「廃村と過疎の風景(4)」

「廃村 千選」T −東日本編−



東京都八丈町(八丈小島)の廃村 鳥打(Toriuchi)の小中学校跡です(平成16年9月18日(土))。




編者が確認した全国の「学校跡を有する廃村・高度過疎集落」(学校の所在は昭和34年以降)は 1000ヶ所です(廃村756ヶ所,高度過疎集落244ヶ所,以下「廃村 千選」と略す)。

「廃村 千選」は,「廃村と過疎の風景(3)」〜学校跡を有する廃村〜の旅に並行して全国の「学校跡を有する廃村・高度過疎集落」(以下「廃村」と略す)を「全国学校総覧」,「へき地学校名簿」,地形図,住宅地図などの資料を調べて,独自に編集・作成したものです。

「廃村 千選」は,全国の「廃村」の様子をより客観的に見ることを主眼しています。公的な施設である学校は,規模やへき地等級,閉校年などのデータがあるため,「廃村」の様子を調べるための拠り所となります。
また「廃村 千選」は,都道府県別の分類(北海道は4分割)を基本としており,東日本編では北海道,東北,関東,甲信越,東海の21都府県の681ヶ所の「廃村」をまとめます。
冊子は,地図や詳細資料を加えて,「廃村と過疎の風景(4)」〜「廃村 千選」T −東日本編−,「廃村と過疎の風景(5)」〜「廃村 千選」U −西日本編・産業別編− としてまとめます。

「廃村」を目指した旅が,里山歩きのように一般的なものになれば嬉しく思うところですが,同時に地域の方に迷惑をかける機会が生じる心配も感じます。
「廃村」を訪ねるとき,注意したい事項は,次の4点です。


 ◎1 「廃村」は地域の方のものであり,「見せていただく」という気持ちを大切にする(「神社やお地蔵さんを見つけたら手を合わせる」など,具体的な形を身につけておくとよい)。

 ◎2 住居がある「廃村」をクルマやバイクで訪ねるときは,なるべく早く下りて,歩いて探索するよう心掛ける。

 ◎3 現地で地域の方とお会いしたときは,積極的に「こんにちは」などのコミュニケーションを取るよう心掛ける(このとき「学校跡を探して訪ねたのですが,どちらにあるのでしょうか?」という明確な目的が会話に含まれると,スムーズにコミュニケーションを取ることができる)。

 ◎4 「ごみを捨てない」,「ものを持ち出さない」などの基本的なマナーを守る。



「廃村 千選」には,ダムに沈み離村記念碑しか残されていない集落,碑も立てられず林に帰した集落も含まれています。また,少数の地域の方が住まれる集落(高度過疎集落),出作小屋や別荘が立ち並ぶ集落も含まれています。そして,訪ねたことが実感できる,往時の学校の建物が残る集落,敷地跡が残る集落も含まれています。
その全容は,全国1000ヶ所の「廃村」をひとつひとつ,訪ねてみなければ知ることはできません。

「廃村」を目指して旅をされるのであれば,是非「集落の要」として位置付けられていた学校跡を訪ねてください。「廃村」がもつ「わびしさ」「さびしさ」と「のどかさ」が感じられるのではないかと思います。


ここにたどり着くまでの道のりを,下記にまとめます。


 ○1 「廃校廃村・高度過疎集落リスト」の作成開始(平成17年5月)
    ※ リストの作成は長野県と岐阜県から始めました(予想数は500〜600ヶ所)。
 ○2 「廃村と過疎の風景(3)」〜学校跡を有する廃村〜,Web公開開始(平成17年8月)
    ※ これまでとは異なり,リストに基に目的地を決めた旅が始まりました。
 ○3 冊子「廃村と過疎の風景(2)」〜Discover Japan,Disucover My Life〜出版(平成18年2月)
 ○4 新潟県を最後に,全県のリストが仮完成(平成18年7月)
    ※ この時点で見出せた「廃校廃村」は927ヶ所(年末に1000ヶ所になり,この数で落ち着く)。
 ○5 リストの精度を高めるための調べ物,地図の作成などを続ける(平成19年〜21年)
    ※ 多くの方々から力添えをいただきました。
 ○6 「廃村と過疎の風景(4)」」〜 資料集T(東日本編)
    「廃村と過疎の風景(5)」」〜 資料集U(西日本編・産業別編)
    「廃村と過疎の風景(6)」」〜 全県制覇への道,Web公開開始,
    冊子「廃村と過疎の風景(3)」〜学校跡を有する廃村〜出版(平成21年2月)
 ○7 資料集を「廃村 千選」に名称変更(平成21年10月)。
 ○8 冊子「廃村と過疎の風景(4)」〜「廃村 千選」T−東日本編−出版予定(平成22年2月)



リストの作成開始からWeb公開まで丸4年かかりました(振り返れば,仮完成から先の調べ物,地図の作成などに時間がかかりました)。冊子完成にも,何とかたどり着きたいところです。






鳥打の小中学校跡の右手には,水平線が広がっていました。



(注1) 「廃村 千選」における廃村(集落跡)は住民がいない集落(1戸程度が残るもの,冬季無人集落を含む),高度過疎集落は5戸以下程度(冬季分校所在地は3戸以下程度)の集落です。集落跡の数は,「廃村」の数から高度過疎集落の数を除いた数です。

(注2) 「廃村 千選」における学校は,昭和34年4月以降に存在した小学校とその分校,冬季分校です(中学校,高校等,昭和34年3月以前に閉校した学校は含みません)。

(注3) ●は編者が訪ねた「廃村」がある都道府県,◎は編者が訪ねた「廃村」がある分類です。は「廃村」のない府県です。

(注4) 学校数,へき地等級のデータは,昭和34年4月現在のもので「へき地学校名簿」(教育設備助成会刊)によります。

(注5) 東京都小笠原村のデータは,昭和34年4月現在を復帰後の資料(「へき地学校便覧 2001年版」(全国へき地教育研究連盟刊)」と「全国学校総覧 昭和46年度版」(原書房刊))から推定しています。

(注6) このページの市町村名は平成13年4月現在(平成の大合併直前)です。

(注7) お気付きの点があれば,お知らせいただけると幸いです。





「廃村と過疎の風景(5)」〜「廃村 千選」U −西日本編・産業別編−