ここから先は:「夏」さんの物語です
「ピーちゃんって呼んでよ。」
「それでピーちゃんは無いだろ。」
「これからの時代はピーちゃんでしょう、ムックは古いんじゃないの?」
そう言いながら、宇宙人は家に上がりこんだ。
かがみこんで、靴をきれいに並べることも忘れていないようだ。
「ちょっと、何してんだよ!出てってくれよ!」
押し出そうとしてみたが、核も効かない宇宙人は全く気にしていない。
宇宙人はキッチンに入っていった。
「さっきまで外で営業してたからさ、お腹空いているんだ。」
勝手に冷蔵庫をあけて、手前にあったケーキの箱を取り出した。
「待ってくれよ、それ、楽しみにしてたんだから!」
だが、僕の言葉を聞くことも無く、宇宙人は箱からケーキをつかみ取ると、
一つのケーキをそのまま口に放り込んだ。
「あー、今日1日の楽しみが失われた...!」
宇宙人は僕の言葉を全く聞いていないかのような態度だ。
僕の怒りは、奇妙な宇宙人の前では、すぐに消えた炎のようだった。
2つ目、3つ目、4つ目、と軽く口に放り込まれていく様は見事なもので、
しばらくみとれてしまっていた。
宇宙人が1.5リットルの容器そのままに飲んでいる、
サイダーの炭酸がはじける音で我を取り戻した。
「ケーキを全部食べていい気になっているかもしれないけれどなー、
僕の分だけじゃなかったんだからな!姉貴だって楽しみにしてたんだぞ!
生きて帰れないかもしれないんだからな!」
姉の小百合は名前に似合わず、大変に強暴な女だ。
僕はあいつの鉄拳は世界を征服できると信じている。
ガチャッと玄関の戸が開く音がした。
「お隣の菊地さんとお話してたら、もうお昼過ぎてたのね、
いやだわぁ...。」
母が帰って来たようだ。
母もケーキのことは姉ほどではなくても怒るに違いないと思っていた。
「母さん、この宇宙人が皆のケーキを...。」
キッチンに入ってきた母にすぐに説明しようとしたのだが、
「まぁ、ピーちゃん!!」
宇宙人に真っ先に目を向けた。
「こんにちわ。お邪魔しています。」
宇宙人はおじぎをした。
さっきまでとはうってかわった丁寧な態度だ。
流しの近くに置かれている空になった箱とペットボトルに気付くと、
僕を睨んだ。
「だから母さん、この宇宙人がさー...。」
「一人で全部食べちゃって!小百合に怒られても知らないからね!」
「だからこの宇宙人が食べ...。」
「まぁ!人のせいにするというの!」
僕の言葉を聞こうとしない。
宇宙人の口の周りにはまだ生クリームが沢山ついているというのに、
そこには目が止まらないようだ。
「後で太郎にはじっくり話があるとして...。ピーちゃん、
あなたが来てくれてとっても嬉しいわ。小百合もきっと喜ぶと思うわ...。
そうだ、今日はかにすきにしましょう!
ピーちゃん、かに好きだったわよねぇ...。」
僕の話を聞かずに自己完結させた母は、
そう言い終わるとまた外に出て行った。
「かになんてもう何年も食べていなかったのに、
こいつなんかのために...!でも、どうしてこいつがかにが好きだなんて
知ってるんだろう...。」
「それはだね、降伏していないのはもう君だけだからだよ!」
宇宙人の手には、小百合のスカートが握られていた。
「そんなもん、どっから持ってきたんだよー!」
「これ、履くんだよね。足から入れていったら入るかな...。」
明らかにサイズが違うスカートを、普通に履こうとしている。
これ以上僕にとって不利な方向に物事を進めていくのは厄介なことで、
何としても宇宙人からスカートを奪い取るしかないと思った。
「離せよ!!」
僕もスカートを掴んだ。宇宙人の未知の力より、
小百合の力の方が現実的な恐怖として僕にはあるのだ。
宇宙人と僕の戦いが本格的に始まろうとしていた。
だが、 ビリビリビリ という音がその前にやってきた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
力任せに引っ張っり合ったことを悔やんでももう遅い。
この状況で僕の話をまともに聞いてもらえることを期待するよりは、
保身に走った方がいいに決まっている。
僕はせっせと旅立ちの準備を始めた。
時折 ビリビリ という音と共に聞こえる
「これは駄目っぽいな、他のを試してみよう。」
という声はもうどうでもよくなっていた。
母のへそくり場所も見つけ出せて、完了した。
スニーカーを履き終わった時、僕が開けるよりも早く、玄関の戸は開いた。
.........
- あらたな訪問者は間口に思いっきり詰まった。
(この分岐より先「青ひげ」さんの物語です。)
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