最強の剣が迷う時
『7章:憎しみの剣が鈍る時』の中で、熱が出ているのに仕事に出たシーグルを無理矢理傭兵団に連れて来た時のお話
※一応Hシーンですが、エロくはありません。




  【5】



 当然の事ではあるが、シーグルは抵抗をしなかった。
 キスをしても拒絶はない、舌を入れればそれを許す――嫌そうに、苦しそうに、耐えながら。

 彼は自分を許さないだろう。
 彼が受け入れてくれる事など、ましてやその身を心から委ねてくれる事などあり得ない。それでも今は彼を手に入れられる……滑稽な話だがそんな事に自分は喜びを感じている。セイネリアとしては自嘲しか湧かない。愚かだと思うのに彼を抱くのを止められない自分を嘲笑って、それでもあり得ない望みを捨てきれずに彼を抱く。

 西館には空き部屋もあるが、セイネリアが使う為の部屋も一室、別に用意されていた。基本は誰にも邪魔されずに寝る為の部屋といってもいいからベッド以外に家具らしい家具は何もないし、たまにしか使わないから当然生活感なんてものもない。
 まさかここで彼を抱く事になるとは思わなかったが、ここなら後で彼を放置しても問題がないし都合がいい事は確かである。

 シーグルは拒まない。心では拒んでいても少なくとも今、彼の体は拒めない。
 唇を重ねて舌を絡ませて彼の口腔内を感じる。ゆっくりと彼の感触を味わえば、彼が苦しそうに呻いた。宥めるように優しく舌同士を擦り合わせ、奥まで舌を入れ過ぎないように加減する。性急に求めすぎないように自制して、彼が感覚を追えるようにしてやる。

 今のシーグルは拒まない。
 どれだけ口づけていても、どれだけ触れていても。それがただ約束として強要しているだけだと分かっていても、いつもなら拒む彼が拒まない事で彼をじっくり味わう事が出来る。それはセイネリアにとって確実に喜びだった。

 前ならば抵抗する彼を笑って見下ろせた。
 前ならば彼の抵抗自体を楽しんでいた。
 けれど今、こうして逃げない体に触れる事が出来れば、その時とは違う感覚が心を覆う。彼を傷つけないように、彼が感じられるように、優しく、丁寧に彼の体に触れる。彼が受け入れてくれるように、彼が感じてくれるように……彼が、こちらの変化に気づいてくれるように。

「ゥ……ン」

 好きなだけ彼にキス出来る事が嬉しくて、セイネリアは常に彼と唇を合わせ続ける。何度も角度を変えて、かみ合わせ直して、よりぴったりと唇が合わさるように、彼と繋がれるように彼の唇を唇で覆う。
 反射的に首を竦めて逃げようとしている彼の体の反応は気づいていても、今の彼は逃げられない。舌を噛んでくることもない。嫌悪の表情で目をきつく閉じて耐えている彼は、それでも口腔内の唾液の海の中で舌を絡ませてくれる。少し乱暴にその唾液をかき混ぜれば水音がして、とろりと液体が彼の唇から溢れて落ちて行く。唾液で濡れそぼった唇まわりを時折舌で舐めとってやって、そうしてまた唇同士を重ね合わせる。
 次第にこちらの体の下にある彼の体から力が抜けていくのが分かる。
 セイネリアは尚も唇合わせながら彼の体を撫でていく。

 セイネリアは自分でも不思議だった。
 抱いた人間の数なんて覚えていない、情報収集でもただの性欲処理でも、今まで何人もと寝ていたし無理矢理犯したのだって何度かある。基本寝るのは相手との駆け引きで、セイネリアにとっては日常過ぎて特別求めるものなどない。
 なのに――抱いているのがシーグルだと思えば感情が震える。
 抑えつけなくても手に入る彼の体に触れられるのはそれだけで喜びで、出来るだけそっと、優しく彼に触れて、彼に感じて欲しいと願う。この感情が彼に伝わるように、まるでらしくなく祈るような気持で彼の体に触れていく。

「うっ……」

 体を触れられた事で目を見開いた彼は、けれどすぐに苦し気に目を細めた。セイネリアは尚も唇を合わせたまま彼の体に触れていく。首筋を撫ぜ、横腹を撫ぜ、胸を撫ぜる。先ほどまで力が抜けていた体には緊張が戻っていて、手が触れる度に彼の肌はビクリと震える。それに合わせたように顰めた彼の瞼もピクピクと震える。触れる舌も緊張して強張っていたから、多少強引に舌を絡めて擦り合わせる。逃げようとする彼の舌を追いかけて、深く舌を入れる。
 その所為か彼が顔ごと逃げるように横を向こうとして唇が外れかけるから、その度に唇を合わせなおして彼の顔をベッドに押し付ける。そんなやりとりをしているせいか、彼の唇からは水音と共に派手に唾液が溢れていた。

「ん、ぅ……」

 ぎゅっと目をつぶった彼の目じりに涙が浮かぶ。体は渡してくれてもそれが彼の心が拒んでいる証拠で、セイネリアも苦し気に目を閉じた。
 彼の体を快楽に落とす為、セイネリアの手は感覚が強い箇所へと向かう。手のひらで胸を撫でて、感触で場所を教えてくれたその固くなった小さな突起を指ではじいた。う、と彼が唸ったのを聞きながら、指の腹で擦ってやればそこはさらに固くなって指に弾力を返してくる。

「ぐ……」

 シーグルが逃げるように軽く背を浮かせて身を捩る。だから胸を弄っていない空いているほうの手のひらで、その腰を持ち上げるように脇腹からウエスをなぞっていく。そのまま軽く足を開かせるように内股を撫ぜれば、急いで彼が足を閉じようとするからそのまま手をずらして彼の性器を撫ぜる。軽く立ち上がったその感触にわずかに笑って、今度は腰から後ろに回してその尻朶を掴んでやれば、体全体が強張って膝を立てていた彼の足がベッドを蹴った。

 感じる場所を触れられる度にびくりびくりと緊張に震える彼をなだめるように、口づけたままの口の中では彼の舌に舌を擦り付ける。震える舌を優しく撫でて、手でも優しく肌を撫ぜる。
 最初は感覚の強い箇所を触れられる度に強く緊張を返していた体からも少しづつ力が抜けてきたのが分かる。触れられる事に少しづつ慣れた体が拒絶を返さなくなっている。
 そこでセイネリアは一度彼の体に触れるのをやめると、ベッドの上へ乗り上げた

 心を満たすのは、この愛しい存在を強く感じたいと願う欲求。思うまま貪りたいと思う気持ちと、求めて求められたいと願う祈りのような感情。それを望むのは愚かだと分かっているのに、自分が彼を抱いて満たされるように、彼も満たされて欲しいと願う。こちらが何故彼を抱きたいのか、それに気付いてくれればという僅かな望みを持つ自分を嘲笑う。

 こちらがベッドに乗り上げたのが分かったのか、少し呆けていたシーグルがまた気付いて緊張を身にまとう。それを見れば苦笑しかなくて、それでもセイネリアは彼が少しでも緊張を解いてくれることを願ってゆっくりと彼の上に体を落としていく。

「っつ……」

 肌と肌が触れればシーグルが微かに喉をひきつらせたような声を上げた。
 それに唇を歪めながらも、セイネリアは体を彼の上に下ろしていく。足同士が触れて、胸同士が触れて腹が触れて、下肢同士が触れる。そのまま抱きしめたい衝動押さえて、セイネリアはただ、肌と肌が密着するその感触を楽しんだ。
 小食のせいで騎士にしては細過ぎるシーグルは、それでも鍛えているから筋肉はある。けれど余分な肉が全然ない骨と筋肉だけの体はごつごつとしていて女のような柔らかさとは無縁の感触だ。肩幅はあるがセイネリア程ある筈はない、体の厚みも、体の面積もすべてこちらよりずっと少なくて華奢にも感じられるこの体は、けれど自分と戦う事を諦めない。それが酷く胸を熱くさせて思わずその体を強く抱きしめたくなる。思うまま貪ったら壊れそうな体を抱きしめて、彼が身を任せてくれたらどれだけ満たされるのだろうと考える。……あり得ない、と分かっているのに。

 だからせめて、感覚に流されて快楽におぼれてくれればいい。
 抱かれて、感じて、意識がそれに引きずられてしまえば彼の体を愛するように抱いてやれる。
 ぴったりと重なる肌と肌の感触を楽しんでから、セイネリアは彼と股間同士が触れ合うように体をずらした。
 彼を欲しがる自分のものと、僅かに反応している彼のものをすり合わせて性欲を煽る。こんな抱き方をする自分の意図を分かってほしいと思いながら、ゆっくり丁寧に彼の体を撫でて、愛しいその顔にキスを―――。

 だが、そこでシーグルの体がびくんと震えて力が入ったのにセイネリアは気がついた。
 彼の顔を見下ろせばその瞳は見開かれて、だが焦点は結ばれず、目の前にいるのにセイネリアの顔も見えていないかのような何かを見つめて、彼は、叫んだ。

「うわぁぁぁぁああああっ」

 まるで何かの発作のように叫んで、背をのけ反らせて、シーグルは途端激しく暴れ出した。やみくもにこちらの体を押しのけようと暴れて……勿論それを押さえ込もうとすれば出来たが、セイネリアは体を浮かせて彼の体から離れてやった。
 シーグルは暴れるのをやめた。
 けれどまだ目の焦点はあっていない。宙を見つめたまま、荒い息を吐いて、口を閉じようとすれば歯をがちがちと鳴らす。
 あえて、今の彼が感じている感情を言葉にするなら、それは『恐怖』だろう。

――恐怖? 何に対して?

 それでも暫く見ていればやっと彼の息が整ってきて、瞳にも意識が戻ってくる。けれど、その瞳はただ正気に戻ったというよりも、怒りと憎しみに我を取り戻したというようで……その瞳のまま彼はセイネリアを見て言った。

「……どういう、つもりだ」

 彼が何を言いたいのかわからずに、セイネリアでさえ何も言えなかった、だが。

「何の、つもりだ。俺を抱くなら、勝手に突っ込んで犯せばいい。足を開けと言うなら開く、腰を振れと言われれば振ってやるさ。こんな……普通の……恋人でも抱くような抱き方をしてみせて……そんなに、俺を嬲って楽しいのか、お前は」

 それで分かった。
 いや、完全にではなく、おそらく、だが。彼が恐れていたものの正体を、大体は察した。

「つまり、抱くなら乱暴に犯されたほうがいいのか、お前は」
「その方が、マシだ」

 何を期待していたのか。そうだ――今更、彼を愛してそれを受け入れてもらえる訳がない。彼は自分を憎んでいる。
 セイネリアは笑う。勿論、自分の愚かさに。

「ふん、人の事をヘンタイだといっておいて、お前の方がとんだヘンタイだな。痛い方がいいのか、お前は」
「少なくとも、お前相手ならな」

 憎しみに燃える青い瞳を見据えて、じくじくと心を蝕む痛みを感じながらセイネリアは笑って彼に言ってやる。

「いいだろう、そのくらいは望みを聞いてやる」



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一応エロシーンではあるんですが、エロさまったくなし。ほぼセイネリアの脳内紹介というか独白というか……。



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