ここから先は:「物語転送機」さんの物語です
「ダメダメこんなの。」
そう言って彼は、これまで僕が何日も何日も苦心して書き上げた
原稿の束をピシャリとテーブルの上に置き、
顔を横に向けてフーッとタバコの煙を吐き出した。
「ゴホッ、ゴホッ…」
彼はエチケットのつもりで僕に直接その煙を掛けずにはいてくれたが、
元々幼い頃から気管支が弱くてタバコが全くダメな僕には、
この遠ざかった煙さえも喉にはこたえるものだ。
思わず咳き込んでしまう。
「宇宙人が地球を征服だって?こんなありきたりなSFマンガ、
一体これまでに何人の漫画家が書いていると思っているんだ。
それを本気で書きたいんだったら、もっと今までに無い凄いものを
書かなきゃあ、誰も読んではくれないよ。
それに何だいこのムックっていうのは?
今やポン○ッキだって、直ぐにピンと来る程分かる子供なんて、
それこそ何人いると思う?およげたい○き君がはやっていたり、
森○○里が出ていた頃とはワケが違うんだよ、ワケが。
とにかくこんなんじゃ、うちでなくてもどこの出版社も採用なんか
してくれないね。スカラーなんとかっていうのには少しだけ興味を
ひいたけど、全く別なものを書いた方がいいと思うよ。
そもそもSFものなんて、よっぽどの才能を持っているヤツじゃないと
無理なんだ。悔しいと思ったら、ガン○ムみたいな壮大なスケールの
構想と世界観を練ってみろよ。
・・・さあ。俺はもう次のヤツの原稿を見る約束があるんだ。
さっさと帰って、例の絵の原稿を早く仕上げてくれよ。
お前にはその仕事の方がずっと似合っている。」
「ハア…。」
カンカンカンカンカンカン―。
けたたましく鳴っていた踏み切り音が治まり、
ようやく遮断機が上がったところで、僕は踏み切りを渡った。
時間はまだお昼過ぎだ。
あのタバコ臭い煙の匂いが悶々としていた、
大手雑誌社の編集部のビルの空気から開放された事は
たとえ僕の身体にはよくても、心は決して嬉しいものでは無い。
一体もう何回目になるだろう。
あの編集部にマンガの原稿を持って行ったのは。
そしてもう何年目になるだろう。
漫画家を夢見て上京してきた僕が、
こうして苦心して書いた作品をボツにされ、
トボトボとこの踏切を渡って安古アパートに御帰還するのは。
「やっぱりムックはダメだったのかなあ。
でもゴンタくんなら、もっとワケが分かんないだろうしなあ。
小さい頃から宇宙人が出て来る漫画は好きで好きで、
本当に欠かさず見たり読んだりしていたのに、
絵だってこんなに上手く描けるようになったのに、
ストーリーだけはどうしても書けないんだよなあ。」
性懲りも無く、こうして何度も原稿を持って来る僕に
漫画家の道を諦めさせないあの編集部の理由はただ1つ、
僕は絵を描くのが上手いと定評を持たれているからだ。
実際僕は、あの編集部で出版している1番人気の少年誌
「週刊サタデー」で、連載中のマンガの作品の絵を任されている。
その収入のお陰で、僕はこうして昼間は碌に仕事もせずに
ボツの原稿を書き続ける生活を送り続けても、
何とか自力で生活していけるだけの蓄えを得る事が出来ているのだ。
「でも、他人の漫画家の絵を描いていたって、
結局虚しいだけなんだよなあ。
やっぱり漫画は自分で書かなくちゃ、
夢をかなえた事にだってならないんだしなあ。」
いつも思う言葉をブツブツとつぶやきながら、
僕は安古アパートの半分錆付いたドアノブに鍵を差し込み、
ギーッと戸を開けて中に入った。
- ドアを開けると、
(この分岐より先「特効薬助六」さんの物語です。)
- 「降服してください!」
(この分岐より先「トラッキー」さんの物語です。)
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