でこの流れで次回はH。メイヤ君リベンジ。 |