WEB拍手お礼シリーズ39 <おしのびシーグル編> ※シーグルは騎士団通い、セイネリアはアッシセグな時期の話。 ☆☆次期領主として(1/3) ※ランダム表示 基本的に、シーグルはいつでも忙しかった。 特に二十歳を過ぎたシーグルは、何時リシェ領主を継いでもおかしくない為、騎士団の仕事に専念していればいいという状態ではなくなっていた。 今までは、いろいろ面倒が多いからとあまりリシェの街中を歩く事はなかったシーグルだが、自分が収める街の現状を知らない訳にはいかないだろうと、最近、時間がある時は、こっそりリシェに帰って街を歩き回る事にしていた。勿論、ヘタに正体がバレるといろいろ面倒がある為、フードをすっぽり被って顔は見せないようにしていたし、家の紋章が入った鎧は着ていなかった。……の、だが。 クリュースにおける、海の玄関口というべきリシェは、当然ながら国外や、国内でも遠方の人間が多く街中をうろついている為、見慣れない人間が歩いていたところで目立つような街ではない。しかも国外からの者は奇抜な恰好をしている者が多い為、相当目につく恰好をしていてさえ、割合気に掛けられなかったりする。 なのにシーグルは、街をよく歩くようになって4回目であっさり正体がバレた。 「シーグル様、これは今日、パーラネンドからきたばかりの新鮮なラップルという果物です。ぜひお一つ」 「あ、あぁ、ありがとう」 「シーグル様、これはサトーブンというとぉっっても甘い実となります。こちらもぜひ」 「シーグル様、ウチの最上級の絹でございます。この青はとてもシーグル様にお似合いかと」 「シーグル様、ケルンの実ならウチの物が最高でございます。ぜひ……」 ――何故か、リシェの街中で正体がバレるといつもこうなる。だから堂々と街を歩く事が出来ないのだ。勿論、人々の表情から、彼らは純粋に好意を向けてきてくれるのは分かるから、差し出されるそれらは余程の理由がなければ断る事は出来ない。 結果、とんでもない荷物を受け取って、馬を呼んで逃げるようにそこから去らなくてはならなくなるのがいつもの事だった。 さて、どうしようか。 どうにか街外れに逃げてきたものの、ここで帰ってはまったく目的を果たせないとシーグルは考えていた。 「シーグル様、困ってんなら俺が相談にのろーか?」 声に驚いて反射的に剣に手を伸ばしてしまえば、壁向うからこっそり少年が姿を現した。どう見ても警戒すべきには見えないその姿で、シーグルは一気に気が抜けた。 「シーグル様人気者だからなっ、ったく、ザーバのばぁさんは困ったもんだぜ」 「ザーバのばぁさん?」 にこにこと近づいてくる少年の言葉に、シーグルは首を傾げて聞き返す。 「そーだよ。最近、シーグル様が隠れて街中歩いてるから、気づいてないふりしようって皆で約束してたのにさ。ザーバのばぁさんがボケてシーグル様に声掛けちゃったから、皆こぞって約束やぶっちゃうしさぁ」 「……ちょっと待ってくれ、そんなにあっさりどうして俺だと皆分かったんだ?」 リシェの街には街外の人間が多い。鎧がなくて顔さえ隠せばそうそうにバレない筈であった。 「いやだってさー、シーグル様、顔隠してる人間の割にはすごい姿勢よく歩いてるしさ。その真っ青なマントはどう見ても上物だし、銀髪は見えてるし、肌白いし、明らかに道分かっててまんべんなく街中見て回ってるしさー。おまけに俺、そいつが置いていかれてるのみちゃたしさー」 そいつ、という視線を辿って自分の馬を見れば、馬は荒く鼻息を吐いて、少年に向けて顔を振った。 ☆☆次期領主として(2/3) ※ランダム表示 お忍びでリシェの街を歩いていたシーグルだったが、あっさりとバレて困っているところで、一人の少年と出会った。 「俺のとーちゃんさ、馬の買い付けの仕事してっから、こいつがシーグル様の馬だってのが分かったんだよな」 「成程」 慣れた様子で馬を撫でている少年を見て、シーグルは苦笑する。 「でさ、困ってるんだろ? シーグル様本当は街中の様子を見て回りたいだけで、さっきみたく皆から囲まれたくなかったんだろ?」 「あぁ、そうなんだが……」 少年はそこで、得意げに自分の胸を叩いた。 「よし、じゃぁ俺がシーグル様に街中をちゃんと見て歩く方法を教えてやるよ」 あぁ頼む、と思わず反射的に返してしまうくらい、少年の様子は自信満々だった。 「まず最初に、そのマントがだめだな。モノが上物過ぎて、少なくとも貴族様ってのがバレちまう。お勧めはそのへんの魔法使いがよく使ってるやつだな。あいつらなら、多少不審なのは皆慣れてるからさ。次に歩く時は、少し腰を屈めてな。そうしてりゃ、フード押さえて顔隠してても不自然じゃないからさ」 「こ、これくらい、だろうか」 少し腰を曲げてみせれば、少年はぐっと親指を上げる。 「うん、そんなとこ。で、心なしかこそこそしてる感じ。なんなら杖持って魔法使いのふりすんのもありだぜ。そうすりゃそうそう声掛けてこようとは思わないし、肌が白っちくても気にしない」 白っちぃ、と言われるとなんだか少し傷つくが、港町にいるくせに、屋敷の中かいつも鎧がっちりという所為で白い自分を考えれば仕方ない。 「で、これが一番重要だけど。一人二人にバレた時は、黙っててくれって言うだけでいいけど、もし人多いとこでバレて何か渡された時はちゃんと断る事な。簡単だよ、皆からの分を全部持てはしないから、公平に皆から貰わないようにしてるって言えばいい」 「そ、そうか……」 それで幾分かほっとした顔のシーグルに、少年はにやっと笑ってみせた。 「とーちゃんがいってたぜ、その点はアルフレート様は上手かったって。そう言ってたから、よく街中歩いてても皆手を振るだけで終わってたってさ。シーグル様はさ、あんまり街で見かける事がないから、皆ここぞとばかりに何かしたくなるんだよ」 暗に、父に比べると街に顔を出していないと言われたようで、シーグルは街人に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 「いろいろありがとう。今後は参考にさせてもらう。もしよければ、また次に街で見かけたらこっそり声を掛けてくれないだろうか。次は今回の礼に菓子でも持ってくるから。……それに、こいつも君に会いたいだろうからな」 すっかりシーグルの馬になつかれている様子の少年に、そう言ってシーグルは笑い掛けると、少年の頭を撫ぜた。 少年は後にシルバスピナ家の馬番となるのだが、それはまた別のお話。 ☆☆次期領主として(3/3) ※ランダム表示 セイネリアの元には、首都にいるフユから定期的に連絡が入る事になっていた。 内容は、首都の様子と権力者連中の動向、そして、シーグルの様子について。 その日のセイネリアの元に届いた内容は、最近シーグルがリシェの街をよく歩いているという事と、その時の様子についてであった。 「フユからの連絡に、何か面白い内容があったのですか?」 いつも通り、セイネリアのグラスに酒を注ぐカリンを見て、黒い騎士は笑って見せる。 「どうやらあいつは最近リシェの街中を隠れて歩き回っているらしくてな、正体を隠す為にいろいろな恰好をさせられているらしい」 「いろいろ……というと?」 「最初はフードと杖で魔法使いのふりをしていたらしいんだが、それをあの神官のガキに見られたら調子に乗られて、事あるごとに変装用の衣装を持ってこられるようになったらしい」 「あぁ、あの……」 神官のガキ、が誰か分かったカリンは思わず笑う。 「流石にシーグルもあまりにも酷いものは断っているそうだが、ガキの方はどうしてもシーグルに女装をさせたいらしくていろいろ画策しているそうだ」 「シーグル様も災難ですね」 「全くな。あいつは公的には冷静に振舞えるくせに、自分に好意を持って接してくる人間を冷たくあしらえないのが困りものだ」 「基本はお優しい方ですからね」 「フン、俺以外にはな」 それを柔らかい笑みでセイネリアが言うのだから、カリンはますます笑ってしまう。 「もしかしてボスは、お悔しいのですか?」 やたらと機嫌のいい主に、だからカリンが冗談めかしてそう聞けば、セイネリアは唇の笑みは変わらないままで瞳を閉じて静かに呟いた。 「そうだな、悔しいといえば悔しいかもしれないな。だが、俺だけには違う態度を取ると考えれば、それはそれで悪い気もしないさ」 まったく本当に、この男にとってのあの銀の青年はどこまでも特別らしい、とカリンは思う。 「それで、フユには何といっておいたのですか?」 ふと思いついてカリンが聞いてみれば、セイネリアは彼女に振り返って、わざわざ意味ありげに口元を歪めてみせた。 「出来るなら、あのガキに協力してやれと言っておいた。あいつが女装させられたら、それはそれで面白そうだろ」 「それは……とんでもなく落ち込んで、嫌そうに顔をひきつらせているシーグル様の女装姿が目に見えるようです」 「だろうな。女装云々よりも、そんな顔をしているあいつをぜひ見たいものだ」 それで楽しそうに笑う主を見て、カリンは内心で少しだけシーグルに同情した。 セイネリアが本気でシーグルを愛している事は間違いなくても、愛し方は少し間違えている気はたまにしてしまうカリンだった。 --------------------------------------------- さすがに馬番になった少年の話を本編に入れる程の予定はありませんでした(==;。 |